変わっていく世界――8
いや、もはや『デスゲーム』だ。
それが事実なのかはともかく、前提はその方が良い。ならば最初は話し合いを――少なくとも対話のチャンネルを維持が、正しいはずだ。
「言いたいことは解からないでもない。しかし、それを俺達に言われても……無責任に聞こえるかもしれないが、解放後は口を挟むつもりはないぜ? 逆に介入されても嫌だろ? あとは『モホーク』と――ここにいるモヒカンと話し合ってくれよ」
「……タケルは――『RSS』は、それで良いのか?」
モヒカンが先に質しにきた。何か不服なのか?
「良いも何も……それ以外の納得できる方法は無いだろ? 俺達はあれだ……もう無関係なんだよ。というか、それを希望する。何も権利を主張しないから、あとはお前らで決めてくれ」
「……タケルがそう言うのなら、従う。判った。後は俺らで解決しよう」
モヒカンと真面目に話す――端々に「ヒャッハー」を挟まないで会話をしたのは初めてだが、なんだか回りくどい奴だ。
……まあ、これで警戒に値する切れ者ではある。賢い分だけ話の長いタイプかもしれない。
「なんなんだよ、それは! 結局、俺が言った通りで……『RSS』と『モホーク』は裏でつながっている――それが言い過ぎでも、裏取引ぐらいは日常茶飯事だったんじゃないか!」
たらい回しにされた形のマリクが、不満をぶつけてきたが――
「それは違う。それは違うでぇ……。タケルのとことは、裏取引をできそうで……できないんや。ちゅうか、お勧めもできへん。そないなことしたら……ケツの毛まで毟り取られて――」
なぜかジンの野郎が応じた。なんでだ?
そのまま空を見上げ、話の途中で黙ってしまうし。夕焼けでも気になったのか?
しかし、モヒカンは会話を続けた。
ほとんど気にする風でもない。……意外と大人物だ。普段はカルシウムの足りなさそうな声を出してやがるのに。
「あー……納得できないかもしれないが、俺達の占有した宿屋を開放したり――その手の要求に応じられない。できて部分的な放棄か……何か他の代償で払うかだな」
「な、なんでだよ! そりゃ、早い者勝ちの側面もあるだろうが――」
「まあ、まあ……文句を言うのは、モヒカンさんの主張を聞いてからにしましょ?」
再び喧嘩になりそうだったところを、リシアさんが収めてくれる。
大人が――それも大人の女性がいてくれて助かった。その助けがある内なら、無軌道な言い争いは回避できるだろう。
「そうだぞ! リシ姉の言う通りだ! 男どもはすぐ喧嘩を始める! 乱暴だ!」
「まったくですわ……殿方は野蛮で……」
すかさず秋桜とリリーが、リシアさんを褒め称えるが……お前らに――『狂犬』のリーダーに言われてもなぁ……。
だが、そんなことは意にも介さず、モヒカンが言葉を続けた。こいつ……本気で我が道をいくタイプか。
「正直に言う。俺達は怖いんだ。現状が怖くてたまらない」
「はあ? そんなのは誰もが……誰だって怖い! 街で野宿するのを、俺達が楽しんでいるとでも思っているのか?」
「それはすまないと思っている。本当だ。俺達だって、最初は同じだったんだからな。でも、それだけじゃないんだ。俺達は――『モホーク』はやり過ぎた。下手をすると『RSS』より……いや下手をしないでも、一線を超えちまってる」
……モヒカンの告白は、俺にしか――俺達『RSS騎士団』にしか理解できなかったと思う。その証拠に、マリクの顔には「理解不能」と書いてあった。
「なるほど……そういうことやったんか」
ジンは理解が追いついているらしい。さすがに油断できない野郎だ。
「……どのくらいやらかしてんだ?」
「そうだな、この好機に……『相打ちで構わない』と考えている奴がいても……全くおかしく思えないな。リスクや代償が少なかったら、迷わず殺りにくる。そんな奴まで考えたら……数え切れないぐらいだ」
