変わっていく世界――6
俺に介入できたのは、そこまでだった。
だが、後から現れたモノは、引き続き何かを……音?を立て続けている。
そして最悪なことに……解読しようと集中してしまった。しかし――
の、脳が……脳が痛い!
脳が理解を拒んでいるのか?
溶けていく。頭が溶けていくかのようだ。
……おかしいぞ?
脳に……脳自体に痛覚はないと聞く。
いや、全ての感覚は脳で判断する。それは痛覚もだから、痛くても変ではない?
違う! そうじゃない! そうじゃないんだ!
それはそうだけど、のうにつうてんはないはずなんだ。
だから……ぜったいぜつめいのききには、のうをひじょうしょくにするといい。だってつうてんが……いたくないんだからへいき。
なにもたべるものがなくなって、がししそうになったら……のうてんをかちわって、のうをたべればいいんだ。いたくないからへいき。
どこかとおくで、おんなのこがわらっている。
かんだかいわらいごえだった。きいてるだけで、かなしくなってきちゃいそうだ。
あれは……亜梨子ちゃん…………いや、亜梨子?
すぐ後ろに座っているカイくん――カイが呻いた。
「ギ、ギルド……い、『異界』だと? そ、存在したのか?」
ああ、そうだったか。さっきの音は、僕らの世界とは異なる――もの凄く遠くて異なるどこか、そこで奏でられたんだ。それなら、脳が溶かされても納得だね。
……うん?
…………ギルド? ギルド『異界』?
………………ということは――
こいつ、エビタクじゃねえか!
後で振り返ると、俺が惚けていたのは一瞬だったらしい。体感では輪廻を何回か繰り返せるぐらいの永劫に感じたが、事実関係から推理するとそうなる。
「あ、亜梨子君? し、しっかりしたまえ!」
ひきつけを起こした亜梨子を、ギルド『東西南北』のメンバーが介抱していた。
「過呼吸を起こそうとしてんだ! 無理やりにでも口を塞いでやれ!」
「えっ? で、でも……」
「早くしてやれ! この世界で窒息はしない!」
視界の隅で、行動に移ったのが見えた。これで亜梨子の方は一安心か? そして――
「とにかくお前は黙れ! 俺達全員が、おかしくなっちまうだろうが!」
なおも何か話し続けようとしたエビタクを、怒鳴りつける。
それを聞いて「おい、おい……冷静になれよ」とばかりに、エビタクはホールドアップをしてみせた。
恐ろしいほどの攻撃力を持ったエビタクだ。驚愕に値する。
こちらへ配慮しているようなのに、この有様だ。俺が今まで遭遇してきたエビタク類と比べても、文句なしに最上位の存在だろう。
これで加減されていると判断できるのは、頭からズタ袋のような物を被っていたからだ。
つまり、この惨状を、眼前のエビタクは声だけで引き起こした。
顔を隠しているのは、俺達を壊してしまわない配慮だろうし……直接に姿かたちを見たら、もっと酷い目に遭わされる。その証拠に他ならなかった。
そのズタ袋の上へ、視線の焦点を合わせる。カイの言った通りに、所属ギルド名に『異界』とあった。
……カイの奴はこんな時に、よく所属ギルドを調べる気になったものだ。
ギルド『異界』の名前は、都市伝説的に聞いたことがある。
いわく、どこそこの狩場で、形容しがたいナニかと出会った。そいつの所属ギルドは『異界』だ。ギルド『異界』のモノと出会ったら気をつけろ。
そんな噂だったはずだ。
……だが、待って欲しい。
システム的には『異界』という名のギルドだが……本当にそうだろうか?
こいつらがギルド?
俄かには信じ難い……というより、ナンセンスにすら思える。
それはシステムの誤認識に過ぎず、実際には……このゲームのどこかが、異世界と繋がってしまったのではないか?
前にも似たようなことを思ったことがある! あの時の直観は正しかった!
こいつらは深い闇か何か、決して人類には理解し得ない深い淵に棲んでいて……その異なる世界と、我々の世界が繋がってしまったのだ!
そう思わなければ、おかしいことだらけ……いや、そう考えれば説明の付くことの方が多い!
姿を見ただけで、声を聞いただけで精神に障るなんて……異常なことだ!
おそらく、こいつらの真の名が知れ渡っていないのだって……その言葉を認識してしまえば、もう戻れなくなるからに違いない。
いや、いま現在の意味不明な不具合だって……こいつらの超常能力が原因と考えたら――
「……我々は通達に来た。一方的になってしまうが、それは許して欲しい。我々ギルド『異界』一同は、旧『聖喪女修道院』聖域を本拠地として占有させてもらう」
脳が溶けていく感覚と戦いながら、必死にナニを言っているのか考える。
「どういうことだ?」
「事故を起こしたくない。我々は時折……街中でも攻撃を受けることがある。それは仕方がないことかもしれない。だが……いま現在、その様なことがあれば……双方にとって悲劇だ」
その理屈は解かる。
ほんの少し匙加減が違うだけで、こいつらを攻撃していた可能性はあった。
出会い頭だったり、偶然にも夜だったり、何か他の事で腹を立てていたり。そんな時、反射的に迎撃しても……それは勇敢さの現れだろう。
いや、趣旨が違うか?
奴が言うのは警告で……街中でプレイヤーを攻撃したら、通常は攻撃側だけが排除対象となる。
エビタク類は、あれで温厚な奴が多いと聞く。先制攻撃をするのは、常に俺達側で……『衛兵』に排除されるのも常に俺達?
そんな馬鹿な! 運営はエビタク側の味方をするというのか! そんなのは世界に対する造反だ!
……うん? 何か考え違いをしている?
しかし、考えている間にも、再び脳がとろけていく。
のうがとろけたらたいへんだ。ながれだしちゃう。そうなるまえに、はなをおさえるんだ。えきたいかしたのうは、はなのあなから――
「とにかく、警告はしたぞ! 我々も可能な限り、引き篭もるつもりだ」
そういいのこすと、エビタクはたちさってしまった。




