預かり受けたもの――3
面白いものを見せて貰ったし、なんだか沈んでいた気分も晴れた気がする。
男は幾つになっても、玩具が大好きなままらしいが……この『奇剣』なんて、その最たるものだろう。実戦で使う気にはならないが……コレクションとして欲しくはなる。
……まあ、それだけが理由でもないか。
「おし、それじゃ始めるか。タケルも待っているしな」
「だな。悪いな、隊長。それと……元のデザインデータ取るけど、構わないよな?」
デザインデータを取っておけば、全く同じ剣を複製できる。今回のように手を加える場合でも、元の状態へ戻すのは楽チンだ。
ただ、他人の作品であるから、管理者である俺に断りを入れたのだろう。
「いえ、俺も気分転換できたし。データは問題ないです」
「なんだ、しょぼくれた顔をしてたと思ったら……何かあったのか? 確か今日は……朝から団長達と会議だったんだろ?」
しょぼくれていたのだろうか?
まあ、そうかもしれない。ヴァルさんは、この手の軽口を言わないタイプだ。素直な感想だろう。
とはいえ、ありのままに事情を説明するのも憚れる。
「まあ、色々と。ハンバルテウスの奴とやりあいまして……どうもアイツとはウマが会わないというか、主義主張がぶつかるというか」
話せる範囲での愚痴に留めるが……ディクさんが、溜息交じりの嘆きで応じた。
「あー……奴もなぁ……あれで良いところもあるんだけどなぁ……。どうも隊長なんて役回りになって以来、悪いところが目立つようになって……」
そういえば二人は――ハンバルテウスとディクさんは、前々からの知り合いと言っていたか。
知り合いの悪口なんて気分が良くないはずだ。それに相手の居ないところでは、ただの陰口になる。話題を変えるべきだ。
「憎まれ役も楽じゃない。そんなところですね。俺も、奴も。そういえば『錬金』のスキル……うん? 『錬金』のスキルを使って平気なんですか!」
適当な無駄話のつもりで話し始め、とんでもないことに気付いた。
『錬金』を使うと、代償としてペナルティ――死亡ペナルティを科せられる。たったの五分だし、連続使用を禁止する為の枷に過ぎないが……今現在、死亡ペナルティを科せられると、どうなってしまうんだ?
「……タケル? 何を大騒ぎしているんだ?」
当の本人は不審そうなまま、『錬金』スキルを使い続けていた。
もう遅い。というか、心配のし過ぎか。
「……『錬金』のスキル使うと――死亡ペナルティを背負うと、何が起きるのか心配だったものですから」
「そんなこと言われてもなぁ……もう何度も使っているし、こうなってから」
微妙な顔をされた。
まあ、何か大問題――例えばいきなり死亡するだとか――が起きていたら、俺のところへ報告がないわけがない。
それに『錬金』のスキルは、地味に色々なバランス調整の役割がある。これが使用不能だと、差し障りも大きかった。
いま現在での話で言うと……あらゆる武具はNPCは買い取ってくれない。『鉄』グレードだろうと、『鋼』グレードだろうとだ。
しかし、原材料の『鉄鉱石』は買い取ってくれる。
つまり『錬金』のスキルさえあれば、あらゆる武具は現金化可能ということだ。
……普通は損をするから、NPCへ売却などしないが。このゲームでの常識として、NPCの買い取り価格は『絶対割れない底値』の意味しかない。
そして日々の食費にも困窮するようになった奴は、最後の手段として武具を手放すだろうし……底値がある以上、売れなくて困ったりはしない。
また、常時――こんな不具合の起きていない通常時であれば、陳腐化したアイテムの回収の役割も果たす。
例を示すとすれば……ほとんどのプレイヤーはいずれ、当たり前に『鋼』グレードの武具へ乗り換えるだろう。少なくともβテスト末期はそうなった。
結果、多くの『鉄』グレード武具が余る。
その処分というか、消去するシステムを織り込んでおかないと……珍妙と言うか、運営が歓迎しない事態が発生してしまう。
『鉄』グレードの武具がタダ同然のゴミとなり、世界に溢れかえってしまうのだ。
この図式は新しく武具が実装されるたびに起きるから……『常に一世代前の武具は、タダ同然で入手可能』という、軟すぎるゲームバランスになる。
それを避けるべく、MMOでは何かとアイテム回収に余念がない。……オーバーエンチャント失敗による消滅だって、回収の一環ではある。
「あー……まあ、なんていうんだろ……死亡ペナルティに関しては通常なんですね。……死んだら戻れないのに。でも、他の死亡ペナルティ系アイテムやスキルは、平気なのかな?」
「いや、俺に聞かれてもな。とにかく言えるのは、『錬金』なら平気ってだけだ」
頓珍漢な質問に、呆れ顔で返答される。
それもそうだ。その手の情報収集は、俺の役目だろう。聞かれた方も困るに違いない。
だが、ヴァルさんは意外な情報を持っていた。
「平気といえば……動画サーバーへのアクセス、駄目みたいだぞ? 隊長に言われた動画、まだ観れてないんだ」
……動画?
何のことだったかと、しばし考えて……ようやく思い出す。
戦争の発端である『不落』襲撃犯について、二人から情報を求めようと思っていたのだった。
あの犯人については不明なままだが、『RSS騎士団』の支給装備だった。
仮に奴らが正式なメンバーだった場合、この兵站課で支給を受けたはずだ。
それでなくともヴァルさんとディクさんは、ほとんどの団員と一度は顔を合わせている。二人が動画を見れば、すぐに身元を判明できてしまうかもしれないし……この二人に見覚えがないのなら、部外者による犯行の線が濃厚だ。
しかし、戦争といい、謎の偽団員といい……ほんの数日前の出来事とは思えない。
この不具合が起きるまでは最大の関心事にして、最優先事項だったのだが……正直、どうでもいい気持ちで一杯だ。
ゲームの上での喧嘩や陰謀など、現状に比べたらおままごとだろう。
いま俺達がやっているのは、真剣なサバイバルだ。
「あー……確か写真化したSSが………………『詰め所』へ置いてきちまったみたいです。後で届けに……というか、お二人も一緒に行きますか?」
「行くってどこにだ?」
「『食料品店』ですね。ちょっと早いけど、昼飯にする予定で。その間に、取ってきますから」
「面倒臭いな。俺らはここで……色々と作業したいし、遠慮する。写真は誰かに届けさせろよ。どうせ『詰め所』と『本部』は、何人も往復してんだろ?」
すげなく断られた。
しかし、まあ……二人は暇を持て余すこともなく、時間を有意義に使っているようだ。それなら無理強いすることもないだろう。
「じゃ、少しだけ急いでください。先にカイを行かせたんですけど……待たせるとうるさいですから」
やんわりと急かすと、二人は軽く肩をすくめ作業へと戻ってくれた。程なく終わることだろう。




