捜索――4
何やら関わったら面倒臭そうな言い争いも聞こえてくるが、無関係を決め込めそうもなかった。
なぜなら騒ぎの中心になっている奴らは、揃いの装備で身を固めていて……まあ、ようするに身内で……つまりは我らが『RSS騎士団』の仲間だ。
紅一点ならぬ白一点がいるから、近寄らなくても部隊名も判別できる。第一小隊だ。
……やはり、あの白備えは見直させたほうが良いのか? 例の『死神の鎌』と合わさって……どんなに遠くからでも、確実に狙えそうだ。優先防衛対象の『僧侶』なのに!
「あー……ちょっと行ってくる」
「あ、あの……た、隊長? で、できれば穏便にといいますか……れ、冷静に?」
カイが妙な感じに宥めてきたのは、顔に出ていたからだろう。俺が不機嫌の極みというか……いい加減に我慢の限界が近いことが。
「逆らうようであれば……我々に敵意があると考えねばならんな」
……まるで脅しだ。
まあ、そんな物言いをしているのは、第一小隊の奴らの方だが。
そして、場の雰囲気は逆風というか、アウェーというかで……完全に孤立しちゃっているのだが、まるで気にしちゃいない。
ある意味で頼もしいというべきか、開いた口がふさがらないというべきか。
ざっと見た感じでは、どうやら聞き込みをしているようだ。手に持っている紙は、チャーリーの証言を基にした似顔絵か?
「だから……黙って顔を見せれば良いんだよ!」
隊長の――ハンバルテウスの言葉を補強するように、ルキフェルが怒鳴る。
まるでヤクザかチンピラだ。客観的に眺めて、初めて判った……俺達『RSS騎士団』の横暴さが。情報部のメンバーなら、もう少しスマートにやるだろうが……隠れている力関係は同じだろう。
まあMMOでは、武力を背景にしても反則にはならない。
だから非難するのはお門違いなのだが……現状でも同様かというと、疑問は覚える。もう少し協調だとか、助け合いを意識しても良いはずだ。もはやゲームではないのだから。
あまりの荒々しいやり方に、女の子なんかは泣き出す寸前になっていて……良く見れば知り合いで――カガチだ。不具合に巻き込まれていたのか。
なんだろう……厄介事のレベルが上がった気がする。
「あっ! お兄ちゃん! 助けて! お兄ちゃんのお友達が、カガチを虐めるんだよ!」
目敏く俺を認めたカガチは、そんな角の立つことを言い放つ。もちろん、素早く俺の腰に抱きつくようにして、隠れるのも忘れていない。
いや、確かに面倒臭くは感じたが……見てみぬ振りをするつもりはないから、必死にしがみ付かなくても平気だ。
「おや、参謀『殿』……どうかされましたかな?」
同じく俺に気付いたハンバルテウスが言うが……奴も不快感を隠しきれていない。
……なぜだ?
同じ気持ちを共感でき、意見も異ならず、そもそも仲間だというのに……どうして俺達二人は、お互いを厄介者にしか思えないのだろう?
「……何をしているのか問い質しておきたくてな、『少尉』?」
なるべく穏便に言ったつもりなのに、視界の隅でカイの顔付きが変わった。まずい、全く感情を隠せなかったらしい。
確かにフラストレーションは最高潮に高まっている。
いまの俺の望みは、ただ一つ。一刻も早く探索へ向かうことだ。正直、それ以外の全ては後回しにしたい。
なのにジンの茶番に付き合ったり、ハチの独断専行を裁定したり……もう何もかもに、足を引っ張られている感じがする。
そして止めと言わんばかりに、ハンバルテウスだ。
「何を、とは心外な……崇高な任務に従事しているだけだ!」
さすがに気分を害したか。
まあ、少し意地が悪かった。普段は使わない階級を呼び掛けて、奴を逆撫でしてしまっている。
俺は『少佐』で、奴はいまだに『少尉』。他愛もないことだが、奴には不満でならないらしい。
「そうなのか? 俺はまた……無駄に悪評をばら撒いているのかと思ったぜ」
「タケル……いや、タケル『少佐』か? 俺達はただ……アレックスを殺った奴を探しているだけだ。タケルが――『少佐』が気にするようなことはしてない」
ルキフェルも、ややふくれっ面で釈明をしてきた。
この態度の方が納得できる。俺の機嫌が悪いのかと邪推しての、わざわざ階級名を使った呼び掛けは苦笑いしか出ないが……なんとなく共感はできた。
「何とでも好きなように呼べばいい。前にそう言っただろ? だけどな――」
説明しようとして、思わず口篭ってしまった。
二人は――第一小隊の面々は、把握できているのだろうか?
この場は街の中じゃない。城壁を出てすぐの場所といっても、完全に街の外だ。つまりは、ようするに……攻撃を受ける可能性がある。
それに強権を持つ憲兵隊じゃあるまいし、あのようなに居丈高に振舞えば反感を買う。
結局、回りまわって最後には自分を――そして仲間をも、苦境へ追い込む可能性すらある。そんなことも理解できないのだろうか?
いや、いっそのこと……それを奴に、俺自身の手で判らせれば――
「タケルさん?」
リルフィーの声で引き戻された。やや驚いているし、不審そうでもある。
いつの間にやら、俺の左側やや後方に陣取っていた。さり気なく抜刀できる姿勢をとっていて……事情が解からなくとも、荒事になれば参加する。そんな意思表示だろうか。
ある意味で心強いが、非常に拙い。殺気がダダ漏れになっていた証拠だ。
俺の殺気なんぞ、付き合いの長いリルフィーにしか察知できないだろうが……これは少し、努めて冷静にならなくてはならない。どうやら頭が煮えてしまっている。
「犯人の捜索に関しては、情報部が一任されているはずだ。手が足りなくなったら、助力を頼む。だから、それまでは手を出さないでくれ。かき回されたくない」
「そのようなこと申されても参謀『殿』、我々は正当なる報復のために――」
こちらを嘲るような表情のハンバルテウスを遮る。
「あー……はっきり言わなかったのは、配慮だ。命令の形にした方が良かったか?」
「タケル! 俺達は……階級はそんな風に使わない約束だろ!」
反発するルキフェルにも、可哀想だがショックを与えておく。
「それは違うぜ? いままで露骨な命令をしてこなかったのは、ただの配慮の結果に過ぎない。よく考えろ。俺には、その権限が与えられている。不満があるのなら、俺にじゃなくて……団長か副団長に掛け合え」
なるべく平坦なトーンで言ったつもりだったが、かなり角が立ったらしい。狙い以上のショックを受けた表情を、ルキフェルはしていた。
「……この借りは必ず返すぞ」
「ああ、そうしてくれ。次の幹部会議の議題は、これにしよう。俺も理解して欲しいことが沢山ある。――それから、そこのお前! アンタの審査は俺がする。いつの間にか入団してただとか……絶対に認めないからな?」
ハンバルテウスに答えつつも……なぜか第一小隊と一緒の志願兵に――先ほどギルドホール前で出くわした奴らの一人に、釘を刺しておく。
こちらは苦虫を噛み潰したような顔だったが……その冷静に計算しているところが不信感を募らせる。志願兵の奴らは、思っていた以上に厄介事の種か?
「とにかく、ギルドホールで待機していてくれ。……解かり易く言い直さなくても良いよな?」
そう念を押しながらも、内心では失敗を噛み締めていた。
全体的に判断ミスが多いし、これでは後顧に憂いが残ってしまう。
俺を睨むハンバルテウスの表情から、そんなことを思った。




