捜索――5
街へ戻る第一小隊の奴らを見送りながら、その場に残された者へ謝罪をしておく。
「あー……悪かったよ。なんて言うかさ……少し、あいつら気が立っているんだ。実は仲間が……その――」
……しどろもどろになってしまった。
厳密に考えると、俺が謝るのも変な話だ。微妙だが仲裁に入ったともいえる。
しかし、その俺ですら、なんとなく納得いかないのだから……謝られる方は、なお更のようだった。
「いや……乱暴な話し方に、少しムッときた程度だし――」
「……うん。それに噂は聞いてるよ。その……残念だったね」
誰ともなしに、そんな慰めともつかない返事があった。
どうやら『ゴブリンの森』での騒ぎは、噂になっていたようだ。
まあ当たり前か。あれだけの人数が一触即発の危機にまでなれば、関わりのない奴らにだって影響はある。
それに俺達『RSS騎士団』に同情的な見方があるのも驚きだ。
べつにギルドの結束だの、仲間との友情だの……その類の口にするのも恥ずかしいことを、MMOプレイヤー達が重要視しているわけじゃない。
それでは、まるで少年漫画の主人公だ。
いくら三次元ではない――敢えて言うのなら、俺達はVR次元にいるのか? ――とはいえ、ちゃんと各自の本体は三次元上に実在している。漫画やアニメの登場人物とは違う。その辺の感覚は、ごく普通の現代日本人と同じだ。
しかし、軽視もされていない。
苦楽を共にするギルドメンバーとは、自然と連帯感も生まれる。それが友情へ発展するのは珍しくないし……現状では、仲間との助け合いは必須だ。
そんな背景があるから……仲間を失った――奪われた悲しみや怒りに、理解を示してくれたのだと思う。
さらに、だからこそ……俺のハンバルテウスへの対応は良くなかった。
ウマが合わなかろうと、奴は仲間だ。その仲間と上手くやっていけないのは、俺の方にも問題があるに決まっていた。
こんな他愛もない問題……団長や副団長、先生方なら、もっとスマートに解決したと思う。
『少佐殿』などと偉そうに呼ばれていても、結局のところ未熟な青二才だ。
そんな反省をしながら、カガチの頭を引っ張る。
「いい加減に離せよ!」
「いーやーだぁー!」
だが離れやしない。渾身の力でしがみ付いているし、遊んで貰えてる思ったのか上機嫌だ。
腹を立てても良いのだろうが、なんだか呆れてしまった。苦笑いも漏れる。
俺が青二才なように、カガチも結局は子供だ。
罪……は何かしら持っていそうだが、我がままで生意気なガキに過ぎない。その子供なカガチと、ハンバルテウスは何を揉めていたんだ?
「……さ? カガチちゃん? そろそろ離れよっか? タケルさん、ご用事があるし……困らせちゃうでしょ?」
見かねたのか、あやすようにアリサが諭す。
しかし、カガチは図々しくも聞こえない振りをした。
まあ、アリサのように優しく語りかけても駄目だ。俺だってガキンチョの時分、動物レベルの聞き分けしかなかった。
伝統に則った実力行使――遠慮のない凸ピンを開始する。
……いかん。新しい遊びと勘違いして、ムキになって耐えだしやがった。
「な、なんなんだよ、アリサ! このチンチクリンは!」
なぜか秋桜は、アリサに食って掛かった。
……文句を言う相手を、間違えてないだろうか?
いや、秋桜は意外にも子供が苦手なのかもしれない。十分にあり得る話だ。なんせ秋桜自身に、子供っぽいところが残っている。
「……そうなの……また増えたの……どうしてか……ちょっと目を離すと、なぜか増えるの……」
意味不明なことをいうアリサは、なぜか怖かった。特に目が怖い気がする。
だが、意味は通じているのかもしれなかった、俺以外には。
なぜなら秋桜には悪口になったらしく――
「どういう意味だよ! じゅ、順番とか関係ないんだからな! そ、それに! わ、私は興味ないし!」
などと言い返していたからだ。
身内ネタだろうか? 女の子同士の内緒話だとか、その手の……男が口を挟むと怒られる類の?
しかし、関係ないのなら……わざわざ否定しなくても、いいように思える。
そして「うひー」だとか「ぬはー」などと、奇声を上げながら悶えるのは止めて欲しい。もちろん、ネリウムにだ。
「はあ……これだけ図々しいのに、なんで会うたび、誰かに絡まれているんだ? おかしいだろ?」
凸ピンでの撃退は諦め、疑問だったことを訊ねる。
「あのね、カガチ、お母さんの言付けを守っているだけなの。『カガチのことを子供扱いする男の人にだけに、頼るようにしなさい』て!」
などと、奇妙な家訓めいた返答があった。どういう意味だ?
「なるほど! 私、いま感動しておりますわ! タケル様は……その……拘らないタイプ! そうだったのでございますね!」
カガチの発言の意味を考えようとした俺を、リリーが邪魔をしてきた。
リリーにしては珍しく……全く邪気の無い、あけっぴろげな笑顔だ。
「そうかしら? リリーちゃん……それは全く逆のような? タケルくんは拘っちゃうタイプだから……カガチちゃんに抱きつかれても平気なのじゃない?」
「い、院長様! わ、私は……その……うー……」
考え込みながらのリシアさんに否定され、リリーが唸りだす。
しかし、全く意味が解からない。何の話をしているんだ?
「大丈夫だよ、お姉ちゃん! お母さんが言ってた! 大人になったら大きくなるって! お姉ちゃんも大人になれば……あっ」
なぜか慰めの言葉を口にしたカガチは、途中で口を濁した。なんでだ?
「大丈夫よ、リリー! あんなのただの脂肪だから!」
「アリサお姉さま!」
そしてアリサが強引に話を纏め、わが意を得たりとばかりのリリーが、その手を取っていた。……もしかして?
「そう、そう……大きくたって、肩が凝るだけだぞ。だよね、リシ姉?」
「そ、それはそうだけど……」
秋桜の愚痴に、恥ずかしそうにリシアさんが同意する。何も言わなかったが、ネリウムも何度も深く肯いている。
……もしかして、胸の話をしているのか?
おお、神さま! ガキンチョに懐かれただけなのに、少し油断したら……女子会とかいうサバトのど真ん中にいました! 助けて下さい!
そして難しい顔で考え事をしているカイと目が合う。
どうやら先ほどのカガチの家訓を、ずっと読解しようとしていたらしい。
「『子供扱いしない男』って、どんな奴ですかね?」
さすがはカイだ。問いが解けない時には、命題を逆さにするとヒントになる。その基本とも言うべき思考法を、忠実に試してみたようだ。
子供扱いしないのだから、大人扱いをするのだろう。………………うん?
カガチは要するに子供だから、大人扱いするのは歪だ。
そのカガチに『自分のことを大人扱いしそうな男の人』と認定される。その意味するところは?
ハンバルテウスの奴……もしかして?
いや! 俺は邪推をしている!
理性と感情をうまくコントロールできてないから、変なことを考えるのだ。
それに精神的な場合をロリ、実践的な場合をペドと呼ぶらしい。奴がどんな趣味であろうと、妄想だけなら問題ない! そうに決まっている!
「待たせてしもうた! もう大丈夫や!」
「大丈夫なわけないだろうが!」
ちょうど戻ってきたジンの奴に、反射的に怒鳴り返してしまった。
……どう考えても、これは八つ当たりだ。




