預かり受けたもの――1
「……何してんですか?」
「なんだ隊長か。ちょうど良いところに来た。ちょっと手伝ってくれ。それと何か用か?」
兵站課へ赴いた俺を出迎えたのは、血塗れのヴァルカンさんだった。手には風変わりな長剣を持っている。
「まさか模擬戦か何かを?」
「違う。さすがにそんなことをしないぜ。自爆ダメージばかりだから、見た目ほどHPは減ってない。半減されるしな」
自分で自分を攻撃してもHPは減るが、パーティ内攻撃と同様に半減される。……だからといって、安全な訳でもないのだが。
兵站課の部屋には、手狭だが武器を振り回せるスペースを設けてあった。団員へ支給する武具を、この場で確認できるようにとの配慮だ。
その簡易練武場とでもいう場所の中央で、奇妙な剣を振っていたらしい。しかし、剣の試し振りで自爆――自傷とは不可解ではある。
また、その剣の刀身は見たこともない形状だった。
若葉マークが縦に並んだというか、槍の穂先を積み重ねたというか……なんとも言いがたい。それでも凸凹は殆ど無く、真っ直ぐだ。最初に長剣と思った理由でもある。
片手専用なのか指環付きの拵えに……柄頭から、肩幅より長い程度の鎖が伸びていた。鎖の反対側は輪っか状で、ちょうど電車やバスの吊革に似ている。事実、ヴァルさんは逆の手で、その輪を持っていた。両手用の武器なのか?
「あれだ。また奇剣作りさ。史実に無かったから駄目とは言わないが、現実化が不可能なのはズルだと思うぜ」
そう否定的な解説をするのは、もう一人の武器防具制作担当デックアールヴさんだ。
「まあ、良いじゃんか。ゲームの武器防具は絶対壊れない。防具は多少、攻撃が抜けることはあるが……それにしたって簡単に直せる。それを利用しない手はないだろう。絶対に切れない鎖とか、凄い事実なんだぜ?」
すぐさまヴァルさんが反論する。
史実やリアル感に拘るデックさんと、ゲーム的な便利さを最優先にするヴァルさんの、いつもの言い争いだ。
終わり無き論争をしている割に、お互いの主義主張を認めている節もある。『喧嘩するほど仲が良い』の典型例か。
「インチキはインチキだ。まあ……目指している形にはロマンあるけどな。で、タケルは何の用だ?」
諦めたような感じにディクさんは論争をお終いにすると、話を戻した。
「武器のバランス調整と廃棄を」
そう答えながらメニューウィンドウから剣を一振り取り出す。さらに腰に佩いていた方も鞘ごと差し出す。
「……『アキバ堂』製か? それに……オーバーエンチャント品じゃないか」
受け取ったディクさんは不審そうにしつつも、説明無しで製作者を当てた。
訊いてはいないが、先生の愛用品だ。『アキバ堂』謹製に決まっている。しかし、一目で判断できるとは……その道の者には署名があるも同然なのだろうか?
「しばらく預かることになりまして」
この説明で二人は黙った。
そんなことはあり得ないからで……普通じゃない理由と察したのだろう。
VRMMOにはよく、オーバーエンチャントというシステムがある。
和訳すると限度超魔力付与だろうか? 版権やオリジナリティの問題で色々と目先は変わるが、要するに似たようなものだ。
この『セクロスのできるVRMMO』では、武器や防具に『魔』のエッセンスを封じ込めると『魔法の武具』となる。
しかし、この『魔法の武具』へ、さらに重ねて『魔』のエッセンスを封じることができた。もちろん二重に封じた分だけ、強力な『魔法の武具』となる。
だが、この二つ目の『魔』のエッセンス封入は……必ずは成功しない。失敗することがあった。技術は全く関係ない。単純な確率の運で決まる。
もう、この段階からギャンブルではあった。
しかし、ここまでは大きなペナルティは無い。
……封入しようとした『魔』のエッセンスは失われるが、その分だけの損害で済む。
だが、成功し、強力な『魔法の武具』となった後も……三つ目の『魔』のエッセンス封入が挑戦できた。もちろん、さらに強力な『魔法の武具』となる。……成功すれば。
三回目の挑戦からは成功、失敗のパターンのほかに、大失敗が追加される。
その大失敗の内訳は、三つ目の封入をしようとした対象の――すでに二つの『魔』のエッセンスの入った『魔法の武具』の喪失だ。真っ白い灰になって、文字通りに消えて無くなる。
成功すれば『魔』のエッセンスが三重に封入された、強力な『魔法の武具』の入手。
失敗すれば――非常に高価な『魔法の武具』の損失。
……伸るか反るかの大博打となる。ややリスクにリターンが見合わないか?
