『岩山』――1
ようやく見えてきた『岩山』を前方に眺めながらも、心の中では『レイス』戦の反省をしていた。
戦いそのものは、圧勝で終わっている。それこそ「守りを重視しすぎるより、時には攻めたほうが安全」を地でいく結果だ。
そもそも『戦士』ソロでの撃破報告すらある。この厳選されすぎたパーティの敵ではない。それよりも――
ボスを発見したので、討伐した。半ばラッキーとすら感じながら。
このMMO的過ぎる思考法は――言い換えるのならゲーム感覚は、拙くないだろうか?
倒したほうが後顧の憂いは無くなるとはいえ、回避するのも容易だった。『危ない事は怪我のうち』なんて諺もある。
避けて通る選択も、検討の必要はあっただろう。
たまたま今回は、正解だったといえる。しかし、次の機会でも同じだろうか?
少し浮ついてる気すらする。違う言い方をするのなら……俺達は『デスゲーム』という名前の不条理に、馴染みだした?
そんな俺の気持ちを知ってかしらでか、先ほどからリルフィーは大騒ぎだ。よっぽどボス討伐が、嬉しかったらしい。
……まあ、見逃してやろう。
ある意味で、奴は最も平常心を保っている。この浮つき具合は普段からだから、間違っちゃいない。
満足げな秋桜の顔も、チラチラと視界に入る。
思わせぶりというか……もう、俺へ自慢したくて堪らないのだろう。タレントアイテムの『瞑想』を手に、ご満悦だ。
『瞑想』は『レイス』からのレアドロップで、市場価格はなんと五桁に迫る。
考え方を変えると、スキル枠追加も同然だから……廃人が万単位の値段をつけるのも納得だ。今回の参加者で人数割りしても、一人につき金貨千枚の分配が期待できる。これぞボス狩りの真骨頂……貴重なレアドロップで大儲けだ。しかし――
確かに『不落』の優先権を約束はしたが……代金は必要なんだからな?
そう秋桜に言いかけ、危うく思い留まった。
判ってるに決まっていた。それでも誰かに自慢したいのだろう。
時々、秋桜は小学生みたいなことをする。
しかし、文句を言っても、喜びに水を注すだけだ。
ボスには圧勝。なんとレアアイテムも出た。それでいながら当初の予定通りな上、犠牲者はゼロ! 何一つとして、問題はないじゃないか。
そう考え直し――広い許しの心で、秋桜を見直すと……ものすごいドヤ顔で返された!
どこのどいつだ、こいつを面倒臭くしたのは!
出会った頃の秋桜は、引っ込み思案で根暗な感じだったが……ここまで自己主張は激しくなかった! 嫌なことを嫌といわせるだけで、かなり待たされたぐらいだ!
しかし、もし今の秋桜に、なにか失礼なことでもしようものなら……謝る前に殴られるだろう。間違いない。体験済みだ。
あの路地裏で出会った『動くマント』には、立派な牙が生えていたのだ。
ただ、まあ……その変化は嫌いではない。……噛まれるのが俺じゃなければ。
多少、乱暴だろうと、イラッとさせられようと……素直に話してくれる方が楽だ。さらにいうなら、オドオドもせずにいてくれた方が。
だから、秋桜は今の方が良い。
良いが……しかし……このドヤ顔は、なんでだろう? なんでこんなにも俺をイライラさせるんだ?
美人な分だけ、強力すぎる。せっかく綺麗な顔をしているんだから、もう少し愛想よくしてれば良いものを。
我慢できてる内にと、注意を『岩山』へ移した。……道中で延々と罵り合いなんて、俺の芸風じゃない。
その『岩山』だが、実は正式名称ではなくプレイヤーの使う俗称だ。
おそらくデザイナーサイドで付けた名前はあるだろうし、意味のないオブジェクトでもなさそうだが……まあ、いまのところは単なる『岩山』か。
外見的には、大きな岩――一つひとつは家ほどもある――をいくつか、まとめて置いただけ。至ってシンプルな感じだ。
ただ、その積み重なった岩の隙間が、ちょっとした洞窟のようになっている。
さらに終点には、何やら曰くありげなモニュメントのオマケつきだ。
その上、『岩山』周辺ではモンスターが湧かないし、近寄っても来ない。
これだけ特別なら、何かあると考えない方がおかしいどころか……『岩山』は将来的に狩場の中継地点となる予定。そうアナウンスされたも同然だ。
現在、テレポーターのNPCは『砦の街』、『ドワーフの街』、『エルフの里』、『第二の町』を結んでいた。
テレポーターに金貨を支払えば、一瞬のうちに移動で便利だが……まだ狩場へ直接の転送はされてない。
しかし、『岩山』のいかにも安全地帯な設定は、将来的にはテレポーターの配置されるのを――もしくは目的地として選べるのを、暗示していた。
なぜなら、その手の狩場へ直接転送のサービスは、MMOの定番だからだ。
便利すぎると思う向きもあるだろうが、これはMMOが抱える致命的な欠陥が関係している。
例えば今日、俺達は『岩山』へ到着に、二時間以上も掛かっていた。ちょうど普段の倍ぐらいか?
異常事態だから仕方がないが……これは問題がありすぎる。
目的地までの移動は、前準備に過ぎない。普通なら、それから本命の狩りを開始となる。
しかし、すでに一般的なプレイヤーでは、不可能なペースだ。
想定するのは学生でも、運良く定時に帰れたサラリーマンでもいい。色々な立場のプレイヤーがいる。しかし、もっともログインされるのは夜だ。
一日の学業やら仕事なんかを終え、食事と風呂も済ませた。短いが寝るまでは自由だ。
そんな時間に、趣味のMMOで遊ぶ。
最も普通のパターンだろう。誰も文句は言えないはずだ。
しかし、そんな普通のプレイヤーにとって、二時間も要求されるのは……無理難題に等しい。
下手したら目的地へ到着するだけで、その日の自由時間は終了だ。
そうでなくとも……システムによっては、帰るための時間も必要となる。
貴重な自由時間のほとんどを費やして、目的地まで行って帰ってくるだけ。それでは遅かれ早かれ、一般プレイヤーの心は離れていくだろう。
だが、リアルに拘れば拘るほどに、そして世界が育ち広がっていくにつれ……移動や準備の負担は膨大になっていく。
この『セクロスのできるVRMMO』では、ありきたりだが即効性の高いアイテム実装で対策をしていた。
『帰還石』だ。
戦闘中には使えないだけで、『翼の護符』と同じと考えられているが……その性格は全く違う。
使えばたちどころに街へ戻れるのだから……どこの狩場へ行っても、帰路に時間を割かなくて良くなる。これは圧倒的にプレイヤーフレンドリーな思想だろう。
『教授』に言わせれば「『翼の護符』は甘え。『帰還石』は必要悪」らしい。
話を戻すと、『帰還石』で帰路を省略されてるし、いずれは往路もテレポートでの移動に変わる……はずだ。
現状で不可能なのは、まだ「『砦の街』と『岩山』の往復、または往路のみ」が、程よい冒険になっているから。そう解析チームは分析していた。




