荒野――3
『スケルトン』――骨だけとなったアンデッドは、前進を開始した。
普段なら何とも思わない相手でも、数が尋常じゃない。その無言の進軍からは、軽い恐怖すら覚える。
そのすぐ後ろに『ゾンビ』――死体となっても動き続けるアンデッドが続く。
移動速度差があるので、すでに遅れ始めているが……虚ろな表情で足を引きずりながら、こちらへ向かってきている。やはり異常な数が脅威だ。
接近されるまで、あと僅かしかない。
その短い時間を利用して、リルフィーはせっせと『威圧』のスキルを使っていた。
しかし、どいつの注意を惹き付けれているのか、どれがまだなのか……把握はできてないと思う。あまりにも敵が多過ぎだ。
パーティを守る盾のように位置取りした秋桜とウリクセスは、すでに迎撃するべく待ち構えていた。もちろん二人も、三匹前後の狙いを惹き付けている。
この数が多ければリルフィーの負担が軽くなるとはいえ、本来の役目は数を減らすことだ。処理速度が遅くなるほど受け持ってしまうのは、判断ミスとなる。……三、四匹は取りすぎか?
「よし、頃合なようやな。わいが行くで、メガネはん?」
そんなことを言いながらジンが最前列すら抜け出して、リルフィーと同じぐらい突出した。
「何を始めるんだ?」
「何を始めるも何も……範囲魔法を使う、最大のチャンスやないかい」
心底不思議そうな顔で、逆に問い返された。
……確かにそうだ。接敵されてからだと、前衛を巻き込む恐れがあった。
そして俺はあまり好きじゃないが、このタイミングで魔法攻撃を加える戦術も存在する。
「……あまり無茶するなよ?」
「任せとき!」
うん、駄目だな。止めときゃ良かった。
ジンと肩を並べて戦うことなんて、いままで無かったことだが……こいつ、ばくち打ち気質か? 目が爛々と輝いてやがる!
目線だけで問いかけてきたカイへは、肩を竦めることで返す。諦めた。もう、やらせるしかないだろう。
さらに話を聞いたネリウムも、『僧侶』部隊に指示を飛ばす。
「初手は『僧侶』も攻撃参加しますよ!」
……派手になりそうだ。そして待ちきれなくなったのか、ジンが大声を張り上げる。
「でかいのいくでぇ! 『ファイヤーボール』や!」
コマンドワードと共に、火の玉がモンスターの軍勢を目掛けて飛んでいく。
……真正面へ打ち込みやがった!
遠慮というか……確実さを追求する気遣いは無しか?
「『ファイヤーボール』!」
ジンの攻撃範囲をなぞるように、カイも魔法を打ち込む。
魔法による爆発が二連続で起きる。……まあ、開戦の合図代わりにはなりそうだ。
その爆炎の中、崩れ落ちたモンスターは数匹程度か? それなりに強力な――中級レベルの魔法なのだが、ダメージ幅がばらつきがちだ。
「いまです、いきますよ! 『ヒール』!」
「はい! ――『ダンシング・ダガー』」
ネリウムとアリサがすかさず追撃を加える。それが止めとなり、モンスターは崩れ落ちた。
「あっ……そ、そうか! アンデッドには回復魔法でもダメージいくんだった。俺らもやるよ、『ヒール』!」
やや遅れて、ハチとハイセンツが『ヒール』での追撃に参加した。
「『ヒール』 ――二人とも、最初だけよ? 前衛さんが戦い始めたら、回復に専念ね」
リシアさんも念を押しながら、追撃する。
きちんと手綱を取ってくれそうだし、『僧侶』チームは大丈夫か?
だが、予想通りにジンはピンチに陥った。いや、狙い通りか?
「おー……わい、モテモテやな!」
そんな馬鹿なことをジンはいっているが……結構な狙いを受けてしまっている。
ざっと十匹ぐらいだろうか? 明らかにジン目掛けてに、進行方向が変わった。
まあ、これは予想通りだ。こうなると読めていたから、予めジンは最前列より前へ出ている。
これがパーティ戦で、範囲型攻撃魔法が疎まれる原因だ。
モンスターは色々な理由で狙いを決定する。
最初に発見した、最初に攻撃してきた、仲間を攻撃した、視界内で攻撃魔法や回復魔法を使ったなど……多くのトリガーが設定されているし、その優先順序も個体差があったりでややこしい。
そして範囲魔法を使うと、そのトリガーを一気に引いてしまう。
結果、『魔法使い』が大量の狙いを受け、守るのが難しくなる。攻撃魔法で得たメリット以上に、デメリットを背負ってしまう。パーティが壊滅したり、死亡者がでるのも珍しくない。
しかし、それは考え方にもよる。
最初に覚悟しておけば――狙いのコントロールまで視野に入れればいいだけだ。べつにモンスターを惹き付ける囮役は、『戦士』の――前衛職の専売特許ではない。
攻撃さえ受けなければ、接近さえされなきゃ同じことで――
範囲魔法の火力を活用できる。前衛を純粋なアタッカーに回せる。『視界内で攻撃魔法や回復魔法を使った』を最優先するモンスターを、序盤で炙り出せる。など……
『魔法使い』が囮役には、色々な長所があった。
が、リスクも多い。
まず、何よりも事故死の危険がある。
簡単な話、転倒するだけで死亡確定だ。魔法使いの防御力では、転んで追撃され放題になったら……起き上がるチャンスすらつかめず、そのまま死ぬしかない。
だが、そんな危険は全く感じてないかのごとく、暢気な口調で――
「おっ……もうちょいか? やや右か? タケル『くん』、そっちへ射ち込むで?」
などと言いながら、なにやら手を動かしている。
あれは……目測しているのか? つまり、まだ追撃する気か!