「それはまた……どれだけなんだよ。うちは少なくとも、何かあれば……容疑者リストぐらいは作れるぜ?」
モヒカンが警戒しているのは――『モホーク』が怯えているのは、報復だ。
ゲーム上とはいえ敵対関係になったり、実力行使の対象にしたりすれば……その相手からは恨みを買うこともある。
特に相手を『引退に追い込む』までやると、その恨みの深さは計り知れない。
『引退に追い込む』とでもなれば……相手がゲームのタイトル名を聞いただけで、気分が悪くなるまで……トラウマを作るかPTSD――心的外傷後ストレス障害――を引き起こすぐらいまでやる。
引退まで追い込んでいれば、報復を警戒する必要はなかった。
相手が、この世界からいなくなるからだ。いない人間には害されやしない。……だからこそ『可能なら敵対者は引退へ追い込む』が、セオリーになってしまうのだが。
しかし、絶体絶命となる前に、和解を申し出てくる奴もいる。
『RSS騎士団』だって、相手の引退以外は認めない訳じゃない。完全降伏ともなれば……何らかの制裁をし、アイテムや金貨の補償で手打ちとすることもある。
ただ、その表面的には収まった話も、裏までは――相手の腹の中までは判らない。
騒動後にヘラヘラと挨拶してくる奴だって、心の中は憎しみで煮えくり返っている可能性はある。いや、僅かでもそうでない方が、おかしいぐらいだろう。
そんな奴が、機会に遭遇してしまったら?
……現状を、すでにチャンスと捉えている可能性すらある。
敵を一度のPKで排除できるなら、こちらもワンチャンスで始末されるということだ。
「うちは無計画と言うか……無差別と言うか……タケルのところみたいに、選択的じゃなかったんだよ。PKしたけど、名前すらうろ憶え。その程度なら心当たりが多過ぎて」
引きつった顔になりながら、モヒカンは自嘲する。
ようするに『モホーク』は、もっと奔放にやっていた。そういうことなんだろう。
誰かに攻撃されるかもしれないと、確実に敵がいるでは……危険は段違いだ。しかも、その前提で野宿。どちらも嫌だが……後者の立場は全力で遠慮したい。
「そ、そんなの……自業自得……だろうが」
責め立てるマルクも、やや精彩を欠いた。……本当は優しい奴なのか?
それでも指摘は正しかった。
実際、自業自得に他ならない。
『モホーク』の奴らも……俺達『RSS騎士団』もだ。いわば進んで『悪』のロールプレイをしたのであって、結果として人々に恨まれる。それは当然だろう。
ただ、俺達はいわば『必要悪』だ。
……誰だってリア充に対する憎しみはある。俺達はその代弁者だ。なんら恥じることはない。さらに言うのなら、恨まれる覚悟もしている。
対するに『モホーク』は、享楽的過ぎた。
『悪』のロールプレイヤーを――『悪役』を進んで演じている感はあったと思う。
しかし、そんなものは……実際に嫌がらせをされる一般人にとって、なんの説得力も持たない戯言だ。その根底にある思想を、全く理解できない者も少なくないだろう。
「も、『モホーク』のことは……あとで何か考えるとして……宿屋以外でも、『RSS』に言いたいことはあるんだ!」
「……何だよ?」
しぶしぶ聞く体を装いながら、内心では面白くなっていた。
相手のことを案じて――『モホーク』の立場を考慮しちゃうとか、少し温すぎる。
しかし、敵ではなく……共同歩調をとる相手としては、及第点ではなかろうか?
それに静かに斬りかかってくる敵より、不満を言いに来る誰かの方が楽ではある。
「ギルドホールのことだ! 『RSS』はギルドホールを三つも所有しているんだぞ! いま使っているギルドホールを開放しろとまでは言わない。でも、残り二つは……使ってすらいないじゃないか!」
……なるほど。やっぱり、話し合いは失敗だったか。