ちなみに俺は大嫌いだ。大損しかしていない印象がある。
この不条理にも思えるオーバーエンチャントだが、実はMMOでは定番中の定番だ。
用語を変えたり、ルールを変えたり……何かと似たようなシステムが実装される。それというのも、MMOという仕組みそのものが要求するからだ。
特に対策を講じければ、金貨が溢れてハイパーインフレになるのと同じように……武具などのアイテムも、定期的に減らさないと溢れかえってしまう。
タダ同然で一級品の武器防具が売り買いされる世界……考えただけで無茶苦茶だ。
そうなると運営は、常に次の新しいアイテムを供給し続けなければならなくなるが……限界はある。また、それに飽きられてしまったら、MMOとしては熱死だ。
最も単純な対応策はNPCによる買取であるが、それも限界がある。却って金貨が溢れかえるのも、本末転倒だ。
そこで『強力な武具が手に入る!』などという夢物語で射幸心を煽り、プレイヤー自身の手で処分させてしまう。
これがまた麻薬的な魅力で、生産中毒などと並ぶ感じで……オーバーエンチャント狂としか言いようの無いプレイヤーもいる。
日々、オーバーエンチャントの為に狩りをし、資金が貯まったら挑戦。その成否に一喜一憂しながら、脳内麻薬をドバドバと浴びるスタイルだ。
成功したの時の嬉しさといったら、レアドロップ獲得時と比べても勝るとも劣らない。オーバーエンチャントに狂うプレイヤーの気持ちも判らないでもなかった。
「バランスねぇ? 隊長は少し神経t……拘りすぎなんじゃないか? 『アキバ堂』製なら、ちゃんとしてるはずだぜ? まあいいや……気になるなら仕方ない。俺が見るよ」
ヴァルさんはそう言いながら、手に持った奇妙な剣を俺へ投げて寄こす。
「それじゃ、俺はタケルのお古を溶かしちまうか。溶かすで良いんだろ?」
ディクさんは処分の方を引き受けてくれた。
「はい。また必要になったら頼みますけど……その剣を預かっている内は不要になったんで、すいません。それと預かり物なんで、デザインは弄らずに……バランスだけ合わせる感じでお願いします」
二人とも色々と聞きたいことはありそうだったが、無言で肯いてくれた。
先生から預かった剣は、俺が使っていたのと同じ『バスタードソード』――片手両手の兼用だが……なんと『魔』のエッセンスが三重にも封入されたオーバーエンチャント品だ。
いずれトップレベルプレイヤーは、当たり前のように所持するだろうが……現状では貴重品となる。おそらく数えられる程度しか存在しないだろう。
これはお二人が景気付けと挑戦したのが、見事に成功したものだ。
「無駄運を使った!」だとか「成功したら逆に未練が!」などと、お二人は嘆いていらしたが……俺は吉兆だと思う。
こんな貴重品を俺に預けたままなんて、そんな温いことをされるはずがない。きっと受け取りに戻られるだろうし……俺も利息を沢山せしめられるはずだ。




