『不落の砦』――4
開き直りとも言えるが、話が進まないのは悪いことでもない。
俺が時間を稼げば稼ぐほど、ハチやディクさん、ヴァルさんの作業が進む。作戦も依然として継続中だから、交渉中はレベリングを続けられる。
……それに気になら無くもない。
「ところでその頭……どうやって変えたんだ? 髪型までいつも通り……というか、前とは違うだろ?」
「うん。βが終わる前にスクリーンショットを撮ったんだ。それを持って美容院に……ガイアさんのお弟子さんの店までわざわざ行ったんだぞ?」
自慢げに秋桜は説明してくれた。
省かれているが要するに……リアルの方をゲーム内アバターに合わせたんだろう。その後、ベースアバターを上書きしてもらえば、自動的にゲーム内アバターも変更される。
「ふむ。それで髪は自分で染めたのか」
「そ、染めるわけないだろ! リ、リアルで……き、金髪なんて……そ、そんな勇気あるわけないだろ! い、いまの髪型だって……ホ、ホントは……す、少し……恥ずかしいんだ!」
……以前の髪型で出歩くほうが、余程の強心臓にしか思えない。本当に目が隠れきるような髪形を、漫画以外で見たのはこいつが初めてだ。
それに謎も解けた。
「ああ、ゲーム内アバターの色だけ金髪にしたのか」
「そうだぞ。スクリーンショットが手元にあるからなんとかなったけど……けっこう大変だったんだからな!」
そう言って秋桜は胸を張る。
初めて会ったときは強烈にやらかしている髪型と、縮こまった感じで色々とアレだったんだが……人とは変わるものなんだなぁ。
でも、なかなか良い手順に思えた。俺も『成功している部分』だけは参考にしよう。
「で、なんで眉毛だけ黒のままなんだ?」
「へっ?」
気がついて無かったのか、ひどく驚いた表情を秋桜はしていた。
金髪と黒い眉毛が常に駄目な組み合わせとは言えない。だが、人によっては酷くアンバランスな感じに……秋桜のようなキリッとした眉毛には、あまり似合ってなかった。
「リリー! 鏡! 鏡、持ってないか!」
「お、お姉さま? 小物を買いにいく暇なんて、無かったじゃありませんか」
「そ、それじゃあ……教えて、リリー……この眉……変?」
「………………二、三日もすれば……ガイア様がお店を開いてくださりますわ」
リリーは姑息にも言及を避けた。
秋桜の方はしばらくポカンと口を空けていたかと思うと……見るみると顔を真っ赤に染め上げた。そして――
「み、見ないでー!」
と大声で叫んだ。
話し合いが出来るようになるまで、しばらくの時間が掛かった。
それに秋桜が剣に手を伸ばそうとした瞬間は……あわや大戦争勃発の瀬戸際と言うべきだったろう。
ギルド間抗争を絶対に回避とは考えていないが、大戦争になったり理由が「眉毛が黒かったから」では……巻き込まれる多くのプレイヤーに申し訳がない気がする。
「とにかく、だ! 『RSS騎士団』は『不落の砦』による『シーフ行為』に抗議する!」
やっと本題に入れた。紆余曲折ありすぎたし、できるなら相手に口火を切らせたかったが妥協しよう。……こいつらと話すと、いつもこのパターンになる気がする。
「『シーフ行為』とはまた……そんな下品なこと……私共はいたしませんわ」
無邪気に笑って、リリーは受け流す。
『シーフ行為』とは重大なマナー違反だ。
システムによって色々で、一様には定義できないのだが……問答無用のPKによる報復も珍しくないほど嫌われている。
おそろしく簡単にいうと、モンスターを横から奪い取る行為だ。
誰かが戦っている最中に、同意を得ずにモンスターを攻撃したら……それだけ『シーフ行為』が成立してしまう。善意によろうと、悪意によろうと問題にされない。
被害者が失うものなど、モンスターを倒したときに得るドロップや経験点の一部程度なのだが……これが不思議なほど人を不愉快にさせる。
敵わないモンスターに返り討ちにあうのもゲームの一部だし、わざとやる奴からは強烈に悪意が伝わるからだと、俺は思っているが……決して軽く受け流せる告発ではない。
「そうだぞ! えっと……『私達は大勢のゴブリンに追われてた奴を、親切にも助けてやったんだ』!」
色々と思うことはあったが……それよりも非常に気になることがある。
秋桜は交渉を再開してからずっと、手の平で眉毛を隠し続けているのだ!
気持ちは解からないでもないが……なんというか気が散る。リリーに目で何とかするように伝えるが……目を逸らしやがった! 見なかったことにするつもりか?
「あー……そう言うことにしといてやる。今回は流してやるから、さっさっと撤収しろ。俺達も暇じゃないんだ」
「タケル様に指図されたくありませんわ。それに……私共も『広場』でギルドハントする予定でしたのよ?」
やっと相手にカードを切らすことが出来た。
これは自分達も混ぜろという主張だろうか?
効率の点で言えば問題はない。色々と作戦をアレンジをしなければならないが、基本コンセプトは守れる。占拠する範囲を広げれば良いだけだ。
だが、それは無いだろう。お互いのイデオロギーが違いすぎて、仲良く共同作戦など……天地がひっくり返っても無理だ。
「いやー……ビックリしたぞ? まさかタケル達も同じ作戦だったなんてな! いやー……偶然だなぁ!」
「ええ、まったく。……でも、そちらも満足なさった頃でしょう? そろそろ私共に譲ってくださいな。仲良く順番に……それが円滑に物事を治める秘訣ですわ」
白々しいことを言いやがる。
『引き狩り』は俺達の専売特許というわけではないが……たまたま同じ作戦でかち合ったというのは疑わしい。下手したら俺達のことを密かに観察し、盗み取った可能性だってある。
ただ、それは推測に過ぎないし、非難するようなことでもない。
自分達ができることは、相手側もできる。
これはスポーツではないゲームの宿命だ。むしろ、この鉄則が守られているからこそ、ゲームは面白い。そうでなければ知恵や工夫に意味が無くなってしまう。VRゲームはシミュレーターの側面もあるから、必ずしもとは言えないが……この『セクロスのできるVRMMO』でも可能な限り守られている。
まあ、真似だろうと、偶然に同じ戦術だろうと、それは構わない。
しかし、それと『広場』を明け渡すのは別の話だ。
「駄目だな。まるで話にならない。俺達はまだ続けるつもりだし、お前達に『広場』を譲ってやる義理も無い」
「なんてご無体な……しかし、それでは……『お互いに』困ってしまいますわ。『広場』の取り合いで日が暮れてしまうかもしれません」
そう言って、リリーはわざとらしく嘆息してみせる。
だが、微かな喜びを隠せていなかった。一つ間違えれば大戦争に突入というスリルに酔ってでもいるのか?
まだ交渉は始まったばかりだ。お互いに立場を表明しただけ。
これからどんな言葉が、この可愛らしい口から飛び出すんだろう?
不謹慎だが少し……期待しないでもなかった。