変わっていく世界――5
俺の発言は半分がブラフ、残りが真剣な怒りだ。
チャーリーを――ギルドメンバーを狩り立てられそうになったのに、ヘラヘラしていたら幹部失格ではある。だが、それを抜きにしても、腹立たしくてしょうがない。
「こ、困ったら力で抑え込めば良いと思っているのか! これこそ大手の傲慢だ!」
「……それの何が問題なんだ? 確かに俺達は力を持っている。頼ることも――ゴリ押しすることもあるぜ。だけど別に……不正をして強くなった訳じゃない。ましてや生まれつきの才能――ギフト頼みでもなく……皆と同じスタートラインから始めたんだ。不満ならお前達も、同じことをすれば良いじゃないか」
そう言い切りつつも、柄頭を握り締める。
最後まで日和らず、貫かねばならない。そのための心力が欲しかった。
『MMOの基本ルールは力』などと言ったが……それは嘘だ。
終わりも、目的も無く……力の理論だけが罷り通る、冷たい世界。その見解でも間違ってはいない。要素として否定できない面もある。
しかし、本当に力こそ正義、真の弱肉強食な世界であるのなら……交友関係なんて生まれない。
どんなに擦れっ枯らしを気取ろうとも、他人との関わりができてしまう。ソロに拘る変わり者だろうとだ。また、そうだからこそMMOは、人を魅了するのだろう。
結局、MMOの本質は――本道は人と関わることにある。
だが、いまはそんな甘い考えでいられなかった。
もう事態はゲームじゃない。『デスゲーム』の前提で動くべきだ。ならば、手加減は出来ない。俺にも背負っている人がいる。
「お前は――『RSS騎士団』は恥ずかしくないのか!」
……インスタントに大きくなった『水曜同盟』では、まだ理解できないか。
大手がどうのこうのと、奴は批判していたが……その大手だって、何の苦労もしないで大きくなった訳じゃない。
成長するまで、そして成長しきってからも、沢山の場数を踏んできていた。
こんな揉め事も、これが初めてという訳でもない。何度も潜り抜けてきている。俺と奴には、経験の差があり過ぎた。
「なんら恥じるところは無いな。付け加えるのであれば、卑劣でも結構。マナーや道義心が無価値とは言わんが、俺が一番重視しているのは仲間の安全だ。それ以外は全て二の次だな。……で、そろそろ、お前も質問に答えろよ」
「し、質問って、なんだよ……」
「おい、おい……ちゃんと話は聞いていてくれよ。俺が一番重視しているのは、仲間の安全と言っただろ。それをお前は――お前達は脅かしたんだよ。このまま不問で終わると思っているのか? そして力でケリをつけるのか? この二つだよ」
マルクは助けを求めるように、辺りを見回す。
まあ、面食らったのだろう。これは最後通告に近い。厳密には「お前は宣戦布告しているのか?」という質問だが……ノーと答えなければ抗争の始まりだ。
だが、この程度はマルクのいう『大手』同士にとって、挨拶代わりでしかない。
「言うとくけど……わいも『水曜同盟』はんには、思うところあるで? うちのギルドメンバーを勝手に抗争へ――一つ間違えたら戦争確実な場所へ引っ張り出したこと……きちんとした説明が欲しいんや」
泣き付かれる前に、ジンが釘をさす。
協力関係に無いという意思表示か? ……いや、意外と額面通りかもしれない。
とにかくデビュー戦にして、いきなりの大失策。『水曜同盟』は孤立無援での外交開始だ。
……少し追い込み過ぎたか?
「タケル君……その辺で勘弁してあげたら? ルーキーさんなんだし」
意外にもギルド『聖喪女修道院』院長のリシアさんが、仲裁に入ってくれる。
「そうだねぇ……問題のメンバーも、少し暴れていたらしいし」
チャーリーの過剰防衛を指摘するのは、ギルド『妖精郷』村長のクルーラホーンさんだ。
さすがに耳に痛かった。
追い詰められていたとはいえ、チャーリーが『ゴブリンの森』で無差別攻撃をしていたのは事実だ。強気一辺倒で押し通す訳にもいかない。
すわ味方の登場と、マルクは感謝の目でクルーラさんの方を見るが――
「うん? 問題があると思っただけで……もし抗争になったら、うちはタケル君のところへ加勢するよ? 君達には悪いけど」
ギルド『象牙の塔』ギルドマスター、ミルディンさんが笑顔で訂正する。
……やはり、凄い人だ。満面の笑顔での宣戦布告に等しい。人柄を良く知らない奴なら、相当にエグい性格と誤解するだろう。
「お前の言う大手の馴れ合いが、俺を諌めたぜ? まあ、いいや……質問を変えよう。これから話し合いをするのか? それとも戦争なのか?」
追い詰めきってしまう前に、助け舟をだしておく。
窮鼠と化されては、無益な血が流れる。俺だって戦争は真意ではない。
おそらく『水曜同盟』は、この場にいる最弱の勢力だ。
もう人数だとかレベル、装備なんかを調べたり、他との戦力比較をしないでも判る。
そのぐらい寄り合い所帯というものは、戦闘集団として当てにならない。下手したら最初の小競り合いで瓦解するだろう。何よりも、犠牲を払ってでも味方を守る決意が無い。
いや、敵対者を侮るのは危険だが……『RSS騎士団』の戦力と練度なら、一人の犠牲も出さずに圧倒の可能性すらある。
それでも抗争は避けたかった。
こんな弱気が知られたら大変で、誰にも言えないが……団員の誰一人として失いたくない。
それに優先順位は低いが、できれば相手だって殺したくなかった。実際に『決定的な結果』となるかもしれない。
戦いたくないからこその強気の交渉術で、それが功を奏した。
しかし、毎回は上手くいくとも思えない。いつか避けきれない時が、来るかもしれなかった。
いや、それまでには事態は解決されるはずか。
「戦争をしたい奴なんかいるか! 俺はお前らみたいな大手の廃人じゃないんだ!」
「話し合いを選択するのなら、礼儀正しくしろよ。それにお前らは――『水曜同盟』ってのは、もう立派な大手だぜ? 先輩としてアドバイスしてやろうか? 謂れの無い中傷誹謗をされるのは……わりと心が痛むんだぜ?」
俺の当て擦りに、失笑が漏れる。
これでキレてしまうようなら、マルクは警戒しないでもいい奴だが……なんとか自分を立て直すことに成功した。
……いま優勢だが、油断は禁物か。
「我々は本拠地に関することで、問題提起にきた。今までのように、大手だけの都合で物事を決めさせない。『水曜同盟』に参加したような小規模ギルドは、ある不満を抱いている。それは――」
立ち直ったマルクは、何やら演説を始めたが……途中で何者かの声に遮られた。
「ああ、間に合ったようだ。しかも、ちょうど話題にしているところか?」
別段、大きな声でもなく、失礼ともいえない程度。しかし、知っている者は、すぐに理解できた。
もの凄い精神力を費やし、大声で叫ぶ。
「皆、伏せろ! 地面を見るんだ! 耳も塞げ! 絶対に攻撃行動をとるな! 武器からは手を離せ! スペルキャスターは口を開くな! 魔法を暴発させちまうぞ!」




