『岩山』――4
双方に同じギルド所属が居たことで、話はスムーズに進みだした。
ジンの方は、相手の顔を憶えてなかったようだが……それは奴が人非人だからじゃない。いや、奴が外道なのは明白だが、それでも無理からぬことだ。
『RSS騎士団』ですら、総員で三桁に届く。より人数の多い『自由の翼』なら、確実に百人を超えてるはずだ。
いくらサブギルドマスターの重責を担うとはいえ、全メンバーの顔と名前を把握は厳しすぎる。俺にしても、顔と名前の一致しない団員がいなくもない。
これが大手ギルドの抱える、大きな問題点だ。
所帯が大きすぎて、同じギルドでも知らない奴がいる。
これは珍しくもなんともない。中規模以下なギルドの奴には、納得しにくいとは思うが……これは笑い話でもなんでもなく、単なる事実だ。
同じギルドなのに他人行儀だったり、内部で仲良しグループが作られたり……そんな煩わしさを嫌い、大手は避けるプレイヤーがいるくらいだ。
さらに四人が留まっていた理由も、単純明快だった。
たんに帰れなくなっていただけ。
全員の手持ちを合わせても……『帰還石』が一つに、『翼の護符』が二つしかなかった。しかし、それだけでは一名が帰れなくなる。
となると、残る手段は荒野を強行突破だが……運の悪いことに、そう考えた頃には『レイス』がウロウロしていた。とても倒せそうもなく、歩いて帰還も不可能と悟る。
そんな流れだったらしい。
「……四人だけなのか?」
「四人だけって……最初は、俺とさやタンだけだったんだぜ?」
何を勘違いしたのか、ジョニーはそんな風に答える。
俺が聞きたかったのは、他の残留者についてだが……ジョニーはそう受け取らなかったらしい。
「たまの休みで、さやタンとペアハントしてて……休憩に戻ってみたら、ここにゃ誰もいねぇしよぉ……ログアウトもできねえわ……全体メッセージも止まってやがるわ……」
なんて愚痴まで飛び出す。
相当の見栄っ張りなのに、こんな風にこぼすなんて……よっぽど大変だったのか。
それに不運にも格差があったのを、今更ながら思い知らされた。
俺が不具合の発生を認識したのは、全体メッセージが停止した――亜梨子の泣き顔が大写しにされた瞬間からだ。
こんな状況に追い込まれて、俺だって不運には違いないのだが……それでも安全な街に居たし、比較的冷静に対応できていたと思う。
しかし、『あの瞬間』を忙しい時に……例えば戦闘中に迎えていたら?
狩りの最中なんかは、全体メッセージをオフにしている奴も多い。ながら作業の時もあるが、俺も集中したい時には停止させている。
全体メッセージを止めていれば、不審に思う切欠がないはずだ。何か思ったところで――
「なんだか今日は個別メッセージが来ないし、ギルドメッセージも全くだな」
と疑問に感じる程度だろうか?
だが、それだと初動は大幅に遅れてしまう。
下手をしたら、不具合を認識すらせずに――『決定的な結果』の可能性があるとは、夢にも思わずに……そのまま死亡する悲劇も考えられた。
……何名かは、その運命を強要されただろう。
もう正直に言って、不愉快だ。喉に何か押し込められたような不快感も感じる。
MMOで死亡は特別なことじゃない。
やや大きな失点ではあるが……絶対に避けるべき特異点でもないだろう。むしろ、適度に死亡しないプレイヤーは、ゲームを楽しめてない証拠。そんな感想すらある。
だが、あの不具合が発生した瞬間から、各自が異常事態と認識するまで。
その短い間にも、どれだけ大勢のプレイヤーが死亡してしまったことか!
思うまい。いまは考えまい。そう固く誓っていても、抑えきれない怒りがある。
結局、『デスゲーム』なんて企てる奴は糞野郎だ。
「僕らは少し遅れて、この『岩山』へ戻ってきまして――」
「そこでは若い二人が、大喧嘩しとったという訳じゃ」
ジョニーの説明を、若いのと爺さんとで補足してくれた。
……ジョニーとさやなんとかは、二人で一つしか帰還用アイテムを持ってなかったのか?
