変わっていく世界――4
「うわー……さすがにドン引きだわぁ……まじ引いた。俺、モヒカン『さん』だけは、そういうことしないと信じていた。もしかして、いつものキャラは……作ってたんですか?」
「タケル『君』、そないなこと言うもんやあらへん。芸人さんかてオフの時があるもんや。モヒカン『君』は『ヒャッハー芸人』やった。それだけのことや。まあ、わいらの夢は壊されたけどな」
俺の軽い煽りに、すかさずジンが被せてくる。
敵の敵は味方なんてことはなかった。そんなのは都市伝説に過ぎない。大方、『自由の翼』と『モホーク』の間にも、何かしらの遺恨があるのだろう。
しかし、予想に反してモヒカンは言い返してこなかった。
どうしちまったんだ? ……もしかして、大チャンスなのか?
ならば、ここは攻めの一手だろう。
「あ、すいません……俺が『うわぁ、野盗だぁ!』ってフリやますから、いつものアレやってもらえませんか?」
「こら、タケル『君』……プロの芸人さんに失礼やろ? いや、でもホンマ……いちど生で『ヒャッハー』のギャグ見せてもらえば、わいらも納得するんで……ちょっとやって貰えまへんか? 軽くでええですさかいに!」
驚くべきことに、これでもモヒカンは崩れなかった。……顔面の痙攣はかなり酷くなったが、なんとか踏みとどまってる。敵ながら大した奴だ。
「ふ、二人とも……じょ、冗談が上手いな?」
などと余裕のポーズを見せようと必死なのは、むしろマイナスだとは思うが。
「おい、聞いたか? 冗談だと思ったらしいぞ? 俺……ここまで皮肉が通じない奴は、初めてだぜ……。いや、もしかしてマゾなのか?」
「そうかもしれへん……タケル『君』の友達やし……変態マゾホモの可能性は高かったのや……おお、怖っ!」
短い共闘だった。
「誰が友達だ! それにホモじゃねえ! この似非関西人が!」
「『ホモ団』少佐のタケル以外、どこにおるねん! そんな呪われた性癖持ちが!」
「手前ら、さんざん煽っといて、今度は放置か! なんだって態々、お前らの顔を見に来たと思ってんだ! こっちも暇じゃねえんだよ!」
あっという間に、三つ巴の喧嘩へ発展だ。まあ、俺達らしくて良いのか。
しかし、怪我の功名と言うべきか、これで重苦しい空気が掃われた。
何となく沈黙し、お互いの様子を見ていた皆も、口を開き始める。
「モヒカン×タケルッ! そういうものあるのか!」
「……なんでそうなる?」
「あのモヒカン君の外見で、タケルに言われたい放題で意地悪されまくり……でも、最後には攻める……そういうことだと思う」
「おお、なるほど! その発想はなかった!」
いまの小競り合いを『聖喪』の姉さん方は評しだすし――
「腐界があふれたでござる……」
「……遅すぎたんだ」
先生方からは意味不明の喚き声が上がる。
意気消沈成されていたようだが、もう大丈夫なご様子だ。まあ、元気がなかったのは、俺も同じか。
とにかく、これはこれで悪くない。
何か起きるのなら、起こしてしまった方が把握しやすくなる。重苦しく睨み合いなんて、疲れるだけだ。
さらに助け舟でもないが、モヒカンに水を向ける。
「で、何の用だよ? わざわざ顔を見に来たのなら……話があんだろ?」
「タケルには……いや『RSS』には、筋を通すというか……詫びを入れておこうと思ってな。敵対的行動を取ることになったが、うちにも事情があった。そんなところだ。水に流せとは言わないが、対話のチャンネルは残しておきたい」
「なんや、うちへ詫びの言葉はないんか?」
混ぜっ返すようにジンが口を挟む。
「ちゃちゃを入れんなよ。俺は真面目に……『モホーク』代表として話してる。俺にだって、それなりに背負っている奴らは居るんだよ。あとゲームでのことは、取り沙汰しない――少なくとも俺らの方から争点にしないからな」
意外な展開だ。こうも正式に交渉してくるとは思わなかった。
「……意外と几帳面な奴だな。心配しなくても良いぜ。うちは――『RSS騎士団』は正式に、全勢力との停戦を表明している。そちらが仕掛けてこない限り、こちらも何もしない」
「まあ、わいらはそもそも……専守防衛、降りかかる火の粉は払うスタイルや。色々と流せんこともあるんやけど……非常時やしな。停戦なら応じたる」
俺に続いて、ジンも態度を明らかにした。まあ、戦争を望む者はいないだろうから、これが規定路線か。
「……すまない、感謝する。ギルドとしてはアレだが……俺個人には、貸しを作ったと考えてくれ。返せるような求めがあれば、努力したい。でも、タケルと話に来たのは、そうじゃなくて――」
しかし、モヒカンはそこまでしか言えなかった。大声の非難で遮られたからだ。
「茶番だ! お前ら大手はいつもそうだ! 口先ではなんだかんだと誤魔化しながら、裏ではそうやって繋がってやがる! お前らの揉め事なんぞ、結局は談合仲間の内紛なんだろうが!」
……誰かと思えば、『水曜同盟』代表のマルクだった。
憤懣やる方の無いといった表情だし、なぜか俺のことを強く睨んでいる。最初からなんとなく当たりが強いと感じていたが……こいつに恨まれているのだろうか?
俺を筆頭にメンバー全員が、どこで誰に恨みを買っていてもおかしくなかったし……心当たりは多過ぎて、とうてい思い出せない有様だ。
それに『大手は裏で繋がっている』というのも、謎ではある。
この場のギルドでいうと『RSS騎士団』、『自由の翼』、『不落の砦』などは大手と見做せる。おまけして『まったり連合』も、かろうじて大手としてもいい。
しかし、それらは全て独立独歩を貫いている。お互いが敵は言い過ぎであっても、少なくともライバル関係だ。
「お前が何を言っているのか理解できない」
努めて平静に言ったつもりだったが、やや威圧的な声音になってしまった。……俺も修行が足りない。
「はあっ? 俺ら一般人が何も知らないとでも思っているのか? お前ら大手でボスを回したり、レアアイテムを買占めしたり……やりたい放題だったろうが! 俺達『水曜同盟』は、お前ら大手の専横を認めない!」
なるほど。『水曜同盟』の本質が理解でき始めた。
中小や零細ギルドが集まって、自衛の為の戦力を確保する。さらにマルクのように、自分達の利益や権利を守ろうという趣旨だろう。まあ、及第点だ。
……俺達『RSS騎士団』に擦り寄ろうとした奴らよりは、ずっと好感が持てる。
「良いぜ? MMOの基本ルールに則るか。文句があるなら力でこい。お前らの方が人数は多いみたいだが……やり合えば、生き残るのは俺達の方が多いと思うぜ? それに……昨日の一件が、落着したとでも思っているのか?」
その場は再び静まり返った。




