変わっていく世界――1
微調整を終えた剣を腰に佩き、待ち合わせ場所へと急ごうとしたら……なぜか先に行ったはずのカイが、まだ『本部』前にいる。何やってんだ?
さらに見たことの無い奴らも大勢いた。どこのどいつだろう?
ギルドホールの区画へは、特に入場制限はない。誰であろうと入ることはできる。
ただ、俺達のように無料――隠れたギルドホール所有の特典だ――ではないし、何のメリットもないはずなのだが?
「あ、隊長! ちょうど良いところに! 助けて下さい!」
「助けて下さいって……一体、どうしたんだよ?」
やや気の抜けた受け答えになったのは、荒事ではないと感じたからだ。……厄介事ではあるだろうが。
近づく俺の姿を認め、ざわめきが起こる。
「……タケルが来たぞ。『ツーハンド』だ」
「馬鹿! タケル『少佐殿』だろうが! 呼び捨ては失礼だぞ!」
「そうだ、そうだ! それに『少佐殿』は……あまり『両刀使い』と呼ばれたくないらしいぜ? ほら、敵対勢力の奴らが悪口に使うから……」
……あらゆる予想の中で、最も意味不明だ。
なんなんだ、こいつら? ……そして『両刀使い』とは、悪口だったのか?
「……何の用なんだ?」
「その……どうやら志願兵のようで……団長にお目通りを願いたいと」
志願兵を普通の表現にすると、ギルド加入希望者という意味になる。
俺達も人員が足りているとは言い難かったし、集団として常に新しい血を欲していた。さすがにノンポリギルドのような募集はかけないが、それなりにリクルート活動もしている。
正しく純潔な者で、リア充を許さない気持ちがあれば俺達は仲間だ。同じ旗の下に集うのは当然ですらある。
しかし、それは平時の話だ。
考えるまでもなく、現状で新人を受け入れられる訳がない。
それはスパイがどうとか、思想チェックがどうとかではなくて……いま所属してる団員を守るので手一杯だ。これ以上に増えたら、きっとキャパシティを超える。
こんなややこしい時期に、なんで志願兵が大挙して押し寄せてくるんだ?
「なんだか判らんが、団長にお会いさせることはできん。それに入り口に居られると邪魔だ」
「いや、『少佐殿』! 我々は兼ねてより栄えある『RSS騎士団』の活動には、注目を禁じえなかったのです。世界を清浄化する崇高な使命に邁進する勇猛果敢な騎士団! これに感動しない男が、いない訳がありませんからな!」
しばし、何を言われたのか考える羽目になった。
すぐに内容が把握できない。ハンバルテウスあたりとウマが合いそうな奴だなぁ……。
「隊長、多分……お世辞を言われているのかと……」
カイが小声で教えてくるが――やっぱりそうだよな?
俺がした要請への答えでもなければ、自分達の希望でもない。こいつ、何の目的で話をしに来てるんだ?
思わず腕組みをして考え込んでしまった。
「いえ、『少佐殿』……我々は栄えある『RSS騎士団』の麾下に加えていただきたいと。もちろん! 判っております! 下男と思ってお使いくだされば――」
長くなりそうなので、手の平を見せるジェスチャーをして止める。
やっと用件を切り出してきた。色々と大袈裟な表現をしているが……要するに「ギルドに入れてくれ」ということか。
けっこう時間を掛けたのに、何一つ話題が進んでない。頭の中がお花畑なのだろうか?
そんな結論に落ち着きかけたが、あやうく思い違いに気付けた。
こいつらは、現状をきちんと把握できてる。
当人である俺達『RSS騎士団』は、自らの立場が磐石ではないと感じているが……他人の目からはどうだろう?
この世界最強の集団だ。主義主張などは脇へおき、寄らば大樹とばかりに……『RSS騎士団』の保護下に入るのは手かもしれない。
少なくとも零細ギルドのまま数人で肩を寄せ合ったり、単独行動を続けるよりは遥かに安全だろう。うちじゃなくとも大手ギルドを頼るのは、無しじゃない選択肢だ。
……そもそも危ないことをしなければ良い、そんな見解もあるが。
とにかく事実はどうあれ、そう考える奴の一人や二人――というか、目の前の小集団ぐらいはいるということだ。
口で言うように、多少の汚れ仕事というか……下っ端扱いも覚悟の上なんだろう。
名より実を取る考え方は共感できなくもないが、だからといって俺が助けてやる義理もない。怖いのなら、街で大人しくしていれば良いだけだ。
面倒臭さに、思わず天を仰ぐ。
その際、『本部』二階の窓からこちらを眺めるハンバルテウスが目に入った。……笑ってやがる。
カイや俺が困っているんだから、笑ってないで救援に来るべきだろう。
だいたい、しばらく行方不明となっていたが、その間は何をしてたんだ?
武士の情けと、しつこく追求はしなかったが……まさかどこかに隠れて震えていたんじゃあるまいな?
……少し失礼すぎな想像か。だいぶ精神的に疲れているようだ。……まだ昼前だと言うのに。
まあ、奴には笑わせておけばいい。下手に介入されたら、逆に厄介事が拡大する気もするし。
とにかく目の前の厄介事だ。この調子が良い奴らを対処しなくては。
……平時には全く友好すらなかったのに、困ったときに擦り寄ってくるようでは……不誠実と思われても仕方ないだろう。どうせ『RSS騎士団』の活動には、否定的な一般人だったのだろうし。
「見事な見識だ! まずは書類選考からな。とりあえず名前と志望動機だけで良いから、紙に書いて持ってくるように!」
と適当に返事をしておく。
しばらくは審査中と言い張れるし、時間を稼いでいる間に事態も収拾するだろう。
だが、カイが再び小声で話しかけてきた。
「隊長、本気ですか!」
「んな訳あるか! こんな奴ら、危なくて弾除けぐらいにしか使えないぜ? カイは弾除け用の人員を確保したいのか?」
俺も周りに聞こえないよう、小声で返す。
「そ、それはさすがに……」
「だろ? そもそも停戦中に戦力増強でもない。こう答えておきゃ……しばらくは静かにしているはずだ」
「しばらく経ったらどうするんです?」
そんな質問をされても、肩を竦めるばかりだ。
我ながら無責任だとは思うが、奴らだって小狡い。困れば自助努力するだろう。
こういった狡賢さというか、悪さがカイには足りない気がする。
「さ、解散、解散。諸君らは書類手配だ。俺とカイ少尉は、これから重要任務だからな。少尉! さっさと移動するぞ!」
「へっ? あっ……あ、アイアイサー!」
こんなのは適当にお茶を濁すに限る。




