変わっていく世界――10
くだけた空気は良い方にも作用した。
話しやすくなった雰囲気のせいか、他のプレイヤー達からも提案や要請が申し立てられる。
対話なんて面倒ではあるものの……基本的には大歓迎だ。
なぜなら最悪の目は、強大な戦闘力を保持した者同士の――本当の殺し合いとなる。それだけは避けたいし、最初の選択肢とすることもない。
そんなことを考えながら、話し合いに付き合う。
結局、俺は根がお気楽なのかもしれない。
仮に現状が『デスゲーム』だとしても……それならそれで、なんとか対処していけば良いのだ。悲観する必要なんてない。
しばらくすると、全体的な話は終わった。
大したことは決まっていない。大枠で、なるべく争わない方針になっただけだ。誰一人として抜本的な解決策を思いつけない以上、仕方のないことだろう。
その後は細々とした、個別の話し合いとなった。
俺の場合、正式な停戦協定を望むギルドとの折衝だ。
正直、口約束に毛が生えた程度とは思うが、むこうは安心したいのだと思う。こちらも無意味に他所を脅かしたくないから、否やは無い。
ただ、役目として――作業としては退屈だ。
俺なんて『名目上の偉い人』に過ぎない。実際はカイがいれば、全ての手続きは滞りなく終わる。
かといって、席を外すわけにもいかない。
すぐにでも捜索へ出かけたいのを我慢して、適当に挨拶を返していく。
「よろしく」だの「困ったことがあったら助け合おう」だとか……口当たりの良い言葉を交わすだけだが。身代わりに人形を置いておいても、滞りなく進んだと思う。
……これ、本当に意味があるのか?
そんな不謹慎なことも考えながらも、隙間を縫って準備を進める。
「あー……グーカとリンクスのチームは、もう出発しちゃって。グーカはドワーフの村から、リンクスはエルフの村からね。ルートは――」
「隊長、大丈夫でさぁ。心得ておりやす」
「だね。でも……隊長の方は平気なの? 荒野経由で『岩山』の裏でしょ?」
グーカとリンクスからは心強い返事があった。
俺が心配などしなくても、この二人なら無事に捜索をしてくれる。
「ですね。隊長パーティの人数が――次はギルド『†暁†』のようです――足りないかと」
外交を仕切りながらのカイにも、心配される。いままで気付かなかったが……うちの奴らは過保護じゃないか?
「……『暁』ってさっきもいなかった? 系列ギルド? とりあえず人手だな。おい、ウリクセス! さっきも言ったが、狩り行くぞ! ちょっと手伝え!」
「いや、構わないけどよ……荒野なんだろ? もうすぐ夜――ゲーム世界は夜だぜ? ボスでも狙うのか?」
「あ、そうか! 荒野にボス出てる! タケルさん、急ぎましょうよ! 俺、ボス狩りたいです!」
なぜかリルフィーは大喜びしてやがる。
「よろしくな、ギルド『†暁†』さん。ちょっと立て込んじゃってすまない。これからよろしく。お互いに……平和裏に済まそう。――この状況で、荒野までいく奴はいねえだろうし……放置したままか? ちと面倒だな」
行列の先頭の奴と――ギルド『†暁†』の代表と挨拶をし、握手もする。
……こんな完全な片手間で、相手は満足できるのか?
我ながら疑問でしかない。それでも行列ができたのだから……『RSS騎士団』が与えていた脅威は大きかったようだ。
「……ですね。でも、この時間帯だと協定では『不落』になりますが?」
カイが何か書き取りながら、俺に注意を促してくる。
ボスと呼ばれるモンスターは、ほぼ出現パターンが決まっている。
それも、かなり正確に出現場所と時間を特定可能だ。
判っている奴は、ボスが出現する直前だけ現地で待機する。それで出現と同時に討伐という……まあ、誰でも思いつく方法で挑む。
しかし、情報が完全に出揃うと……独占が容易となる。
実力行使でのライバル排除すら厭わない大手と、個人や中小のギルドでは……喧嘩にすらならない。「大手と揉めるかもしれない」と思った向こうが、勝手に回避が普通ですらある。
その後は、大手ギルド同士の奪い合いなどを経て……最終的には順番制にしたり、時間帯で棲み分けたりに落ち着く。
……マルクの指摘した『大手同士の馴れ合い』も、根も葉もない言い掛かりじゃない。俺達側からだと、争いに倦んだ結果だが……一般人からすれば、談合にしか見えないだろう。
カイの注意の内訳は、『不落』に権利があるという意味になる。
「んあ? そうなの? ――おい、秋桜! 聞いた通りだ。荒野のボスを食っちまうけど、良いよな?」
いま『不落』は、ボス討伐をする気はないと思う。それでも停戦を表明している以上、無駄な軋轢は避けるべきだ。一応は断りを入れておいたほうが良い。
そんな考えで声を掛けたのだが、なぜか秋桜は「うー、うー」と唸りだす。
……前から思っていたが、その困ると唸る癖は直した方が良いぞ?
