『不落の砦』――2
「あら……やっとご連絡をくださったんですね。あまりレディを待たせるものではありませんよ?」
……これが第一声だ。
目の前のメッセージ用のモニターには美少女が映し出されている。その美少女は交渉相手に選んだ『不落の砦』サブギルドマスター、リリーだ。
リリーは万人が美少女と認める外見をしている。
幻想的な風貌といっても良いだろう。リリーは種族をエルフにしているが……例えるなら日本人形を依り代にした妖精だ。和風の憂鬱な美しさと、非人間的な神秘さが同居していて――狂おしい昏さすら感じる。
そのリリーが嬉しそうに――幼女のような無邪気な笑顔でだ! ――言うのを聞いて、俺は交渉相手の選択を間違えたかと思い始めた。
交渉に入るならば、まずは窓口を決めねばならなかった。
面識があるのは『不落』のギルドマスターとリリーだけだが、そのどちらを選ぶべきか。
ギルドマスターの方には、どうやら俺は苦手と思われているらしい。それはつけ込む隙になるが……交渉相手としては不適当でもあるのが問題だった。
何といえば良いのか微妙なんだが……まるで考えていることが読めない。異星人と話している気分になることすらある。
しかし、リリーの方は……俺が苦手だ。
話が出来る……どころか、間違いなく『不落』の参謀役で間違いない。すでに商売方面で小競り合いをしているが……いまのところ二戦全敗だ。俺が劣っているとは思わないが、決して侮れる相手ではない。
これ以上の混迷を避けるべく、リリーを選んだのだが……失敗だったか?
「なにが『やっと』だ! どういうつもりだ! 説明しろ!」
「それは……こちらの台詞ですわ。貴方が私にご連絡をくださったのですよ? 私……殿方とお話しするのは好きじゃありませんが……ギルドのお役目です。ここは我慢することにしましょう。それで……ご用件は?」
白々しくとぼけられたが……実に楽しそうな表情だ。
確かに、一連の出来事が偶発的なアクシデントの可能性はある。いや、単なる暇つぶしの嫌がらせ目的だって無くもない。それどころか、『不落』の名を騙った第三者の犯行の線だってあるだろう。
だが、リリーが待ち構えていた以上、全ては意図的な行動に違いない。
「腹の探りあいはよせ。それともアレは単なる宣戦布告か? お前らの相手をするほど暇じゃないが……やるなら受けて立つぞ?」
「なんて野蛮な……これだから男は嫌なんです。それに私達のようなか弱い乙女を捕まえて戦争だなんて……」
リリーはわざとらしく口元を抑え、泣き崩れるかのように身を捩るが……か弱い乙女はいきなり実力行使なんてしない。冗談にもならない言い草だ。
「うん、解った。それじゃあ、立会人は『院長』にお願いするか」
「立会人? ど、どうして院長様のお名前が――」
さすがに慌ててリリーは聞き返してくるが――
「そりゃ、最終交渉の場に立ち会ってもらうに決まっている。第三者の方が良いだろう? 記録的な大戦争の開始なんだし?」
という俺の答えで、しばし黙った。そして――
「……院長様のお手を煩わせる必要はございません。北の城門を出た辺りで、お姉さまと一緒にお待ちしてますわ」
渋々といった体で切り出してきた。
その様子は一本取られたというより、楽しい遊びをお開きにしなくてはならない子供のようだ。赤い唇を尖らせた表情は……その筋の人間には堪らないかもしれない。
最初から交渉に持ち込むのが規定路線だったのだろう。
だが、なぜかリリーは不機嫌そうな表情で黙り込んだままだ。
「……どうした? その提案には了解した。いまから北の城門へ向かうが……まだ何かあるのか?」
「貴方の方からご連絡してきたんじゃありませんか! お切りになるのをお待ちしているのです!」
なんだかよく解からないことを言い出してきた。そんなルールがあるんだろうか?
