変わっていく世界――3
「とにかく、全員に『翼の護符』所持を徹底。各パーティのリーダーは、出発前に確認すること。もちろん、ショートカット登録もだぞ!」
俺の指示にグーカとリンクスが黙って肯いた。
二人ともハンバーガーのような、サンドイッチのような具材を挟んだパンを口にしながらだ。行儀は悪いかもしれないが、もう十分に時間を無駄にしている。細かいことを気にしてる場合じゃなかった。
「隊長、人数分けですが――」
やはり食べながらのカイが、質問を投げかけてくる。
……確かベーグルだったか?
皆への指示で忙しいのを気遣って、アリサが俺の分も支度してくれた。小洒落た感じの食い物だが、美味そうだ。ゆっくり味わう時間があればいいのだが……。
「あー……とにかくフルパーティを基本に。戦力不十分になるくらいなら、捜索チームの数を減らそう。グーカとリンクスがリーダーの――この二つのパーティへ主力を集めるぞ。攻略チームはいつものように、シドウさんのところへ――第二小隊へ助力を仰げ。話は通してある」
攻略チームと解析チームの面々も肯き返してくる。
これではシドウさんに丸投げに近いが、大丈夫だろう。情報部とシドウさん達は、何かと協力することが多い。むしろ普段通りの慣れたやり方だ。
「タケルさん、私達は――」
「アリサのところは、手分けして砦の街と第二の街を再捜索してくれ。手の空いた者も回す。それから悪いけど……アリサは俺のパーティな。……外へ出るのが怖かったら、街で待っていてくれ」
しかし、首を横に振ることで応じられた。微かに微笑んでもいる。
べつにレディファーストだとか、荒事に女性をうんぬんとか……その手の気取った主義主張じゃない。
確かに最前線へアリサ達を――HT部隊を送り込むのは気が引ける。それで安全な街の再探索を割り振った。
そんな選択をしながらも、アリサを俺のパーティへ入れたら……俺がブレているようにも思えるだろう。
しかし、単純に方針を――『最大戦力で事に当たる』を守っただけだ。
一応、MMOではレベルや装備なども大事ではある。
ただ、それらで得られる強さには、すぐに限界が来てしまう。無駄ではないが、そこで彼我の差を開くのは難しい。
まず指折りで数えられるほどレアな武具でもなければ、熟練プレイヤーなら一級品を揃えられる。さらに超希少アイテムと一級品との差は、それほど無いのが通例だ。
……まあ、当たり前ではある。
世界に数個しかない必須アイテムなんて設定したら……そのゲームは数人、もしくは数グループしか楽しめない。
レベルの方も似たようなものだ。
世界最高峰を目指すのならともかく、一定のレベルを超えると大差は無くなる。これが言い過ぎだとしても……廃人の世界では一、二レベルの差など無きに等しい。五レベル違ってようやく差が判る程度か。
つまり、熟練プレイヤーは似たような一級品の装備で、一定以上の強さは持っているのが当たり前となる。
まだ開始直後――考えてみれば、正式サービス開始されたばかりだ――だから、そこまでの成熟はしてはいない。だが、詰められる部分を多く残しつつも、トップグループでは近い状況だ。
そんな似たような条件でも、強い弱いの違いは現れる。
ベタな表現になるが、やはりチームワークだ。
一足す一で、三にも四にもなる。そんな摩訶不思議なことはいわない。一足す一はどこまでいっても二でしかない。だが――
俺が個人の資質として持っているであろうマイナス分を、パーティの誰かが補ってくれれば……俺は一以上の戦力になる。
逆にマイナス分を増加させるようなパーティだったら、俺は一以下の戦力に……下手したら足を引っ張ることになるだろう。
それには仲間が俺の欠点や苦手を理解してくれてる方が良いし、俺の方でも助けられるのがベストだ。
つまり、よほどセオリーや基本が固まった後でもなければ、一朝一夕にはなんともならない。パーティとしての経験値が――見えないレベル上げが必須となる。
それで俺が、誰とそれをしていたかといえば……ペアではアリサとが一番多く、パーティではカエデとアリサ、リルフィー、ネリウムなんかとだ。
いま挙げたメンバーが一番信頼できる。それはレベルがどうのとか、装備がどうのとかを超えた部分でのことだ。
「でも、隊長……そうすると隊長のパーティが、人数足りなくなりますよ? やっぱりグーカかリンクスのチームから少しずつ回すか、待機部隊を減らすかしないと――」
「んあ? そうなるか? でもフルパーティは譲りたくないし、待機部隊も必要だろうな。ちょっと待っててくれ」
カイの指摘に肯いておいて、話し相手を変える。
「おい、ウリクセス! こんなところで何してんだ? こんなところで油を売っていても、経験点は入らないぞ!」
「お、おう! って、経験稼ぎって流れでも無いだろうよ。なんでもここへ来ればタケルとか――色々な大物が居るって聞いてな。ギルドメンバーに勧められて出張ってきた」
なるほど。ウリクセスがここに居る理由は理解できた。
しかし、となると……奴は俺に用があるのだろうか?
「まあ、そんなのはどうでも良いや。暇だったら狩場の捜索を手伝えよ」
「なんや、タケル『君』のところは、誰ぞいないんでっか? うちとこも何人かそういうのおるで……場所によっては情報を――」
ジンの野郎が絡んでくる。暇つぶしというか……この空気に耐え切れなかったのだろう。
「お前が俺達の席を確保してくれてなければ、今頃は狩場なんだよ! ありがとうな! なんなんだよ、この重苦しい空気は!」
「わ、わいに言われても……なんでかこうなっとんたんや。昨日と同じで、わいはここで仕事してただけやし。ほらタケル、昨日の『転移石』拾うといたで。これで機嫌なおしいや」
「てめえ、道連れにしやがったな! これで昨日の借りはチャラだからな!」
そう怒鳴りつけても、ジンの奴はヘラヘラと笑うばかりだ。
まあ、空気を読まずに自分のやりたいことを始めた俺も、割と大概かもしれない。
「そう熱くなるなよ。ここで何だ……会議?が行われているのは、けっこう噂になっているんだぜ?」
その発言は……大きなざわめきを引き起こした。
全員が戸惑っている。例えるのであれば……浦安にいるネズミの中の人が、一服している最中に出くわしてしまった感じ。
さらに全員が、同じ疑問を抱いてしまった。
仕方がないので、俺が代表して質問するしかない。
「……おい、なんで『ヒャッハー』を付けないんだよ」
「付ける訳ないだろ! 俺だって普通のトーンで話ぐらいするわ!」
あのモヒカンの甲高い声は、地声ではなかったらしい。




