作戦会議――3
「で、回復の方ですけど――」
「事故が嫌だから、担当制は止めない? あれ怖くて。それで大変なら、私が取り仕切るから?」
リシアさんの方から、助かる意見が出た。
担当制とは、ヒーラーが担当する仲間を決めてしまう方法で、それなりに支持者のいるやり方だ。
例えば「リルフィーの回復はネリウム、俺の回復はリシアさん、秋桜はハチ……」などと決めてしまう。これならヒーラー役は自分の担当だけ注意すればいいから、作業としては楽だ。
だが、お見合いというか……担当外を見殺しにする事故が起きやすい。
べつに忙しくもなくて、MPにも余力があるのに……担当の奴が回復するだろうと思って、見殺しにしてしまう。
結局は連携ミスだとか、ヒューマンエラーだとかが原因なわけだが……それで死ぬメンバーにとっては慰めにもならない。
「俺もそれには賛成です。それじゃ、リシアさんが総指揮で――」
「先行回復を八郎兵衛さん、そのサポートにハイセンツさん。リシア院長は全体回復を持っておられますから、減りが全体的になっても気にしないで。イメージ的には、多く減る人が出ないように。全体的に困らないように、私と院長で支えますから」
途中からネリウムが、引き受けてくれた。
やはり非常に助かる人だ。リルフィーが酷い極楽とんぼだろうと、ネリウムが欠点を補ってくれる。これもコンビの利点……いや実際のところ、もうリルフィーの奴はオマケ状態か?
「では、そのプランでいきましょう。それとは別に、全員が『回復薬』を惜しまないこと! オーバーヒールを避けるとか、逆に無駄な心配だからな? 常に全快が理想なぐらいだ」
やや過保護なまでの方針は、真剣な顔で肯き返された。
もはやゲームではない。多少の手間はや無駄を惜しむべきじゃないし、ほんの僅かでもリスクは負わない方がいい。
「……あれ? それじゃ……ネリーは監督だけ?」
リルフィーが口を挟んできたが……珍しく妥当な指摘だ。しかし――
「私の担当はフォローなのですが……どうも、多少は手が空くようですね。ここは一つ……コンバットメイジならぬ、コンバットヒーラーのスタイルをお見せしますか」
などと、剣呑なことを言い出す。
一瞬、釘を刺しておこうとも思ったが、止めて置く。
ネリウムの判断なら、そう間違ってないだろうし……どうやってその気になってる『ブラッディ』さんに意見を言うのか? 少なくとも、俺は御免だ。
「ふーん……それじゃ、わいらの――『魔法使い』の指揮は、メガネはんやな」
その提案は意外だった。てっきりジンは指揮を取りたがると思っていたし、半ばそのつもりだったのだが。
「よろしいので?」
「いやいや……パーティの半分はタケルの仲間か……友達なんやろ? わいが口を挟むより、メガネはんが仕切ったほうが……成功率が高いはずや」
カイが問い質すと、ジンは冷静な意見を返す。
やはり、油断ならない。自らのプライドや面子を無視できる奴は、その考えも読み辛く……それでいながら理詰めの部分で、完璧にしてくることが多い。つまりは強敵だ。
しかし、今日のところは味方であるから、心強く思っておくか。
「とにかく! 全員、死なないでくれ! 当たり前のことしか言えないが、それが最優先だ。変に粘って死ぬより、躊躇うことなく逃げよう。『翼の護符』を使うか悩んだら、必ず使う方を選んでくれ。仮に間違って使用しちまったって……また再集結して、再出発すりゃいいだけだ」
総括のつもりでいうと、全員から力強い肯きで返された。
これはいける。各自の強さといい、状況把握能力といい……なにも申し分が無い。
そして後は出発するだけ……なのだが、少し余計な手順を挟む羽目になった。
普段よりもずっと、狩場が暗かったのだ。
