荒野――5
「さっきから流れてくるの……みんな同じ方向からじゃないか?」
唐突に秋桜が、そんなことを言い出す。
言われてみれば、その通りだった。中々に鋭い。……秋桜の癖に!
「流石ですわ、お姉様! お姉様の観察眼の鋭さには、この私、感心するばかりで――」
すかさずリリーが、お追従を言う。
……この二人は自分達だけの時、ずっとこんな調子なのだろうか?
少し見てみたい気もする。それに一つアドバイスもだ。
甘やかしていたら、天狗になっちまうぞ? ただでさえ秋桜は、調子に乗りやすい奴なのに。
そして無駄話してないで働け!
いまこの瞬間も、リルフィーが変態的な動き………………天才的な動きで、モンスターを引き付けていた。その甲斐あって、原因を考える余裕がある。
などと、色々なことを思ったが……もちろん、俺一人の心の中へ収めておく。
……誰だって痛い目に会い続ければ、未来予知が可能になる。見えてる地雷原へ進むのは、愚か者だけだ。
「でも、これじゃあ……いつまで経っても倒しきれないわよ? リルフィーくんだって、いつまでも続けられないだろうし……」
思案気にリシアさんがいった。
流石、リシアさんだ! リシアさんの気遣いの細やかさには、感心させられるばかりで――
「生きいきしてるリーくんを、もう少し見ていたい気もしますが……院長殿の仰る通りですね。何か手を打ちませんと」
俺の思案を打ち破るように、ネリウムが酷いことを言い出した。
やはり、『ブラッディさん』は、おっかない。このリルフィーの命懸けのダンスを、疲れ果てるまで御所望なのだろうか?
しかし、それなのに……なぜか女性陣からは「はい、はい……」だの「ごちそうさま」などと、意味不明な感想が漏れた。さらになぜか、ネリウムは軽く赤くなっている。
……『女の人って、おっかない』が正しいのか?
これは『過酷な責めにご満悦の女御主人様と、哀れな下僕の図式』なはずだ。
しかし、そうでないとすると……俺もいつかは、あの命懸けのダンスか――それに類する危険なことを、要求されるのだろうか?
そして、その命懸けの様子を……いまのような生暖かい目で、女性達から観られる?
なんだろう……実は『あなたの知らない、本当は怖い女性の話』だったのか?
「私、少し偵察へ――軽く様子を見てまいりますわ。よろしいですわよね?」
馬鹿なことを考えている内に、リリーから提案があった。
……ちなみに言っておくが、この馬鹿話をしながらも、俺達はちゃんと戦っている。
リルフィー独りを働かせておいて、他の皆で馬鹿話――そんな酷いことはしてない。全員が熟練したプレイヤーで、無駄話をしながらでも動けるだけだ。
……誰もがいつかは、昨日観たテレビの話をしながらモンスターを八つ裂きにできるようになる。それが廃人への第一歩だ。まだ見習い以前ではあるが。
「待て、待て! その提案は妥当だが……偵察へは俺が行く!」
慌ててリリーを止める。
同時に狙いを確認するべく、少しパーティから離れた。
……上手い具合に、俺を狙うモンスターはいないようだ。これならすぐに動けるだろう。
「でも、タケル様……私には『隠密』のスキルがございますし――」
「いや、いや……近場のモンスターは、ほとんど集まっちまっているだろ。『隠密』を重視しなくても平気だ。それに、もし大量に隠れているようなら、それこそ俺が行った方がいい」
多少、言い訳じみているが、筋は通っている……はずだ。しかし――
「えっ……で、でも……わ、私……その……守ってもらわなきゃいけないような、か弱い女と言うわけでも……」
なにやらリリーはモゴモゴと、反対意見を言い始めた。
しかし、俺もここで引くわけにはいかない。ここは譲れないポイントだ。
「気にするな……っていうか、俺がやりたいからやるだけだ。つまり、俺のワガママだな」
ちなみに俺達の名誉と、リルフィーへの義理のために言っておくが……この会話の間も、きちんと戦い続けている。そんなのは当たり前だ。
そして自分で行くのに拘ったのは、単純な理由がある。
このままだと俺は……完全なお飾り、名前だけのパーティリーダーになってしまう! それだけは拙い! そんなことになったら、いわゆる『姫プレイ』だ!
有名な俗言にこんなのがある。『姫プが許されるのは、女子小中学生まで』と。
たとえばカガチならば、中学生になったばかりの子供だ。
多少ワガママなだけの、お飾りリーダーであろうとも、周りは許すだろう。それは子供をあやすようなもので、十分に理解できるはずだ。
しかし、それを俺がやった日には……未来永劫に渡って、『姫プをしようとした男』の十字架を背負わされる! MMOは意外と評判が全ての世界であるから、名を惜しむのは大切なことだ。
それにリスクを取らされる場面は、これまでにもあった。
いまもそうだ。調べに行くか、現状維持で好転を祈るか……座死するかの、三つぐらいしか選択肢がない。
しかし、他人を――特に女性を危険に送り出すのは、嫌だった。
もちろん、感情論なのは理解している。VRMMOには男女差などない。精神の力だけが比べられる世界だ。
そして、こんな考え方には弊害もある。
裏を返せば「女だから弱い」という勘違いにもつながるし……誰にだって、自分の命を好きなように使う権利はあるはずだ。いまのような深刻な状況だからこそ、強くそう思う。
それでも、嫌なものは嫌だ。
秋桜やリリーが前線で戦っていることにだって、実は納得できてない。
二人に「街で大人しくしていろ」といったところで聞きやしないし、俺が言う筋合いでもないだろう。
だが、『デスゲーム』となったいまでは、とても当たり前には思えない。
こんな身体を張るような――命を的にするような時に、自分でやれるのは……『戦士』が持つ圧倒的な強みじゃないだろうか?
「タ、タケル様が……そ、そこまで仰るのでしたら、こ、今回だけは譲ってさし上げますわ!」
よし、上手く誤魔化せた!
くだらない男の意地だが……いや、男の子の意地程度でしかないが、譲るつもりもない。なぜか軽く怒っているし、後々の交渉材料にされそうだが……とにかく今は、それだけで満足だ。しかし――
「今日は本当に……いい日で……満たさてしまいそうです」
「リリーちゃんったら……こうして妹達も大人になっていくのね。私、嬉しいけど……少し寂しいかも」
などと冷やすのは、勘弁して欲しかった。もちろん、ネリウムと……珍しいことにリシアさんだ。
「あのなぁ、リリー……タケルはアレなんだぞ? 賢そうなこと言うけど……凄く馬鹿なんだぞ?」
「はぁ……タケルさん……やっぱり優しくてカッコいい……でも、もう……減らすしか?」
などと意味不明な感想が続く。
……結局、女性には判ってもらえないのか。そう思ったところへ――
「なあ、いまの……わいが見ても良かったんか?」
「問題ありません。いまのは隊長にとって……通常運転に過ぎません」
ジンとカイの会話も聞こえた。
お前らもか! なんで同じ男なのに、共感してくれないんだ!
ハチの野郎はいい笑顔で、親指を立てる仕草で返しやがるし!
だが、まあ良い。これで目論見通りと言うものだ。
そして聞き飽きただろうが、この雑談中にも俺達はきちんと戦いを――
「あ、あの……も、もうすこし処理に集中を……意外と大変なんっすよ!」
と、リルフィーから文句を言われてしまった。珍しく、語気も荒い。
……少し、話に熱中しすぎてしまった。