よく解からないが肩をすくめ、大人しく通信を終了させる。
消えかかるモニターには腹立ち紛れなのか、両目をぎゅっとつむって舌を出して見せつけるリリーが映った。侮蔑の意味なんだろうが……まあ……可愛いと評価する者はいるかもしれない。
「お聞きの通りです。奴らは何か……こちらから引き出したいようですね。これから本格的な交渉に入ります」
「うむ、了解だ。私も同行したほうが良いかね?」
団長の提案をしばし考える。
駄目だ。団長に同行してもらったら負けはもちろん、引き分けも許されない。相手の意図すら不明なのに、そんな不自由になる選択肢は良くないだろう。
それに団長を狙った罠の可能性もある。一度や二度のPKによる死亡は大局を左右しないが……大将を殺されるのは体面に関わる。
「いえ、まずは俺が行ってきましょう。団長は本隊の指揮をお願いします。カイ、代わりにこっちで準備を進めてくれ」
俺の言葉に団長とカイは肯き――
「隊長、一つしかありませんが……」
そう言いながらカイが『翼の護符』を渡してきた。
『翼の護符』は使用者を近くのリスタート地点までテレポートさせるアイテムだ。『帰還石』と同じ効果だが……『翼の護符』は戦闘中であっても使用可能な点で優れている。
しかし、普通は高価すぎて、気軽に使えるような代物じゃない。主な入手経路が『ゴブリン』からのレアドロップなのが、貴重品となる原因になっている。
死亡ペナルティが軽いうちは、素直に死んだ方が採算が良いくらいだ。
ただ、PKを仕掛けられたときは、死亡しないことを重視しなければならない。
「簡単にはPKできない相手だ」という評判が身を守るし、PK合戦では相手を殺すたびに、相手の死体をスクリーンショットなどで晒し者にするのは常道手段だ。
「交渉と偽って呼び出され、騙まし討ちでまんまとPKされるギルド幹部」なんて評判は避けたい。ましてや晒されでもしたら、今後に影響する。
いまの強さで戦闘に入った場合、『翼の護符』を使うまで生きていられるか微妙に思えたが……ありがたく受け取っておくことにした。
すぐにショートカットへ『翼の護符』を登録する。三つしか登録できない貴重な枠の一つだが、これは最重要だから仕方が無いだろう。
ショートカットとはゲーム的なスイッチを作るシステムだ。
この例でいえばショートカットを使用することで、『翼の護符』を頭上に放り投げるという起動アクションを省略できる。
メリットは単純明快だ。アイテムを取り出し空に投げるより、ボタンを押したりキーワードを叫ぶほうが圧倒的に素早くできる。
起動アクションは『ボタンを身体に設置』『キーワード登録』『ポーズで登録』とあるが『キーワード』が一番確実だ。なにより、戦闘中は両手が塞がっている場合が多い。
それにボタンを使うのがばれたら、両手を塞いでしまえばそいつはショートカットが使えないと判明してしまう。まあ、キーワードだって口を塞いでしまえば良いのだが、普通はそうなる前に使用できる。
キーワードも日常会話で絶対に使わない言葉を登録しておく。日常会話で暴発というのも、よくある笑えない話だ。俺の登録ワードは……恥ずかしいから内緒にしている。
準備も出来たし、交渉に赴こうとしたところで――
「隊長、少し待ってくれ」
と言いながら、ヴァルさんが剣を差し出してくる。
それは『鋼』グレードの『バスタードソード』だった。
俺用の微調整を覚えていてくれたらしく、βテストで愛用した剣と同じものだ。
完全に左右均等で真っ直ぐな飾り気の無いデザイン。『バスタードソード』に許された限界まで長くしてある刀身。両手剣と見間違える者もいるだろう。
「一号作品だ。いまディクが鎧の方を作り終える」
「ちょっと待ってろ、あと少しで完成する。できたら着せてやるから、そのまま微調整しちまおう」
気を利かして、急いで制作してくれたのだろう。
初期ロットは団長や攻略チームに回す予定だったが……初日に交渉相手が『鋼』グレードの装備でやってきたらインパクトは絶大だ。先制パンチとして申し分ないアイデアに思える。
ここは遠慮なく受け取り、ガツンと一発かましてくるべきだろう!




