幹部会議――2
考えるまでもなく駄目だ。
ハンバルテウスの意見は勇ましく聞こえるが、実のところノープランだろう。そんな泥縄なやり方では、すぐに破綻する。
だいたい善悪や義理を抜きにしても、全世界とは戦えやしない。そこまでの戦力は保有していないし、ルールも変わった。
一度や二度の死亡が決定的ではない――それを最も効果的に利用していたのは、他ならぬ俺達だ。削りあいに持ち込まれるだけで、敗勢は確実となる。
それに知り合いを殺して回れるか?
馬鹿馬鹿しい。これこそナンセンスと言うべきだろう。
主義主張が違えど、友人は友人だ。酷い事をしたくない。
例え敵対分子だろうと、ゲームでならともかく……現実での『決定的な結果』はやり過ぎだ。
もやはゲームではない。……いや、『デスゲーム』か。
とにかくパラダイムシフトは起きたのだから、セオリーも変わる。考え方も改めていかなければならない。
「個人としてその考え方には、賛同しかねる。曲がりなりにも参謀役として、勝ち目の無い戦いへ団員を導くのも御免だな。いま俺達が呼び込むべきは、不戦の空気だ。どんな形の争いだろうと、起きれば『RSS騎士団』も火の粉を被る。この話は、すでに結論が出ていただろう? なぜ蒸し返す?」
……我ながら卑劣な言い回しだ。
ハンバルテウスは前回の会議に欠席していた。不在時の決議を盾に取られたら、反論はしにくいだろう。
実際、奴は憤懣やる方無い顔をしている。……これは根に持たれるか?
しかし、手順や方法を選ぶつもりはない。
勝つべきときに、確りと勝っておく。それが身内相手の議論であろうとだ。
もうゲームではなく、背負っているものが大事なら……外聞を気にするべきじゃない。誰かに謗られることですら、勝ったから――生きているから出来る。
奴には事態が解決してから好きなだけ詰られればいいし、その時にならいくらでも頭を下げよう。
いま好戦的な方針へ、舵を切らせるわけにはいかない。
とにかく押さえ込んでしまおう。そう思い、次の言葉へ繋ごうとしたところで――
「二人とも、少しは頭を冷やせ。これは会議なのだぞ? 二人だけで話をしているではないか」
団長が諭すように、俺達二人を窘めた。だがハンバルテウスは引き下がらない。
「ですが、団長! 参謀『殿』の方針は軟弱に過ぎます! この好機に――」
「まあ、待てハンバルテウス少尉。確かに我々の大義は大切だ。しかしな、少尉? その大義を判らせる相手がいなくなったら、我々も困るだろうが?」
冗談のような理屈だ。……いや、真顔だから本気か?
「そのような戯言を! そもそも団長は大義をなんと心得られて――」
「団員の中には、きちんと覚悟を決めていない者もいるよ。それは大問題だよね……現状で戦うのなら」
熱くなったハンバルテウスを宥めるように、サトウさんは切り口の違う理由を示した。
しかし、覚悟? 自分が死ぬ可能性? ……誰かを害する覚悟もか。
「まあ、負け戦を自分達で起こすことはないよね。勝てるならまだしも……それ以外にも問題は多いのだし?」
ヤマモトさんも、穏健路線に同意してくれた。
「なんと言うんだ? 競うのであれば試合中だけ。ノーサイド後は仲良くと言うか――」
シドウさんも賛成に一票だ。そう思いかけたところで――
「だがな、タケル? ハンバルテウスの言った『同胞を弑したリア充を必ず探し出し、報いを受けさせる』の部分は全面的に賛成だ。看過できる問題じゃない」
と続けられた。
シドウさんには絶対に許せない出来事だろうし、並々ならぬ決意も窺わさせる。他の幹部メンバーも、全く異議の無い様子だった。
……妥協も視野に入れていたのは、俺だけか。
そんな不埒な考えには気付かなかったのか、カイが受け答える。
「もちろんです。現在、情報部総出で犯人を捜索中です。皆さんのお手を煩わせることもあるかもしれませんが……必ず探し出します。ですよね、隊長?」
「あー……現在、鋭意捜索中です。まあ、ほどなく見付かると思いますよ」
そう答えておく。
別に復讐が反対なんじゃない。その気持ちは俺にもある。ただ、採算が合わないときには、我慢できるというだけのことだ。
……敵が百人死ぬことより、味方一人の安全を確保できる方が重要に思える。ハンバルテウスが言うように、俺は弱腰なのだろうか?
ヤマモトさんだけが微かに面白そうな顔をしたから、見抜かれたかもしれない。
まあ、役者が違う。この人を出し抜くのは、俺では無理か。
「それも大事なんですが……財政上の問題も発生しています。細かなところで言えば『宿屋』の封鎖などが負担に。攻略チームの待機で収入は激減してますし、長期的には何か考えますが……すぐにでも財政を緊縮しないとまずいです」
何気なさを装って、話題を変えてしまおう。
少し無理があるか? そう思ったところで――
「また金か! 情報部は金、金、金と! 金貨で大義が購えると思っているのではないか? そんなものは負担となっている……『宿屋』の封鎖を止めれば済む!」
ハンバルテウスが噛み付いてきた。先ほどまで俺を睨んでいたから、よっぽど腹に据えかねたのだろう。
売り言葉に買い言葉と、カイが反発してしまう。
「そんなことは言われないでも計画を立てている! 問題は緊縮財政の規模です。平行して進める犯人探しと不明者捜索にだって、経費は掛かります。全団員へ配布予定の『翼の護符』購入資金も必要です」
先に熱くなられたから冷静でいられたが……まあ、俺を筆頭に情報部は予算にうるさい。指摘そのものは、妥当ではある。言われて気分の良いことではないが。
シドウさんも微妙な顔をしながら、考えを述べる。
「うーん? 『宿屋』封鎖解除は判る。しかし、そうすると……全員がギルドホールで――本部で過ごすことになるよな? タケル……正直なところだな……その……本部は手狭と言うか――狭すぎて使いにくいぞ? 寝具なども数は無いし」
「あー……ご指摘は尤もですが、何か抜本的な金策でも思い付かない限り、増築や改築は難しいですね。現状、現金を使い果たす訳にもいきませんし……」
財政難はでまかせではない。実際に苦しいし、早期の解決が必要だった。
何よりも全員の『食事』が大問題だ。
常時は単なるレジャーであったことが、一日に三度も必要な出費となっている。一食ごとの値段は大したことが無くとも、団員全員分ともなると凄いことになる。そして不具合が解消されるまで、延々と続く見込みだ。
軍隊は興すことより、食わすことの方が大変と言うが……骨身にしみてわかる言葉だった。
「兵站は大事だ……多少の不備は我慢するべきではないか?」
「腹が減っては戦にならぬと言いますし……」
団長やサトウさんは諦め顔だ。優先順序が解かってくれているのだろう。
反面、ハンバルテウスは楽しそうにすら見えた。ここぞとばかりに、俺を非難するつもりなんだろう。……これは意地の悪すぎる見方か?
「さ、いつまでもぼんやりしてないで……緊縮する部門を決めて、何か財源もひねり出さないと! タケル君、青写真はあるんでしょ?」
ヤマモトさんの質問に肯きを返しながら……長引きそうだなと感じた。




