変わっていく世界――9
「だからってギルドホールを開放しろだとか、一般向けの宿泊設備を作れとか……その類のことを言われても困るぜ?」
しかし、最終的には、そこらで手を打つしかないだろう。
……いや、『ギルドホールの権利書』はヤマモトさん預かりだから、幹部会議を通さないと無理か?
逆算していくと……ハンバルテウスとの衝突は不可避だ。
あまり『RSS騎士団』の歓迎できない用件で、幹部会議の承認を得つつ、ハンバルテウスも押さえ込む。……無理な気がしてきた。
「例の……主義主張か? 確かに一理はある。共感もできるが……いまは棚上げしといてくれよ?」
「うーん……正当な要求かもしれへんけど……マルクはんの言うようには、簡単にはいかへんで?」
なぜかジンの野郎が介入してきた。なんでだ?
「まず、大前提としてやな……『RSS』内部での扱いは知らんけど……要するに私物なんや。わいの持っとる『杖』や、あんさんの持っている『剣』なんかと同じやな」
「それは、そうだろうけど……いまは非常事態だし、その……全員の利益を図るというか――」
「まあ、仮にタケルが――タケルのところがギルドホールの無償譲渡――か、無償貸与に応じたとしようや。それは、つまり……誰かの私物を巻き上げる前例を、認める結果になるんやで?」
さすがに……この手の屁理屈を言わせたら、誰も勝てそうにない。
だが、奴が俺の肩を持つなど……絶対に裏がある。心強いというより、不信感の方が大きい。何が狙いだ?
「そんなことはしない! 無償でなんて、絶対にだ! どうにかして、なんらかの代償を――」
「まあ、首尾よく譲渡してもらえたとしようや? その後はどうするん?」
「当然、何かしらの建物を……可能な限り大きい休憩設備を建てる!」
「そら、ご立派やけど……お足はどうするん? 言うとくけど、上物もタダやないんやで?」
「そ、そんなのは……実際に設備を使う奴で頭割りすれば――」
「まあ、利益者負担が妥当でっしやろな。しかし、そうなると……一部の金持ち優遇になりますわ。けっこうお金が掛かりますからな」
詳しくないマルクは騙されているが、そこまで高価ではなかったはずだ。
やはりジンには何ら目的がある。ここで何かを操作――誰かを騙したいようだが……俺はどうするべきか?
狙いが俺じゃないのなら、便乗して放置が正解だろう。逆なら阻止するべきだ。
そんなことを思いながら、さり気なく後ろを振り返る。
ハチが人の悪そうな顔でニヤニヤ笑っていた。
しかし、俺の視線に気付くと軽い肯きで返してくる。どうやら放置でオッケーらしい。何が起きているのか判らないが、ハチが把握しているのなら大丈夫だろう。
……俺はジンが苦手で、ジンはハチが苦手。そのハチは俺が苦手というか……なぜか指揮下で大人しくしている。この三すくみというか、じゃんけんはいつまで続くのだろう?
「全てが解決したときも、宿泊設備なんて無駄ですわ。最後に所有するお人は……ババを掴まされたようなもんでっせ? ……どのみち、一日二日では決められんことばかりですし、ここは落ち着いて計画を考えたほうがよろしいわ」
なんとなく、俺にも事情が読めてきた。
それらしいことを言っているが、いまから何日も計画立案に時間を掛けたら……全ての物事は、解決しているんじゃないだろうか?
なぜかは解からないが、ジンは先送りにしたいらしい。
いつまで経っても建設されない『自由の翼』のギルドホールも、それを裏付けてくれる。……細かくは後で、ハチにでも解説させるか。いまは素知らぬ顔で、ジンに相乗りしておくのが正解だろう。
「っていうか! 難しい話とかどうでも良いし! わたしたちわぁ、シャワーだけでも浴びたいんですけどぉ!」
などと、全てを引っくり返さんばかりの意見が出てきた。
誰からと見てみれば――
なんだかとっても……けしからん感じの子だった!
こんな近くで会うのは初めてだったが……確か戦争で『不落』『聖喪』同盟と真っ向勝負をしていた女性達か? あの時と同じく一様に日焼けをして、独特なメイクで……ゼロゼロ年代に流行ったというレトロファッションの『山姥』ルックだ。
……世の中には『はすっぱ萌え』というジャンルがある。ちょい悪な女の子から、ガチな――いわゆるビッチまで、要するに不良系な女の子を好むことだ。
俺に属性は無いので、いままで興味が湧かなかったが……ある種の説得力がある。大賛成とは言い難いが、一概に無しとも言えない。
それに、とにかくけしからん!
なんと言えばいいのか……たゆんたゆんにけしからんのだ!
そのけしからんさのせいでもないが、ポロっと余計なことまで言ってしまった。
「いや、べつに……シャワーとか浴びなくても良いんじゃないか?」
気が抜けていたのだと思う。
だが、その一言でもの凄いざわめきが起きた。それは殆どが女性陣からだ。
「さ、さすが『トゥハンド』……タケルちゃんのこと、侮っていた……」
「でも、シャワーぐらいは、浴びさせてもらいたい……かな……」
なんて囁きまでついている。アリサに至っては――
「タ、タケルさんが……そ、そういう趣味でしたら……わ、私はが、我慢を……」
などと、意味不明なことを口走る始末だ。
……俺はそんなにとんでもない事を言ったか?
何度か言ったように、この世界では俺達の身体は――アバターは汚れたりしない。仮に何か汚れ的な物が付着しても、布か何かで拭き取るだけで済む。俺は何一つとして、間違っちゃいない!
「ないわー。マジ、タケルちゃん、それはないわー。さすがにドン引き? ちょっとタケルちゃん、女の扱いなってないんじゃない?」
『山姥』のリーダーからは、貶される始末だ。全く意味がわからない!
「そ、そうやな? いまのはタケルが悪いわ?」
便乗しようとしたジンも、自信がないようだし――
「拙者……タケル氏のどこが悪いのか、とんと見当がつかんでござる、にんにん」
「うーん? いまの……タケルさんの方が正解――痛い、痛いよネリー」
「リーくんは黙ってなさい!」
なんて会話も聞こえるから、俺だけが悪いわけではない……と思う。




