変わっていく世界――2
思わぬ道草を食わされてしまった。
カイと二人、待ち合わせの『食料品店』前へと急ぐ。
情報部の奴らは集合を始めているだろうし、アリサとHT部隊の面々、リルフィーとネリウムも待機しているはずだ。
昼食後に出発の予定としたから、完全装備の奴もいるだろう。
現状、街中での完全武装は無駄な緊張を引き起こす。また、暑さや重さに苦しむことはないが、快適とは言いがたい場合もある。早く合流してやらねば。
……俺とカイに、飯を食う時間的余裕はあるのだろうか?
そう思いながら到着してみれば、思っていたのと少し趣が違っていた。
いや、予想通りに情報部の奴らは集合済みだ。
これから狩場へ赴く準備もしている。それぞれが槍やクロスボウを担いでいたり、前衛職は鎧に盾の完全武装だったりで物々しい。
だが普段なら日常的な風景だった。
完全装備の集団を見たところで、「ああ、これから仲間と狩りへ行くんだな」と思うだけだ。MMOとして――ファンタジーMMOとして、至極当たり前な感想だろう。
ただ、いまは街の外へ出るのはリスクが高すぎる。本格的な遠出や狩りの支度は、すっかり見かけなくなっていた。やや珍しくなったと言えなくもない。
しかし、それで注目を集めていたり、奇妙に感じたのではなかった。
そもそも問題点は、情報部の奴らには無い。皆は『食料品店』前の広場へは入らず……遠巻きに様子を伺っている。
おかしいのは『食料品店』前の方だ。一瞥しただけで、異常な緊張感が伝わってくる。
広場の中央は議長用スペースとでもいった感じの……昨日、ギルド『妖精郷』村長のクルーラホーンさんが使ったままに、開けられていた。
まあ、それは良いだろう。別に整理整頓だとか、街の美化運動に興味は無い。
問題はそのスペースを中心点として、まるで丸いピザを切り分けたみたいな、『陣地分け』がされていることの方だ。
……まさしく『陣地分け』としか言いようがない。一つの陣地に、一つのギルドや勢力。そんなルールがあるかの如く、分かれて座っている。
そして中心点側――ちょうどピザ一切れの三角形の頂点側には、各団体のリーダー格が仏頂面で座っていた。
昨日の面子は全員が揃っている。その内訳は――
『不落の砦』と『聖喪女修道院』の連合。代表者の席には秋桜だ。
そして『自由の翼』。ギルドマスターのクエンスは列席しているようだが、代表としてはジンの野郎を立てたらしい。
もちろん先生方もいらっしゃる。当然、代表はクルーラホーンさんだ。
そこまでは良かった。特に昨日との変わりは無い。だが、明らかに違う点もある。
なぜか出席勢力が増えていた。
もうすぐ正午――リアル時間では正午だ。身体的感覚はともかく、精神的に空腹を覚える頃合だろう。計らずとも、『食料品店』前に人が集まってもおかしくはない。
偶然でなくても良かった。
昨日の続きと言われても、やや面倒に思うが……まあ、理解は出来る。
しかし、そんな訳ではなさそうだ。それは調べずとも……雰囲気で判ってしまう。
まず目に付いたのは『水曜同盟』だ。代表者としてマルクもいる。
俺達の調べでは、奴らは第二の街を本拠地としているプレイヤーが多いはずだが……わざわざ出張ってきたのだろうか?
何を思ったのか……ギルド『ヴァルハラ』のギルドマスター、ウリクセスも居やがる。何しに来てんだ? ギルドホールを持っているのだし、大人しく引き篭もっていれば良いものを。
同様に意味不明なのが、『モホーク』のモヒカンも居ることだ。
例のど派手なモヒカン刈りに、けばけばしい悪党ルックで……ごく普通なフードコートのテーブルにちょこんと着席しているのは、ユーモラスですらあった。……あいつ、笑いを取りに来たのか?
何を思ったのか、東西南北の奴らも出張ってきている。……取材のつもりか?
居心地が悪そうに座っているあいつは……ギルド『まったり連合』のギルドマスターだったはずだ。βテスト終了後に設立されたギルドでは、最大手のはずだが……いまいち確信が持てない。
あの『山姥』のような女性達は……確か戦争の時に、秋桜たち『不落』『聖喪』同盟とやり合っていたような?
もう、カイの編集した『セクロスのできるVRMMO』紳士録を開きたいところだ。
隅の方には、ガイアさん達『組合』の人達も陣取っている。
このピリピリと緊張した空気を無視するかのように、ガイアさん達だけが賑やかにしているから目立っていた。……ガイアさん達は、偶然に『コレ』と出くわしたんじゃなかろうか?
だが、ちょうど良かった。
視界内に見当たらないが、カエデも一緒に行動しているだろう。今日はなんとか時間を作って、迎えに行こうと思っていたところだ。
迎えが遅くなったことで、カエデが臍を曲げてたり……それでも俺のことが気になって、つい様子を見に来ちゃっただとか……その類の展開にはならんものか。……ならんのだろうなぁ。
『食料品店』前を観察している間に、皆が近寄って来ていた。無駄と思いつつも、一応は訊ねてみる。
「何が起きてんだ? いや、これから何か起きるのか? それても起きた後だったり?」
「私達が来た時には、このような感じで……何が起きているのかも……」
アリサが申し訳なさそうに答えてくれた。
隣にいるネリウムも首を振ることで応じたし、グーカとリンクスも似たような感じだ。
ただ、リルフィーだけがビックリした顔をしている。
俺の腰の剣を凝視したかと思えば、急いで先生方の方を探すように見やった。本来の持ち主を探そうとしているのだろう。……たったこれだけの事実から、おかしいと感じ取るのか。
すぐに何か問いたげに見てくるが、軽く首を振って答えるに留めておく。
リルフィーには言いたいことは山ほどあるが、最近、一つだけ褒めてやりたいことがある。
それは成長の跡が見られることだ。……ちょっとだけだが。
二人で『最終幻想VRオンライン』で遊んでいた頃の奴なら、もう大騒ぎを始めていたはずだ。俺も流す気分にならないだろうから、少し揉める羽目になっただろう。
だが、まず俺の返事を待った。
これは驚くべきことだ。奴も少しは大人になった。そういうことか?
きっとネリウムの影響だろう。
俺が数年掛けて教えられなかった必要最低限の慎みを、ほんの数ヶ月で仕込むのだから……女性というのは偉大かもしれない。いや、二人の場合は『ご主人さま』か。
まあ、今回はリルフィーが大人しくしてくれて大助かりだ。これ幸いと注意を広場へ戻す。だが、もう結論は出ていた。
……面倒臭い。
あそこには厄介事しかないと思う。賭けてもいい。このまま回れ右をしたところで、誰が非難するだろうか?
『食料品店』が一番多くの種類の食料が買えるだけで、べつに拘らなくてもいいはずだ。いや、誰かに目立たないように買出しを頼むでもいい。今日だけは手持ちの何かを、皆で分け合う方法もある。
それをどこかで――ここ以外のどこかで食べて、晴れて狩場へ繰り出せばいいのだ。
よし、逃げ……転進しよう! そう思ったところで――
「タケル『君』! 遅かったやないか! 待っとったで!」
ジンの奴に声を掛けられた。
完全に目が据わってやがる。何が起きているのか、それとも起こるのか知らないが……とにかく俺だけ、まんまと逃がさないぞ。そんな強い意志を感じさせる。