「適当なところで、回避の準備を始めろ!」
首を竦めながら喚き返し、ジンの方へと向かう。
前衛でフリーなのは俺だけだし、奴のガードをするのも俺しかいない。いや、リリーもか。
「はい、はい……なんや、タケル『くん』は心配性やなぁ――『ライトニング』!」
そのコマンドワードと共に、雷撃の帯がモンスター達を貫く。
真っ直ぐにジンを目指せば、一列に並ぶことになる。つまり、一網打尽だ。
……完全に手玉だ。決められたルーチンで動くAIなど、ジンの敵じゃないのかもしれない。ちょっとしたパズル感覚か?
すぐさまカイとアリサからの追撃が加わる。それでまたモンスターは崩れ落ち、ジンへ狙いなのは、残り数匹といったところだ。
「気をつけろよ! いま掠っただろうが!」
「ちっ……ごめんなぁ……一歩分、タイミングを遅らせ損ねたわ。それより、はよ肉壁してえな」
そんな本気ともつかない悪態を吐きつつ、俺を盾にするように伏せる。
『魔法使い』が囮役で最大の問題点、遠距離攻撃持ちがいたからだ。
敵がほんの少し移動速度が速いだけで、囮役の難易度は跳ね上がる。そして遠距離攻撃の手段を持っている場合は、移動速度と無関係に攻撃されてしまう。
防御力に劣る『魔法使い』の囮役にとって、距離を取っても誤魔化しが利かないのは致命的だ。
とにかく飛来する矢を、剣で叩き落す。
リルフィーのように反射的では無理だが……最初から注意していれば、俺でもこの程度の芸当は可能だ。
しかし、いきなり困ってしまった。
弓を持った『スケルトン』もいるのだが……あれは絶対に近寄ってこない。誰かが迎撃に行くか、遠距離攻撃で倒す必要があった。そうしなければ、いつまでもジンは矢を射られ続ける。
だが、俺はこの場でジンのガードだ。もうすぐ接敵されるし、その対処もしなくてはならない。
……手の空いているリリーに、『隠密』で行かせるか?
しかし、対象の数が多い場合、成功確率のあるスキルは失敗しやすい。
この手の計算方法は、驚くほど単純だ。サイコロで一の目でたら失敗だとする。一回だけの挑戦なら、失敗するほうが難しいだろう。
しかし、数回連続なら? 十回なら? いや、百回なら?
試行回数が多くなれば、どこかで必ず一の目は出るし……場合によって、それは死を意味する。
依頼すればリリーは赴くだろうが、少し納得しにくかった。危険な橋を渡る必要があるのなら、自分でやった方がスッキリする。
一瞬、そんな風に躊躇ったところへ、ネリウムの声が聞こえた。
「『ターニング・アンデッド』!」
そのコマンドワードと共に、問題の弓を持った『スケルトン』は塵になって崩れ落ちた。
『ターニング・アンデッド』――アンデッドを即時に破壊する魔法の効果だ。
僧侶系魔法の定番だが、これまたネリウムが使うのは珍しかった。やはり普段なら、回復魔法用にMPを温存している。
ただ、ネリウムはもしかしたら……血肉の飛び散らないアンデッド戦に、何か別の喜びを見出したのか? なぜか鬼気迫る感じの――喜びの表情をしていた。
「さて……厄介なのは、私が狙い撃ちしていきましょう」
うん、間違いない。凄く楽しそうだ。
……まあ、いいか!
とにかく、厄介な遠距離攻撃持ちは片付いた。俺の次の役目は、ジンに接近するモンスターの排除だ。
「おし、しばらく持たせろ、リルフィー! 秋桜とウリクセスもだ! すぐに応援に駆けつける! ――リリー、ジンへの狙いから片付けんぞ!」
それで俺も、接近戦へ突入した。




