捜索――1
不安のあまり、叫びだしたくなった。胸に何かがつかえ、視界が回りだしそうにも感じる。
こんなところで、何をのんびりしているんだ? 今すぐにでもカエデを探しに行け! 走り出すんだ!
そう命じてくる感情を、必死に理性で抑える。
駄目だ。そんな方法では、きっと上手くいかない。
予定通りに捜索を実施するべきだし……合理的で確実を期す方法でなくては、全てを網羅できないだろう。
複数の方向から、同時に行うのは重要だ。
魚をかけた網を引き絞るように、落ち着いて丁寧にやる。そうすれば行き違ってしまったり、取りこぼしてしまったりしない。焦りが一番の敵だ。
しかし、そう結論が出ていても……じりじりと身を焼くような焦燥感に苛まれた。
時間が経ち過ぎている。無駄にし過ぎたと言ってもいい。
どうして異常事態を認識と同時に、迎えに行かなかったんだ?
子供のような扱いをしたら、カエデがヘソを曲げる?
それのどこに問題がある! いまの方が大問題だ!
機嫌を直させるのには、苦労するかもしれないが……この不安に押し潰されそうになって身悶えしているより、ずっとマシに感じる。
思わずメニューウィンドウを――個別メッセージ用の名前リストを睨む。
一番上にはカエデの名前があった。それは誰よりも先に登録したからで……その文字は明るく表示されている。
……無事な証のはずだ。
名前の表示が明るいのは、現在ログイン状態なのを――この不具合に巻き込まれたことを意味する。
しかし、誰一人としてログアウトできなくなって以来、暗く変化しなくなった。唯一の例外は、切断の場合だけか?
つまり、安全までは担保されていない。
だが大丈夫なはずだ! それ以外、あり得ない!
……この各種メッセージが使用不能なのも苛々を募らせ、不安を煽る一因だ。
ログアウトできなかろうと、個別メッセージが通じるのなら……すぐ迎えにいける。それこそ、どこにいようとも!
こんな風に個別メッセージすらつながらず、気も狂わんばかりになるのは二回目だ。
あの時は間に合った。
しかし、もう一度……俺は遅れないで済むのか?
「大丈夫ですよ、タケルさん。カエデさんは――あの子は、運の強い人です」
見かねたのか、アリサが励ましてくれる。
すごく優しく、それでいて悲しそうに感じた。時々、アリサはこんな表情になる。
それでも無条件で信じられた。
アリサにだって、理屈や根拠は無いと思う。他の者から同じことを言われたら「無責任な慰めを!」と憤るところだが、そんな風にも感じなかった。
「おや、タケルさんは……もしかして……心配されてるのですか?」
呆れたように続けるのは、ネリウムだ。
その表情は「馬鹿馬鹿しい杞憂を」と言わんばかりで、いつもの揶揄する感じでもあるが……この人なりの慰めかもしれない。
ネリウムの隣にいるリルフィーも、何も言わずに軽く肯き返してくる。
……良い顔をしやがって。リルフィーの癖に!
お前はアレだ……「仲間ならKYしろ」とか窘められて――
「ナカマならKY……仲魔ならこんごともよろしくっすかぁ? さすがにモンスター扱いは酷いすよぉ!」
などと騒ぐのが、役回りだろうが!
しかし、何も応えなかったら……俺が本当に落ち込んでいた、焦っていたと思われてしまう。それでは痛恨の極み、一生の不覚だ。
かといって素直に奴を褒め称えるのも、癪でしかない。
ちょうど開いたままだったメニューウィンドウから、預かった『奇剣』を取り出して投げ渡す。
「ほれ。試作武器だ。暇なときにでも遊んで、軽くレポートな」
この手のアイテムはリルフィーの大好物だから、これで貸し借り無しというか……いらない気を遣わないで済むだろう。それにキメ顔でいられるのは、無性に腹が立つ。
案の定、すぐに満面の笑みで新しい玩具に夢中になった。
うん、こんな感じが――リルフィーはアホ面なのが、適切と言うものだ。
「……なんや心配事でっか? 大丈夫かいな……別の用事があるんなら、留守番でもええんでっせ? そうやないなら……そろそろ行きましょうや?」
煽るように話しかけてくるのはジンの野郎だが……不思議なことに、そんなには悪意を感じなかった。
「なに言ってんだ。俺達がお前らを待っていたんだろうが?」
そう罵り返しながら、軽くカイに目配せをしておく。
すぐに軽い肯きで応えられた。情報部への指示は済んだようだ。
「私の方はいつでも大丈夫よ、タケルくん。――というわけだから、ちょっと行ってくるわ。皆、あとはよろしくね」
そんな風にリシアさんも、ニコニコしながら報告をくれる。
「リシ姉の言う通りなんだぞ! タケルが私達を待たせていたんだからな!」
「――何か判断が必要になったら、私達が戻るまでお待ちなって……とにかく、揉め事は回避を念頭に! ああ、もちろん、降りかかる火の粉はお払いになっても――」
秋桜は意味不明な文句を言うが、その隣にいるリリーはギルドメンバーへの指示でパニック寸前だ。
……良いのか、それで?
「のうきn――二人とも忙しいのなら、今回は見送ったらどうかしら? タケルさんのお手伝いは、私だけで十分よ?」
「な、何をいうんだよ! い、言っとくけどな……も、もう剣は私の方が上手くなったんだからな! タ、タケルに手解きされていた頃とは――あの頃とは違うんだ!」
「ア、アリサお姉さま? わ、私は秋お姉さまをお止いたしましたし……そ、そのそのようなお怖いお顔で、お睨みにならなくとも……」
意外なことにアリサと秋桜、リリーの三人は仲が良い。
いつ頃からなのか、ちょっと記憶に無いのだが……こんな風に気取らない会話をする関係だ。おそらく、趣味だとか……なにか共通した話題があるんじゃないだろうか?
「はふぅ……きょ、今日は一日……とても楽しくなる予感がッ!」
「こら、ネリーちゃん! そんなこと言わないの! ――みんなも……喧嘩したら『めっ!』ですからね!」
早くも賑やかになり始めた女性陣の手綱を取るように、リシアさんが纏めてくれた。
この様子なら任せてしまって大丈夫だろう。
そんな風に考えていた俺を、ウリクセスとハンイセンツ、ハチの三人が微妙な顔つきで見返してくる。
顔に「関わりになりたくないです」と書いてあるが、この三人だって今回のパーティメンバーだ。……だいたい他人の振りなんて、卑怯だとは思わないのか?
しかし、そんな話を始めても――いつまでもここで騒いでいても、物事は一向に進みやしない。
「よし、それじゃ……全員、準備は良いな? 何も問題が無ければ、出発するぞ!」
号令をかけると各自が思いおもいに、バラバラな感じで返事が戻る。
なんとも締まらない感じだが、それで良い。何かで統一された集団でもないし……とにかくこれで、やっと捜索の開始なんだから。




