MMOで遊ぼう!――5
四人で露店を冷やかしてみたのだが、すぐ変化に気付かさせられた。
装備類の売りが多い。多過ぎる。
なにより売り一色に近いし、相場よりも安かった
それだけでなく、オーバーエンチャント品までチラホラと見掛ける。
まだ総数も少ないはずだ。そもそも滅多に売られるような代物じゃない。
だが驚いたことに、『魔』のエッセンスを四重に込められた品まであった。
このゲームが順調に続いていれば、いずれは数多く制作されるだろうが……現状では極めて稀な貴重品のはずだ。
普通ならオークションなどで華々しく取引される。銘が付いてもおかしくはない。
しかし、いまはひっそりと露店で売られている。
……少し物悲しい気分になってしまった。
これは対費用効果の問題か?
オーバーエンチャント品は無意味ではないが、通常品と劇的なまでの差は無い。
確かに計測すれば差は算出できるが、実感するには試行回数が必要だ。気休め以上、明確以下といったところか。
その僅かなアドバンテージへ大金を投じるかは……ゲームの時ならともかく、現状では首を捻るのが普通だろう。
それどころか街へ引き篭もる決意をしたのなら、全ての装備品やアイテムは無用の長物といえた。
さすがに全ての装備品を売却してしまうのは、無謀と感じるかもしれないが……護身用の武器一種と防具一式があれば用は足りるとは、思うかもしれない。
……厳密には間違っているが。
さらに俺などもそうだが、プレイヤーにはコレクター傾向の強い者もいる。
どんなアイテムだろうと、可能な限り備蓄してしまう。いつか有用になるかもしれないし、とっておいて腐ることもないからだ。
このコレクションは……常軌を逸した備蓄量になることが、往々にしてある。
それらのゲーム的な考えで確保していた予備の武器や防具、材料など――あらゆる余剰物資が売りに出されてもおかしくない。むしろ、そうなってしかるべきだろう。
色々な立場のプレイヤーが一斉に余剰物資を放出すれば、あっというまにデフレ――物余り市場になる。
そして市場全体が金貨を確保しようとする心理は、狼狽売りをも招き……さらなるデフレを誘ったはずだ。どんどん流れは加速し、売り一色が続き、価格は際限なく低下していく。
この読みで間違っていないと思うが、意外でもあった。
現実では戦争や災害が起きると、インフレになる。
日常つかっている電子マネーの類は、インフラが死んだら使えない。カード類も同様だ。
残るはキャッシュとなるが……究極的にいえば、極限状態だと紙幣はティッシュペーパーにも劣る。硬貨に至っては重いだけだ。
もう少し噛み砕いていうのならば……例え札束で持っていようとも、それでは空腹は満たせないし、喉の渇きも癒せない。
しかし、このゲーム世界では逆のようだった。
金貨があれば『食料品』を購うことはできる。そして多く持っていれば、危険な狩りへ行かなくて済む。
ならば可能な限り金貨を確保しよう。
そんな心理が働いたのだろうが……それはつまりデフレと同じだ。
現実では危機的状況でインフレになるが、仮想世界ではデフレとなる。
これは新発見か? ……知りたくもなかったが。
また装備品に限らず、『魔法書』なども数多く売りに出されていた。価格もかなり手頃だ。
上手い具合に『オールヒール』は発見できなかったが、探せばあると思う。……その手間さえ惜しまなければ。
というのも多くの露店は店主が不在で、置いてあるのは品揃えを書いた看板だけだったからだ。
いくつもある不具合――もちろん最大のものは、ログアウトできないこと――のうちトップクラスに厄介なのは、各種メッセージが使えないことだろう。
現実で例えたら携帯端末にも等しいツールだが、使用不能なせいで、誰かと連絡を取るのも一苦労になっている。
いまや確実なのは話すことであり、その次が文字を介在させる方法だ。
つまり、不在の店主は戻る時間やメニューを書いて残し、客もメモを残す。
……俺達は最先端の科学技術を使っているのに、前時代的なコミュニケーションを強いられている。これは何かの皮肉なのか?
とにかく『オールヒール』は探せばある。それは確実といえた。
仮に『大声』で買うと叫べば、何名もの売り手が名乗りを上げると思う。
だが、急いで買い求めるような状況でもない。まだまだ値段は下がっていく感はある。
なぜリルフィーは「そろそろ必要」と言い出したんだ?
珍しく奴の野生の勘が外れたのだろうか?
そして予想通りのこともあった。
『翼の護符』の売りが全くない。それどころか買い一色だった。
まあ、当たり前ではある。
頼り切るのは危険だが、常に切り札となる心強いアイテムだ。
どんなピンチの時でも、使えば一瞬にして街へ――安全地帯へ避難できる。正直、俺は手持ちが無かったら街の外へ出たくない。
だが、皆が欲しがれば市場からは枯渇する。そもそも売り手だって、できれば手放したくないはずだ。
そんな必須の人気アイテムではあるが、絶対数が足りない。
プレイヤー一人に対し一つずつ、それすら覚束ないのではないだろうか?
なによりもレアドロップなのが痛い。
NPCから買えるのなら、金貨さえあれば良いということになる。
しかし、レアドロップでは、誰かがモンスターを倒して当てなければならない。
現状、狩りへ行くのは切羽詰った奴だけだ。必然的にドロップの総量は少なくなる。つまり新規の獲得は絶望的だろう。
同じようにモンスターからしか入手できないアイテムは、どんどん枯渇していく可能性が高い。
違う言い方をするのなら……刻一刻と状況は悪化し続けているのか?
そんなことを苦々しい思いで考えていた。
『翼の護符』の安定供給――は無理だとしても、何とかして備蓄を増やしておきたい。これの所持数は、そのまま全員の安全へ直結する。ケチれる部分ではない。
「……機嫌が悪いっすね。どうかしたんですか?」
リルフィーがそんなことを訊ねてきたが……そう言った奴も不機嫌そうだ。
俺達は『噴水広場』から大通りをどんどん進み、平時には露店が途切れる場所まで来ている。
もう普段なら閑散とし始めるのだが、なぜか逆に騒がしくなっていた。
さらに楽しそうな歌声も聞こえる。……黄色い声も。
通りのここまでは、露店やツアーの募集。ここから先は楽しみの区画。
そんな説明をされた気分だが……俺もリルフィー同様、かなり不機嫌になっていた。
なにより目の前で気持ち良さそうに歌う男が、腹立たしくて仕方がない。




