変わっていく世界――7
『食料品店』前のあちこちで、軽いざわめきや溜息が――日常が戻ってきた証がする。
……恐ろしい体験だった。
先ほど現れたエビタクは、間違いなく高位のエビタクロード。それも真祖クラスの大物だろう。いや、神祖と呼ぶべきか?
我々が知らぬ間にエビタク類は、奴らだけのコミュニティを築いていたのだ!
いまや旧『聖喪女修道院』聖域は正しく異界……エビタクが夜な夜な跋扈する、危険な領域へと変貌を――
……まだ自分が自分で、おかしく感じる。
あいつはエビタク類の代表者で、奴らは引き篭もるらしい。……それなりに合理的な判断か?
前々から、なんだってエビタクのアバターに固執するのか不思議で仕方がなかったが……この様な事態になってしまった以上、なんとか折り合いをつけるしかない。お互いにだ。
引き篭もるというなら、協力するのが筋だろう。俺達の利益にもなる。
問題の場所は紐か何かで、ぐるりと囲んでしまえばいい。ついでに注意書きの張り紙もサービスだ。
とにかく、仕切り直しをしよう。
「あー……何の話をしてたんだっけ?」
……とても締まらない。
「何の話だか判らなかったけど、タケルは偉そうだったぞ! もっと皆と仲良くするべきなんだ、タケルは!」
秋桜が絡んでくる。
まさか『狂犬』の通り名すら持つ――もちろん、献上したのは俺だ――暴君に、その様なことを言われるとは思わなかった。
……誰も信じてくれないのだが、秋桜はもの凄く凶暴だ。
なんせ目と目が合っただけで、顔を真っ赤にして殴りかかってくることがある! さすがの俺も、全く理解不能だ! これが横暴でなければ、何を以って理不尽というのか?
しかも左手には食べかけの握り飯を持ったまま、右手を握り箸で振り回すのは……だいぶ行儀が悪い。
まだエビタク襲来のダメージが抜けてないのだろう。おそらく秋桜は、自分が何を持っているのかも忘れている。
「お、お姉さま! はしたないですよ!」
そう注意するリリーは……ミスマッチなことに、割烹着姿だ。
芸術品レベルの美少女エルフが、古典的な割烹着を着ておさんどん。……リリーは少し、自分のセルフイメージを大事にした方が良い。なんというか……夢が壊れる。
例によって手近におひつがあり、手にはしゃもじを持っていたから……この場で握り飯を作っていたのだろう。
『食料品』関係の選択も、性格が出て面白い。
リシアさんのように、完全なデザイン食品――VRでしか存在できない物を制作する人もいれば、リリーの様に演出を重視する向きもある。
そういえばアリサの選ぶ料理は、いつも美味しいものばかりだ。
味重視の選択なのだろうが……よほどアンテナを張り巡らして、情報を仕入れているのだろう。なぜか横文字料理が多いものの、毎回の食事が楽しみで仕方ない。
「だぁっ! ちゃちゃを入れんな! 俺だって――うちのギルドだって、停戦を表明しているんだ! どこかと喧嘩するつもりはねぇ! 『水曜同盟』が正式な停戦協定を結びたいのなら、応じるし……それ以外のギルドが相手でもだ! それで良いだろ?」
やや気勢を殺がれたが、当初の話し相手だったマルクに持ちかける。
それを聞いた周囲から――『食料品店』前を遠巻きにしていた奴らから、声が漏れた。
「停戦の話はマジだったのか」だとか「うちも協定を結んでもらいたいな」などと聞こえたから……言っちゃ悪いが中小、零細ギルドの面々だろう。意外とこの場での話し合いは、注目の的だ。
「場合によっては……うちが持っている情報を、いくつか公開しても良い。現状、ゲームを確実に生き残る為の知識は、重要だろうからな。大譲歩も良いところの、サービスなんだぜ?」
「……うん? お前らの『手引書』を公開するってことか?」
なぜかギルド『ヴァルハラ』のウリクセスから、ツッコまれる。
どうして『手引書』のことを知っているんだ? リルフィーあたりから、存在を聞いていたのか?
「希望があれば検討する」
そう答えると……俺達に好意的な雰囲気へ、傾き始めた気がした。
「……色々と言い過ぎがあったのなら、まず謝罪する。それと停戦協定は正式にお願いしたい。まあ、後でか? しかし、俺が問題にしたいのは、本拠地の話なんだ」
マルクの奴も、かなり礼儀正しくなっている。
……お互いにエビタクから毒気を抜かれてしまった。そんなところだろうか?
「それが良く解からない。なんでうちと――『RSS騎士団』とお前らの――『水曜同盟』の縄張りが関係するんだ?」
「……まず、俺達が――お前らギルドホール持ち以外の全員が、直面している問題を説明しよう。俺達は全員、街のどこかを本拠地としている。でも、そこは絶対安全な場所とは言い難い。休養したり、眠る時なんかは……仲間同士で手分けして、警戒することになる」
周囲から同意の声が上がる。
俺も、そのような光景は見ていた。
「……確かに、それは大変だろうが……俺達に言われてもな。ギルドホールも……お前らが思っているほどは大きくない。正直、自分達を収容するのも大変なぐらいだぜ」
「いや、ギルドホールへ入れろだとか、それが不公平だとか……そこまで主張する気はない。だが、『RSS騎士団』! お前らは酷すぎる!」
さすがにムッとくる。だが、努めて冷静さを意識して聞き返した。
「何がだよ?」
「まず、宿屋だ! 宿屋の占拠! あれで俺達がどれだけ……普段ですら大迷惑だったのに、現状では許しがたいことだぞ!」
……そりゃそうだ。
「あー……『モホーク』の真似じゃないが……ゲームの時のこと――この異常事態になる前のことは、争点にしないぞ? おそらく日が暮れるまで話し合っても、平行線だろうからな。しかし、うちも反省して……宿屋の封鎖は止めているが?」
「確かにな! だが、その際に……大手同士で馴れ合って、宿屋を回しただろうが! それがどれだけ不愉快だったか、不公平を感じたか……そんなことも理解できないのか?」
「……何のことだ?」
韜晦などでなく、本当に言っていることが分からなかった。
しかし、意外な人物から答えがもたらされる。
「あー……タケル。そりゃ、うちのことだな。いま第二の街の宿屋は……俺達『モホーク』で使っているだろ? タケル達の言い方だと、封鎖か?」
モヒカンの奴だった。
「『RSS騎士団』が封鎖を止めようと、結局は『大手』が使うのなら……俺達にとっては同じことだ!」
そんな事情だったとは、露程も知らなかったが……マルクが憤っていたのも、少し理解できた。
しかし、そんな主張されても困るしかないし、まだ沢山ありそうなのが困りものだ。
……話し合いを選択したのは、間違いか?