おそらくそうに違いない。きっと、どちらが使うかで揉めたのだ。それでなければ、喧嘩になる理由がない。
しかし、後から来たという二人も……かなりのお人好しに思える。
二人はちゃんと、自前で帰還用アイテムを持っていたはずだ。そうでなければ、全部で三つという話と勘定が合わない。
明らかな異常事態だし、喧嘩しているバカップルなんぞ見捨てて、自分達は安全な街へ戻っても良かったはずだ。まあ……そうしなかったから、ここに残っているのか。
「お節介のしすぎは、良くないと思いますよ?」
「そうじゃな。しかし、お主の親切のお陰で、また婆さんの顔が見られそうじゃ! ありがとうな、『RSS』の!」
人間、無駄に歳を取っても、余計な知恵しか付かないようだ。実に可愛げがない。
「……べつに俺達は、爺さん達を助けに来たわけじゃないぜ?」
「なんじゃ……男の癖にツンデレか? 男のツンデレは、食通陶芸家にしか許されんと思うぞ?」
周りから失笑が漏れる。
いかん、これは年季が違うってことか? どうしてやろうか悩んでいるうちに――
「しかし、疑問なのですが……なぜ一人を街へ戻して、救援を募らなかったので?」
不思議そうなネリウムのツッコミが入る。
それもそうだった! そんな単純な解決方法、最初に思いつくべきだ!
「……で、聞きたいんじゃが……いったい、何が起きとるんじゃ?」
さすがの年の功と言うべきか? 爺さんは聞こえなかったフリをしやがった! というか……いま言われて、初めて気付いたのか?
しかし、いつまでも爺さんと遊んでいても埒は明かない。
追い詰めるのは止めにして、真面目に質問へ答えてやりたかったが……残念ながら、俺達にも解らないことばかりだ。
何を聞かれても「解らない」か、「おそらく」と枕をつけての返答になる。
四人も四人で、必死に知恵を寄せ合ったのだろうが……俺達と同じか、それ以下の検討が関の山だろう。俺達にしたところで、ドングリの背比べだ。
結局、何が起きているのか、誰にも説明できない。
「じゃ、気をつけて……は変か。とにかく、その『帰還石』は俺の奢りだ。気にしないでくれ」
「いや、でも――」
「早く使えよ! 俺達は予定が支えてるんだよ!」
通り一遍の説明が終わって、四人に『帰還石』も配り――わざわざ貴重な『翼の護符』を使わせることはないだろう――あとは帰らせるだけ。
そうなったのに、ジョニーの奴が駄々をこねた。
大方、俺に助けられるだとか、借りを作るだとかが気に入らないのだろう。
気持ちは解らんでもないし、ゲームの時なら応じる余裕もあるが……いまはそうも言ってられなかった。悪いが気付かなかったフリをするしかない。
「ほっほっ……わしは遠慮なく奢られておこう」
この爺さん、本当にいい性格してやがんな。意外とこんなのと一緒だったから、絶望しないでいられたのかもしれない。
「そのサブマス、それじゃ……この分は、あとで……」
「あー……かまへん、かまへん。わし、便乗して来ただけやから」
ジンは鷹揚に対処していた。
……この余裕な態度。これは真似したほうが良いのだろうか?
が、時間がないのも事実だ。
「とにかく、早く帰還しろよ! 次の移動先があるんだよ!」
と怒鳴ると、ようやく四人は『帰還石』を使用した。瞬く間に光に包まれ、街へと飛んでいく。
「なんや……マジでまだ捜索するんか?」
「ああ、『南の泉』にも行こうと思ってる。あの辺も簡単な休憩場所になってなかったか? ついでだし、見ておこうぜ」
そう答えるが、あまり良い反応じゃなかった。
見回ることそのものよりも、残留者が居るとは思えないからだろう。正直、俺も可能性は低いとは思っている。
「でもよ、俺は『岩山』ですら、あまり期待してなかったからな。まさか本当に人が取り残されているとは――どうしたんだ、ウリクセス?」
「うん? ああ……すまない。出発か?」
なんだか様子が変だ。
「どうしたんだよ?」
「……いや、向こうには……何があるのかなって」
ウリクセスの指差す方向には、鬱蒼とした森が――大森林が広がっていた。
しかし、何も無い方向と――どこまで行っても森しかなかったと聞いている。
「何も無い……はずですよ?」
カイが代表して答える。カイが言うのであれば、それは最新の情報に等しい。
「ああ。だよな。うん、何も無いよな。……気にしないでくれ! ちょっと疲れただけだ!」
そう奴は言い繕い、おどけたように手を大きく振った。
もう遠くを見てはいない。ただ、遠くを見ていたときの表情は、俺の心に残ってしまった。……あとできちんと、問い詰めておこう。
「よし、それじゃあと少しだ! 『南の泉』までな! そこに着いたら帰還する! もうちょっとだけ頑張ってくれ!」
そう、皆を発奮させる。いまは不明者の捜索が先だ。




