MMOで遊ぼう!――4
いきなり出鼻を挫かれた感もあるが、まだ休暇は始まったばかりだ。
気分を入れ替えて、楽しむのがベストだろう。なにより気分転換をしておかなきゃ、何のために休んだのか判らない。
似たようなことを考えたのか、『噴水広場』まで同行した情報部の奴らも三々五々に散っていった。
もう俺の傍にはいつもの面子――俺、アリサ、リルフィー、ネリウムの四人しか居ない。……これでカエデが居れば完璧なのに。
その俺達だが、けっこうな注目を惹いていた。
騒いでいたせいもあるだろうが、微妙な違和感も覚える。どうしたことだろう?
歓迎されている……は、言い過ぎかもしれない。でも悪意や警戒心より、やや好意的なニュアンスの視線だ。
中には軽い会釈をしてきたり、微笑と共に手を振ったりする奴らもいる。
少し考えてみると、事情が読めてきた。
何人かには見覚えがある。停戦協定を結んだギルドの代表者だ。カイならすぐに裏付けを取れると思う。
だが、それなら放置でも良いだろう。和平路線が成功している証拠だ。珍しく別行動中のカイを呼び戻すほどじゃない。
『噴水広場』は異常事態になる前と比べ、少し雰囲気が変わっていた。
ほとんど全てのプレイヤーが『噴水広場』を知っている。チュートリアルの一番最初に誘導されるからだ。
結果、全プレイヤーの地理的な基準点ともいえる。
待ち合わせの定番であり、パーティ募集などが賑やかに行われたり、何か耳目を集めたい奴が行動したりと――このゲーム世界の中心点といっても過言ではなかった。
しかし、いまはあまり人がいない。少なくとも騒いでいる奴は皆無だ。
案内掲示板には所狭しと尋ね人のビラが貼られている。ギルド単位でも、立て看板を設置していたりだ。俺達『RSS騎士団』の物もある。
例えてしまったら不謹慎かもしれないが、災害時などで避難所に作られる掲示板そっくりだ。
いや、天災か人災かの違いはあれど、俺達は災害に見舞われているのか?
とにかく『噴水広場』そのものは真面目というか、厳粛な空気に支配されていた。
浮かれ騒いだり、何かを呼びかけたり、商売したりとできる雰囲気ではない。
ただ、その自粛ムード――おそらく自然発生したのだと思う――も、『噴水広場』から伸びる大通りより先は免除されているらしかった。
先ほど視界に入ったツアーメンバー募集の奴らを筆頭に、いつもの賑わいだ。……多少、平時とは趣の異なるようにも感じるが。
とにかく個々に案内掲示板のビラをチェックし終え、再び四人で集まる。
……もちろん俺は、カエデへの呼びかけと目撃情報を求める張り紙を張ってあった。それは話を聞いて、真っ先に行ったことだ。
しかし、残念ながら何の収穫もなかった。
ところ構わず当り散らしたい思いだが、黙って我慢をする。
この場の誰もが同じ気持ちのはずだ。俺だけが悔しく、苦しいのではない。
その証拠にアリサとネリウムは――驚くべきことにリルフィーすら!――暗い表情となっている。
誰の消息を調べていたのか判らないが、俺の知らない友人もいるはずだ。……そして心配な相手も。
こんな瞬間を迎えるたびに、顔も知らない誰かをぶん殴りたくなる。
現状は糞だ。そして元凶を俺が憎んでいても……誰も非難できないと思う。
「まあ、とりあえず……商売している奴らのことを、冷やかしに行こうぜ?」
「そ、そうしましょう! ……タケルさん、『魔』のエッセンスをお買いに?」
俺の提案に、アリサが必死に賛成してくれた。
思わず微笑んでしまいそうだが、暖かい気持ちは伝わる。重い空気を取り払うべく、似合わない道化役を買って出てくれたのだろう。
しかし、オーバーエンチャントをするような気分じゃなくなってしまった。……『のびのび君・一号』も没収されたままだ。
「いや……うーん……まあ、相場を調べる程度にしておくよ。誰か他に……何かチェックしたいのある?」
「前々から言おうと思ってたんすけど……そろそろネリーに『オールヒール』が要ると。出ものがあれば――」
「そ、それは駄目でしょう! 私一人では予算が足りませんし……この子の問題もあります」
そう言うと、ネリウムは腰に佩いた『のびのび君・一号』の柄頭に手を置いた。
……ひょっとして気に入りだしている? もしかして「一度でも装備しちゃうと、もう我慢できない」というアレか?
「でも『オールヒール』なら……全員で頭割りでも良いような?」
少数派だが、この考え方は無しでもなかった。
ほぼ固定に近いパーティメンバーの場合、全体回復魔法をパーティ全員で購うのは珍しくない。しかし――
「いえ、それでも返却不能な資産ですから」
とネリウムが固辞した。
……その間も『のびのび君・一号』を大事そうに扱っている。これ、返してもらえるのかなぁ?
『のびのび君・一号』には永久に借りておくだけを炸裂させそうなのに、共同購入を辞退では支離滅裂に思えるだろうが……不思議な言動ではない。
……お前の物は俺の物を発動の段階で滅茶苦茶ではあるが、とにかくそうだ。
この辺がオフラインのゲーム――特にプレイヤーが一人だけのゲームとの違いか。
全体回復魔法は読んで字の如しで、パーティ全員を一度に回復する魔法だ。
多人数の時は必須に近いし、その恩恵は計り知れない。……特に戦闘の結果がシビアな現状では。
しかし、魔法を覚える側――つまりは購入する側が、出費に見合った恩恵を得られるかというと……少し疑問は残る。
なによりもソロでは全く使えない。自分だけを回復するのなら、最初から憶えている『ヒール』で十分だからだ。
それは違う言いで評価すると……「使い手自身は一切強化されない」ともいえる。
厳密にいうと本人は『全体回復魔法が使える』のステイタスを得るが……それへ大金を投じるかは、好みが分かれるだろう。
同じ構造を持つアイテムや魔法なんかはけっこうあって、それらの入手は常に揉め事の種だ。
手っ取り早く共同購入で入手する作戦にも一理ある。そしてネリウムのように協力は断るのも、マナーに適っているともいえた。
「よ、予算なら! 私が……少し余裕ありますし!」
「いえ、アリサ……親しき仲にも礼儀ありといいます。そういう……曖昧なやり取りは拗れる元なのです。とくにMMOでは」
せっかくのアリサの提案を、ネリウムはあっさりと断った。
先輩MMOプレイヤーらしい態度だが……それは俺と『のびのび君・一号』の時にも適用してくれるのだろうか?
「でも、ネリー……そろそろ必要だと思うんだ。こればっかりは代用できないんだから」
珍しくリルフィーが粘る。
何か根拠があるのか? それとも、いつもの野生の勘か? とにかく――
「とりあえずテーマ無しで回るのもアレだから……今日のところは『オールヒール』を中心に探す、で良いんじゃないか? 市場に無い可能性もあるし、値段も分からない物で揉めても仕方がない」
と結論を下してしまう。
ネリウムは頑なに断るだろうが……リルフィーの判断は気になった。なぜか奴は、言語化しないままに正解を選ぶことがある。
つまり、『オールヒール』確保をするべきなら、いまが最善ということだが……なにか問題が発生しているのだろうか?
仏頂面になったネリウムを見ないようにして促す。
「よし、決まりだな。まあ手分けするほどじゃないだろうから……一緒にブラブラとまわることにしよう!」
……後でお仕置きされないか、少し不安だ。