星と月の明かりがあるとはいえ、それしかない。平時なら他のパーティの光源もあるから、期待できるのだが……現状では当てにできそうもなかった。
「じゃ、全員で――とにかく持てる奴は全員で、松明を持つか。で、戦闘のたびに前方やら、側面やら――周りへ向かって投げるということで」
そう言いながら準備してきた松明を渡そうとしたら、女性陣が露骨に嫌そうな顔をした。
「あの……タケル様……その……他のプランは無いのですか? そのような松明を近くで使われたら、髪に臭いが付いてしまいますわ」
代表したつもりなのか、リリーがそんな難くせをつけてきた。
そんなことを言われても、光源は死活問題だ。
いや、べつに松明を多く用意せずとも、自分達の周りだけならランタンの一つか『ライト』の魔法で済む。問題なのは、その明かりの範囲外だ。
暗闇から、いきなり奇襲の可能性もある。
未知の危険領域を減らすには、何かで照らすしかなかった。つまり戦闘になるたびに松明を辺りへ投げるのは、決して無駄な戦術ではない。
「うーん……確か明かりに、反応せえへんよな? なら……タケル『くん』の意見に一票やな。やっぱり不意打ちは怖いで」
ジンのいうことは、変に思えるかもしれないが……全く正しい知識――いわばMMOの常識だ。
実はMMOのモンスターは、プレイヤーが光源を持っていても反応しない。
それは技術的な問題ではなく……モンスターに光源へ反応させると、とんでもない大惨事が起きるからだ。
文明社会を離れると解かるのだが、松明などの光源は異常に目立つ。
キロ単位で遠かろうと、はっきりと視認されてしまう。それにモンスターが反応すると、どうなるか?
なんと半径数キロ以内の、全てのモンスターから襲い掛かられる。
超リアル志向のMMOではそうなるから、間違いない。しかし、そんなリアル再現ばかりに拘っていると、逆にゲームの世界は奇妙な姿になってしまう。
夜に明かりつけるのすら細心の注意が必要となり、徐々に使われなくなり……終いには全プレイヤーが『暗視』系のスキルかアイテム常備で光源を持たないという、本末転倒なリアリティの無さとなる。
そんなわけでMMOのモンスターは光源のある無しで反応が変わらないから、問題はプレイヤーサイドの不便だけだ。
さらに、実はリリーの不満は、俺にとっていつか来た道でしかない。
「大丈夫だ。『RSS騎士団』印の松明は、無味無臭なんだぜ! な、アリサ?」
「あ、味ですか? 味は判りませんけど……臭わないのは保証します。わざわざタケルさん達が作ってくれたんです!」
ニコニコとアリサが請け負ってくれたが……これの開発には苦労の記憶しかない。
ほぼ同じクレームを、すでにアリサから言われていた。その時に「MMOでの臭い移りなんて、大したことはない」と切り捨てたら……完全にヘソを曲げてしまったのだ。
無味無臭の松明を開発するまで、必要なことしか口を利いてくれなかったから……髪への臭い移りは、女性にとって大問題なのだろう。
こんな風に、男の感覚と女性の感性のズレがあるのも面白く感じる……それで誰かがヘソを曲げるのでなければ。俺がその槍玉にならないのなら。
「……なんや、わざわざ作ったんかい」
「そうだ。すげえ苦労したんだからな!」
「ええ、まったく……」
カイは苦労を思い出したのか、天を仰ぐ。荒みそうな心を、夜空で癒しているに違いない。
「それでええんか、『RSS騎士団』は?」
「問題ない。夜のたびに女性陣からキレられるより、ずっと賢者の選択なはずだ」
胸を張る俺を、ジンは少し呆れてやがる。いや、違うのか?
「それはそうやな。あとでレシピを教えてくれんか? もちろん、タダとは言わんで」
……どこも男女の軋轢には悩まされているらしい。
「その話は後でな! それより……納得したのなら、出発するぞ!」
……やっと出発だ。




