荒野――1
「うーん、なんというか……楽勝っすね、タケルさん!」
リルフィーの特技『空気読まない』が炸裂した。
いや、奴の感想は正しい。それは認めなくては。
実際、俺達は拍子抜けしてしまうほど順調に進んでいる。
まあ考えるまでもなかった。
そもそも十二人のフルパーティなんて、滅多に編成されない。普通は六人前後だから、通常の五割り増しから倍近くの戦力だ。
さらにメンバー個々の実力も、適正より高い。正直、高すぎるぐらいだ。
普通なら『オーガ』狩りが――それも湧きの激しい高難易度な狩場でが、適当かもしれない。……いや人数が多いし、冒険して『トロル』狩りの方が歯応えはあるか?
とにかくレベルや装備の点でも、要求の倍はある。
さらに一歩ごとに止まっての様子見まではしていないが、牛歩でゆっくり進んでいる。
倍の人数で、倍の戦力。そして普段の数倍な慎重さで、進むのだから……通常の十倍以上か? これなら悪魔なんとかにでも勝てそうだ。
「……文句あるのかよ?」
「えっー……そんな……文句なんて言ってないですよ。ただ暇というか……もう少し何か起きても良いかなっと」
リルフィーはそんな言い訳をするが……これが問責でなかったら、何を非難と呼べばいいんだ?
確かに数匹の『スケルトン』や『ゾンビ』に出くわしても、ほとんど瞬殺に近かった。休憩の必要すらなかったくらいだ。
しかし、それは絶対に良いことだし、温く感じても知ったことじゃない。このまま平穏無事に、何事も無く任務を終わらすのがベストだ。
そんな気持ちで、リルフィーに解からせておこうと思ったら――
「まあ、まあリルフィーはん。タケル『くん』は正解なんや。指揮官ちゅーのは……臆病! 神経質! ビビり! それが美徳なんでっせ。ちょっとチキンに感じたり、板につきすぎなんは……まあ、ご愛嬌やろ」
ジンから煽りなんだか、フォローなんだか判らないことを言われた。
まあ、嘘ではないだろうが……方便の可能性もあるし、半分以上は暇つぶしだろう。つまり煽りだ。
「うるせえな! 高いご評価ありがとうよ!」
「おー怖っ! そないに怒らんとも、ええやないか。わい、これでも褒めてるんやで?」
などと言うが、声音はすっかりおどけていた。完全におちょくられている。
つられて他のメンバーからも失笑が漏れた。まあ全員、退屈を感じていたのは間違いない。
「はっ! これでも俺は冒険心に富んだ男と、一部では有名なくらいで――」
「タ、タケルさん? べ、べつに慎重なのは悪いことじゃないですよ! そんなにムキになられなくても……」
ちょっと吹かしておこうと思ったら、アリサに窘められた。
……少し無理があったか?
「タケル……世の中、吐ける嘘と吐けない嘘があると思うよ? それにタケルが勇敢ってのはない。うん、それだけはないよ」
便乗して秋桜まで煽ってきやがった。
……何かで怒らせたか? 心当たりがあり過ぎて、すぐに思い当たれないのは大問題かもしれない。
「……そうなのですか、お姉さま? タケル様は……その、あまり遠慮なされないタイプと思っていたのですが?」
興味深そうに、リリーまで話に加わってきた。
やめろ! どうぜ何処かで、駆け引きの材料に使うつもりなんだろうが! そう思った矢先、なぜかアリサと秋桜が――
申し合わせたかのように、深い溜息を漏らす!
……なんなんだそれは! どういう意味なんだ! 二人してそんな態度をとったら……まるで俺が根性無しみたいじゃないか!
しかし、もう俺だって坊やじゃない。
こんな時は賢く黙っているのが一番だ。何が起きているのか全く判らないが、おそらく何を喋っても大怪我になる。間違いない。俺の勘が、そう囁いている。
そして、なぜかネリウムが――
「うひぃー……やはり、今日は良き日だったのですね!」
と奇声を上げた。
……あっちも触ると大怪我――いや、致命傷を受けるに違いない。見なかったことにしておこう。
「――どうかしたのか、さっきから考え込んじまって?」
なぜか物思いに耽っていたカイへ、水を向けてみる。……話を逸らした、ともいう。
「あっ……いえ……べつに大したことは」
意外と細やかなところがある奴で、何か気付いても自分ひとりの心に納めておくことがあった。
それは遠慮の無いリルフィーやジン、秋桜なんかに見習わせたいぐらいだが……カイの精神衛生に良いとも思えない。難しいところだ。
「他愛もないことで……こんな風になるのなら、奴みたいに第二王子な『僧侶』もありだったなと」
とハイセンツを指し示しながら、説明してくれた。
それなりに面白い命題かもしれない。
『デスゲーム』に巻き込まれた場合、どのようにクラスとステータス割り振りをするべきか。
まず思ったのが……『戦士』は微妙な気がすることだ。
全クラス中で最もHPが高く、防具も強い。サバイバル能力はピカ一といっても良いだろう。
反面、見た目通りから逸脱できない。
荒事の解決能力は計算可能というか……両の手を使うしかないし、できることに限界もある。
さらにその解決方法も、基本的に接近戦なのは最大のネックだ。
こんな事態になって以来、初めての戦闘を体験したが……半端じゃなく精神力を削られる。
実際には、しょぼい戦いだった。こんな風にゴチャゴチャと考える間もなく、あっという間に終わっている。死ぬなんて、まずあり得ない。
それでも肝は冷えきった。
リルフィーが気楽に楽しんでいるのが、とても信じられない。恐慌状態にならなかった自分を、褒めてやりたいぐらいだ。
万が一にでも何かあれば、俺は死んでいた。もしくは誰かを、俺の判断ミスで失ったかもしれない。
きっと俺は、ゲームではない戦いというものを初体験したのだ。
そして『戦士』は、常に最前線の宿命にある。
……これが些細な問題だと思うのなら、命というものを考え直すべきだ。
逆にカイのように『魔法使い』なら、直接的なサバイバル能力は低くなるが……問題解決能力は高い。少なくとも命を的に、最前線に出ないで済む方法が沢山ある。
それだけで『魔法使い』なのは、不運とはいえないと思うのだが……カイはそう考えなかったらしい。
これでカイは剣の練習をしてたり、正々堂々に拘ったりするから……思想的には侍や騎士だとかに共感するタイプか? ……あり得そうだ。
『戦士』でなくスペルキャスターになってしまったとしても、せめて第二王子『僧侶』ならば。そんなことを考えたのだろうか?
しかし、カイは――そして俺も、間違えている。発想の時点からだ。
「『デスゲーム』なら、どんなクラスが良かったか」などということを、現時点で考えるのは……何重もの意味で手遅れだろう。
それに「『戦士』は微妙」と考えていても、自分が『戦士』で良かったとも思った。物事はゲームの時より、雑多になりつつある。
そんな考えを口にしようとして、鋭い声で遮られた。
「タケルさん!」
リルフィーの奴だ。そして、この声のトーンは……非常に拙い!
「全員、戦闘態勢を取れ! ……即時撤退も視野に入れろ! 敵襲だ!」




