荒野――4
拍子抜けするほど、上手くことは進んだ。
徐々に全員から緊張は拭い去られて、やや弛緩気味ともいえる。思わず軽口や笑みが漏れてしまうほどだし、もう全員が勝利を確信しているはずだ。
とにもかくにも……状況は命を的のギリギリな戦いから、命を落とすこともある危険な作業程度へ変わった。
……いや、物事は正確に把握するべきか。
これは命懸けの戦いだった。
ただ、その危険な瞬間は、あっという間に過ぎ去っただけだ。
悔しいが作戦が良かったのを、認める必要がある。
やはり、ジンが最初にリスクを取って、範囲魔法の火力を活用したのが大きい。
あれで一気に数を減らすことができた。そして事故原因になりがちな「囲まれてから『僧侶』や『魔法使い』へ狙いを変えられる」も封じれた。そのさらなるメリットとして、安心して魔法での追撃も加えられる。
もう至れり尽くせりで、申し分が無い。
そして作戦を評価するのと共に、俺では絶対に選択しなかったのも認めるべきだ。
ジンがいなかったら――奴が作戦の主導権を握らなかったら、俺はいつもの防御に重点を置く安定重視な……要するに受け太刀に構えたと思う。
序盤さえ乗り切れば、事故死などのリスクは低かったはずだし……ピンチに陥っても、緊急離脱する程度の余裕は残る。
しかし、ジリ貧になるのも明らかだった。
どこかで堪えきれなくなって……パーティ全員で撤収、再攻略へ追い込まれても不思議はない。むしろ、その確率は高かったはずだ。
そして最初のラッシュを凌げず――コントロールしきれず、特に戦果も無く即時撤退も考えられる。まあ、それはジンの作戦でも似たようなものだが。
やはり、常に防御や安定を重視し、最優先してしまうのは良くない。
それは欠点として、痛いほど認識している。時には攻めた方が、良い結果を生むこともあるし……先手必勝は鉄則の一つだ。
また、ワンパターンだと――思考の癖があると、読まれ易くもなってしまう。
ときには大胆に攻める。それは色々な観点から大事なのだが……どうしても急いで判断する時には、守ってしまう。
だが、解かっていながら、そうできない。人間、なかなか弱点の克服というか……欠点の修正は上手くいかないものだ。
モンスターの処理に参加しながら、そんなことを考えてしまった。
……そんな感慨に耽ってしまったのは、リルフィーの奴が原因だ。
総数としてモンスターは五十匹前後いたのだと思う。……もはや半分くらいになっているが。
さすがにそれだけの数に一気に囲まれたら、かなりの苦戦となっただろうが……ジンの強気な作戦と、リルフィーの上手さで解決されつつあった。
その証拠に二十数匹近くの『スケルトン』と『ゾンビ』の狙いを、リルフィーが一手に引き受けていた。
もはや呆れてしまうし……感心を通り越して、気持ち悪くすらある。
どんな競技やゲームでも、一定の水準を超えた――プロ競技者で比べても別格な、生きる伝説級になった者は……笑いや気持ち悪さを醸し出すことがある。
こんな言い回しを聞いたことはないだろうか? 「もはや意味不明」だとか「変態的な美技に酔った」なんていう褒め言葉を。もう、その領域になりつつある。
もちろん、やり易くなるように俺達も手助けはした。残しておくと面倒なモンスターを優先処理したり……多少の無理はできるように、サポートを最優先に回すなど。
だから、奴ひとりでの成果とは言えないのだろうが……それでもなんというか……要するに納得いかなかった。
簡単な話、奴と同じレベル、装備、サポート体制と……完全に同じか、より良い条件としても……同じ芸当が可能に思えない。
いや、動作の一つひとつは理解できた。理屈も判るし、真似もできるだろう。ものによっては、俺の方が上手い可能性すらある。
だが、それが一連の動作としてつながり出すと……もういけない。
本当は華麗な動きだとか、同じMMOプレイヤーとして嫉妬すら覚えるなどと……素直に賞賛するべきなのだろうが……その気にはなれなかった。
リルフィーには、内緒にしておいてやるつもりだが――
「上手いのは認めるけど……真似はしたくないな。いや、できなくてもいいや」
が偽らざる感想だろうか? もしくは――
「嗚呼、人間ってこんな変な動きが可能なんだ。人体ってすげー」
になる。……基本的に悪口ではない。
とにかく、大事故でも起きなければ、俺達の勝ちは確実なものだった。
素晴らしい囮役をリルフィーがしている間に、残りのメンバーで火力を集中してしまえばいい。この流れなら後衛の負担も軽いし、俺達前衛も思い切った動きができる。もう作業ですらあった。
……のだが、なぜか終わりが見えない。
なぜなら倒すと、お代わりとばかりに追加されるからだ。ちょっと意味がわからないと思う。俺も説明のしようが無いくらい不思議だ。
「また流れてきたな」
「……せやな」
三度目の追加が起きた。三回目はもしやと思っていたから、意外ではないが……このままでは、いつまでたっても終わらない。
「無限湧き……でしょうか?」
「その類は確認していないのですが……」
不思議そうなリリーに、カイが答える。
無限湧きとは、コンピューターゲームなどで敵やモンスターが、文字通りに無限に追加されることだが……そんなはずがなかった。
そもそもMMOのモンスターは一種の無限湧きではある。しかし、基本的に倒した分だけ何処かで再配備の形だ。『無限湧き』の本質的な意味からいうと、少し違う気はする。
さらに俺達が倒した分が再出現、それが即時に俺達を発見したというのも……やはり考え難かった。いや、一度や二度ならあり得るが、三回連続というのは変だ。
なぜならMMOのモンスターは、プレイヤーの近くで再出現しない。普通はその設定を避ける。
プレイヤーの視界内で再出現しないのと同じくらい、いや、それ以上に大事なルールだ。
すでに説明したように、プレイヤーの視界外――死角に再出現が限定されるのには、理由がある。
だが、死角であれば良いかというと……その条件だけでは、とんでもないことが起きてしまう。
例えば物陰を調べたとしても、目を離した途端に死角に変わる。プレイヤーの視界外なら再出現可能ならば……物陰などを確認しても、全く意味がない。
さらに、プレイヤーの背中は常に死角だ。特に真後ろなんて、直視は絶対にできない。
しかし、死角だからといって、いきなり真後ろにモンスターが再出現したら……それはもう、ゲームのジャンルが変わる。
俺達が倒したモンスターは、この『荒野』のどこかで再出現しているだろう。それは間違いない。
だが、その再出現位置は、俺達から遠く離れている。それは確率的に断定できる。
近場で再出現して、俺達を再発見があり得ないとはいわないが……あっても一度や二度が限度だろう。
三回連続なんて、何かが起きているに決まっていた。だが、何が起きているのだろう?




