幹部会議・再び――1
「参謀『殿』の方針には――その様な弱腰には、小官は承服しかねる!」
ハンバルテウスの抗議が、会議を滞らせていた。
俺はイライラを隠せていなかったと思う。他の幹部会議参加者は――団長、副団長、サトウさん、シドウさん、カイは苦い顔……いやカイだけは、俺に同調して険しい顔をしている。
定例となりつつある早朝の幹部会議での話だ。
正しいのか不明ではあるが、とりあえず現実世界の時計に合わせて生活し……朝起きたらギルドホールで打ち合わせをする。まだ数日しか経っていないのに、何ヶ月も続けてきたかのようだ。
正直、会議なんて面倒で億劫でしかないが……多少でも理性的に振舞おうとするのは、重要なことだと思う。
不安で狂いそうになっても、自分達は冷静だと思えば気は休まる。
その幹部会議なのだが、議題はハンバルテウスの捜査方法に関してだ。
ああも威圧的な手法では、敵を作る。少なくとも俺には、そうとしか思えなかった。
一人の犯人を――敵を処理するのに、複数の敵を増やしたら……いつまで経っても敵は減らない。ここはスマートに……極秘裏に捜査をするべきだ。
対するに、奴の考えはおそらくこうだろう。
いかなる損失があろうとも、敵対者は必ず倒す。それは半ば公然とやってもいい。周囲へ見せつける鉄の意志こそが、仲間を守る最大の盾となる。
……反対こそしてはいるが、その考え方も間違っていないとは思う。
事態が深刻になった今、最優先するべきは仲間の安全だ。
それと比べたら他の全てのことは、無にも等しい。奴の方法論でも、俺のでも……仲間の安全さえ担保できれば、どちらでも良いはずだ。
似たような考えなのか他のメンバーは――カイ以外のメンバーは、ハンバルテウスよりに思えた。
多少、行き過ぎのきらいはあったにせよ……奴の憤りも、仲間の仇をとる意思も認められる。そんなところだろう。
それに俺も普段ならば、もう少し流せたと思う。
やっと自覚できたが……相当のストレスに苛まれているらしい。それも酷く。
なにより時間を無駄にしている感が強い。
不明者捜索では、ジョニーとさやなんとか以外も発見された。
狩場に取り残されたドジな奴は、それなりに居たわけだ。
そして救助者の中には、行方不明だった団員も混ざっている。上手いこと本命の目的も達成し、ついでに他所の奴らも救出……十分な成果だろう。
だが、カエデは見つからなかった。
あまりのことに、叫びだしたくなる。不安に押し潰されそうだ。
カエデはどこに?
簡単に探せるような場所は、全て調査した。
いますぐにでも探しに行きたいぐらいだが……心当たりも無い。何処へ向かえば良いのかも判らず……それが更に焦燥感を募らせる。
おそらく俺は時間を無駄にしているのだろうが、だからといって……有効な使い方も判らないままだ。
そんな殺伐とした気分が良くないのかもしれない。
普段なら気にならないレベルのことすら、不愉快に感じる。相手との細かな違いが許せない。
「うーん……ハンバルテウスもアレだ……タケルの言うように……争いは避けるというか……もう少しだけ柔軟に動けば良いんじゃないか?」
シドウさんが、そんな取り成しをしてくれた。
感情的にはハンバルテウスに共感しつつ、俺の主張にも納得がいく。そんなところだろうか?
だが、その厚意に甘えてもいられない。さらに突っ込んだ提案をしておく。
「いや、もう少し明確に……俺達幹部だけでも、安易に決定的な決断をしない。少なくとも現場判断では決めてしまわない。それを提案したいですね」
この提案で風向きは逆になってしまった。
ハンバルテウスは完全に憤慨しているし、残りの参加者も考え込む風だ。
しかし、この同意は得ておきたい。
放っておいたら、取り返しのつかない事態も考えられた。
強気のイケイケなやり方だと、攻めている時は強い。だが、ちょっと歯車が噛み合わなくなるだけで、すぐに被害が発生してしまう。
ゲームの時ならともかく、現時点での被害だと『決定的な結果』もあり得る。
そして自分たちは被害を回避するつもりなら、相手に被らせるしかなく……突き詰めれば、『揉めたら敵対者は殺す』方針ということだ。それは上策とは言い難い。
場合によっては、それも致し方のないことではある。結局は優先順序の問題に過ぎないからだ。
当たり前だが……誰だって、他人より自分を優先してもいい。いや、むしろそうするべきだろう。
つまり、自分の命か誰かの死。そんな二者択一ならば、常に自分を選んでもいい。
その次に、仲間の命か誰かの死となるはずだ。その更に次に、何か重要なことが個々にあってと――
ここまでは誰も異論は唱えられないだろう。
ハンバルテウスだって口にはしないでも、俺と同じ考えのはずだ。
しかし、俺にはどうしても……自分の命と――または味方の命と――敵の死が、同等には感じられなかった。
「じゃあ……タケル君は、うーん……誰か問題のある奴がいたら……捕まえるか何かしてから……ちょうど今みたいに、幹部会議で処分を決めようってこと?」
ヤマモトさんが噛み砕いてくれた。
言わんとすることを、すぐに理解してくれるからやりやすい。
「その通りです。とにかく現場で判断しないで……というより、現場で処分は避けるといいますか――」
「それは反対。絶対に死人を出さない方針というのは……かなりの足枷になるよ? 彼我の戦力差が相当にないと、成立する話じゃない」
普段はほとんど発言しないサトウさんが、珍しく反対意見を述べた。
……なぜだろう。かなりの『専門家』からの助言に感じる。
「いえ、そこまでの縛りじゃなくて……俺達が――指揮官が、相手を絶対に……その……『殺す』という覚悟で――前提で動いてしまっては、団員も殺気だちます。でも、それは結果に過ぎなくて、念頭から『狙う』というのも――」
やや含みのある言い方となったが、それなりに伝わった感じはする。
だが、説明を続けている間もハンバルテウスは、俺を睨みつけていた。
批判する側ではあるが、実はハンバルテウスのことを見直してもいる。……少しではあるが。
正直、ここまでアレックスの仇討ちに執心するとは、全く思いもよらなかった。
失礼ともいえる見解だが……それほどの友人関係ではなかったと思う。俺と大して変わらない――何かと意見のぶつかる、反りの合わない同僚程度の位置づけだろう。
それでも仲間として行動をする、できる。
今回は報復という楽しくない目的ではあるが。……いや、なおさらか。
奴との関係が改善されてもおかしくないぐらいの出来事だが……結果として俺達はお互いを睨みつけている。
これはもう『奴とは星の巡り会わせが悪い』としか、言い様がない気がした。