「何か気になるんなら、お前も手伝えよ。希少レアがでたら、一番に買い取る権利をやるし。それで良いだろ?」
「……タケルさん? べつに脳きn――『不落』さんに、ヘルプをお願いしなくても……」
意外なことに、なぜかアリサから不満の声が上がる。
「なに言ってんだ? 秋桜はあれで……かなり剣の腕は立つんだぜ?」
「で、でも……そ、そんなに良いアイデアとは――」
「いく! いくからな! タ、タケルがズルしないよう、私が直々に見張りに行く! こ、これは……し、仕方ないから!」
なぜか秋桜は、叫ぶように参加を承諾した。
理由は判らないが、とにかく釣れた。ウリクセスと秋桜が加われば、前衛はかなり強化できる。それに――
「お、お姉さま! お一人でなんてっ! お止めになってください! どうしてもお行きになられるのでしたら……私もお供いたします」
「うーん……秋ちゃんとリリーちゃんが行くのなら、私もご一緒させてもらおうかしら?」
などと、リリーとリシアさんも話に混ざってきた。風向きは悪くない。
さらに、なぜかジンの野郎も口ばしを突っ込んでくる。
「タケル『君』! 水臭いやないか! 『岩山』へ調査なら、わいも手伝うで!」
……単なる便乗か?
ギルドの規模が大きければ、不明者もそれなりに出ているはずだ。俺達の捜索に参加すれば、自前で準備しなくても済む。
しかし、便乗を考える奴は他にもいた。亜梨子だ。
「あ、あの! こ、この非常事態に、色々なギルドが協力とか……すごく良いことだと思うの! そ、それで……しゅ、取材として同行を……いえ、他意は無いのよ? ジャ、ジャーナリストとしてだから!」
「お前が同行とか……俺達を殺す気か!」
思わず本心を叫んでしまう。
いかん、もう少しオブラートに包んで言うべきだった。しかし――
「タケル君の言う通りだよ? 亜梨子君は街で広報活動をしてようね? ボス戦でうっかりしちゃったら……どんな被害が起きることか……」
「ぎ、ギルマス? な、なんで羽交い絞めにするんですか? は、離してください! 私はタケルさんに同行して――」
ギルド仲間に諭されながら、いずこかへと連行されていく。
それに俺だけが、酷い見解だった訳じゃない。その証拠に――
「私がタケルを守ってやるから、安心して待ってれば良いよ!」
「というか……タケルさんのお手伝いは、私一人で十分ですから……貴女も街で待機なさってたら?」
「ア、アリサお姉さま? そ、そんな……お怖いお顔になられなくとも……」
「あら、あら……秋ちゃんとアリサちゃんは、仲良しさんだったのね」
なんて感想も聞こえたから、間違いないはずだ!
……異論は認める。
そんな風に雑事を片付けつつ準備を進めていると、ガイアさんとタミィラスさんまで挨拶にやってきてくれた。
今回のことがなくとも、ガイアさん達と――ギルド『組合』とは停戦協定を結んでいるも同然だ。少なくとも俺の方では、そう考えていた。
それなのに出向いて貰うだとか……呼び付けたみたいで気が引ける。
「すいません、お手数をお掛けして――」
「ご飯食べながら、タケルちゃんの話は聞いてたわ。こんな非常事態だし、皆で仲良く揉めないのが一番よね。遅ればせながら、私達も停戦協定を――」
「いえ、いえ! こんなの形式ですから! べつに取り決めとか無くても、ガイアさん達と事を構える気は――」
そう言いながら様子を伺う。
タミィラスさんは例によって、ハイセンツをからかって遊んでいる。奴もいい加減に慣れればいいものを。
しかし、お二人だけなのだろうか?
「……どうしたの?」
「いえ、カエデはどうしたのかなっと。そちらのお世話になってますよね?」
すぐに迎えに行かなかったから、ふて腐れているのだろうか?
「……カエデちゃん? カエデちゃんは……見掛けてないわよ?」
嫌な予感がした。
「えっ? そ、それはどういう――」
「こうなってから――ログアウトできなくなってから、一度もカエデちゃんとは会ってないわよ?」
ガイアさんの言葉は、すぐには理解できなかった。
それに……現状が『デスゲーム』のはずがない。それだけは……それだけは駄目だ。




