『アキバ堂』での夜――3
しばし呆然として先生を眺めてしまった。
その間も先生は、せっせとアイテムの山を積み上げ続けている。
さらに同調するような嘆きもあがった。
「……俺もまずいかも。一人暮らしだし……親しい友人や親族はいない――というか、住所すら教えてないや。仕事関係も……俺がゲーマーなの――VRゲームやるタイプなのすら知らない。絶望的かも……」
その言葉で、恐るべき事実に思い当たった。
当たり前だが、他の人にも同様の可能性がある。先生方だけじゃない。条件を満たしてしまう人は、まだいるはずだ。
カエデ、アリサ、リルフィー、ネリウム……この辺は大丈夫か? 日常の会話で、家族との同居を匂わす発言があった気がする。
情報部のメンバーは……あらかた平気か? 何名か確認しておきたい者はいるが、おそらくセーフじゃないかと思う。
だが、『RSS騎士団』全体では?
全団員の事情までは判らない。急いで確認する必要がある!
それに他のギルドは?
情報だけでも流しておくべきだ。どう役立てられるか判らないが……知らないよりは良いだろう。こんな情報を伏せておくなんて、ある意味で残酷すぎる。
しかし、確認が取れて――絶望的な状況が判明したとして……どうすれば良いのだろう?
それでも、すぐに動き出すべきだ。
「あ、あの……す、すいません、俺、急いでギルドホールへ――」
「はぁ……落ち着け、坊主。坊主のところへは――『RSS』へは、ヤマモトのおっさんに連絡済だ。いまごろ対処してんだろ。他のめぼしいギルドにも情報は流した。第一……お前は『もうすぐ死ぬかもしれないから覚悟を決めろ』と言って歩けんのか?」
指摘されて、黙るしかなかった。頭の中が真っ白になりそうだ。
貴方は死亡が確定したから覚悟しろ?
親しい仲でも……いや、親しい仲だからこそ、そんなことは言えない!
だが、もうすぐ死ぬかもしれない仲間へ、それを知りつつ黙っている。そんなことが出来るだろうか?
逆の立場だったら……俺だったら教えて欲しい。
何が正解か判らないことなら、自分だったらどうして欲しいか。それを指針とするしかないはずだ。しかし、完全に告知同然のことを――
「あー……坊主? 何度も言うようだがよ、やばいのは俺で、時間も残り少ないはずだ。悩むのは……俺が死んでからにしろよ? まあ、まだガキなんだから……泣き喚いても良いんだぜ?」
こんな状況でも、さすがにムッとした。
だが、もしかして……俺は担がれてるのか? やけに冷静すぎるし、いつものように俺は玩具扱いだ。
「だ、騙した……んですか?」
「いや違うな、タケル君。冷静に考えたけど……考えに綻びは無いと思う。つまり、俺達二人はやばい。絶体絶命だ。……ところで、なんでアイテムを取り出しているの?」
答えてくれたのは、もう一人の『絶望的』だった先生だ。
やや乱暴ながらも、真似をするようにしてアイテムをテーブルに積み上げている。
「まあ、形見分けというか……俺達には不要なものだからな。まるで『引退厨』みたいだけど……お前らには必要だろう? それと完全に諦めたわけじゃないしな」
「……まだ打つ手あるの? 先に言ってよ! あれだよ、俺は心が弱いからさ……タケル君が居なかったら、泣き出してたよ。マジで。期待できるの?」
そんなことを仰りながら、お二人はアイテムを取り出し続けている。
深刻さは比べ物にならないが……確かに『引退厨』と――正確には引退式と似ている。
MMOは終わりの無いゲームであるが、プレイヤーにとってはそうもいかない。どこかで区切りが――終わりが必要だった。
自然消滅的に疎遠になることもある。
プレイヤーは生身の人間であるから、他界することもあるだろう。
誰一人して終わらせたくないのに、運営が破綻して……全世界、全プレイヤーごと消えることだってある。
いくつかのパターンのうち、自発的に終わりを選ぶ場合もあった。
それも『今日で終わり』だとか『この時刻を持って終わり』などと、明確に際立たせる者も珍しくない。
区切りをつけるのは悪いことでもないし、人それぞれだろう。
しかし、その中には「もう自分には不要なものだから」と、全ての資産を友人などへ譲るプレイヤーもいる。
そこまでは何の問題も無かった。要するに個人の私物だから、好きに処分すればいい。
問題はしばしば、その引退したプレイヤーが戻ってくることだ。
紆余曲折合って引退したものの、気が変わって復帰する。そこまでは良いのだが――
なぜかそういうプレイヤーに限って、再び引退を決意しがちだ。
ただでさえ悲しい引退式を、一人で何回も開催してしまう。
その度に資産を形見分けしたり、復帰のたびに縁故の伝を頼ったり……また引退したり。友人であっても面倒臭いことこの上ない。
そんな困った奴は『引退厨』と悪口で呼ばれたりする。
「まだ一つ打つ手が残ってる。……あまり期待できないけどな。でも、万歳ジャンプするより良いだろ? 結構たまってたな! 俺、前から『引退厨』やってみたかったんだぜ? これ、意外と楽しいな!」
「そう? 俺は少し心残りと言うか……無念だなぁ……悔しいからオーバーエンチャントでもしようかな……でも、成功したら余計に悔しいかな?」
そんな雑談しながら、お二人は作業を続けていた。
もしかしたら平気じゃないのかもしれない。いや、当然、平気ではないだろう。こんなにも冷静に、自らの死を受け入れられるはずがない。
……強がってらっしゃるのかもしれなかった。
だが、それを非難できるだろうか?
お二人は何とか明るく話そうとして下さっている。俺はそれに応えなければ駄目だ。それなのに言葉が口から出ない。
「それで……残っている手というのは?」
皆を代表するようにクルーラさんが訊ねられた。
「うん、死のうと思っている。いや、ゲームのキャラクターの話な。死んだらどうなるのか判ってねえけど……このまま待っていても、何一つ状況は好転しねえはずだ。なら、一縷の望みを託して……死んでみるべきだろ?」
それが正解かもしれなかった。
先生の予想では、このままだと『決定的な結果』が待っている。
キャラクターが死んだときにも『決定的な結果』となるかもしれない。
だが、何か助かる変化――たとえばログアウト――などが起きる可能性もある。
「まあ、それでも……これが最後かもしれないからな。少しは皆の手助けになって欲しいし――」
そう言って先生は山にしたアイテムを、詰まらなそうに崩した。
「リアルでの面倒も頼みたいことがあるからな。本名だとか、住所だとか教えとく。少ないけど貯金とかもあるし……リアルの形見分けというか、処分をお願いしたいものもある。坊主、何か欲しい物があったら貰っとけよ?」
「ああ、そうか……俺も少し頼もうかな。村長、ギルマス……お願いできるかな?」
お二人の要請に、無言でクルーラさんとミルディンさんは肯かれた。
「俺は天涯孤独で……仕事も人付き合いのないのを選んで……女房も子供もいない……文字通りの末代なんだけよ。死ぬときは爺で……曖昧になって、独りぼっちと思ってたぜ。まあ悔しいっちゃ悔しいが……頭がハッキリしたまま、仲間に見送られてってのも悪かあねえな」
「俺達はこれから華麗に生還するんだけどね! うん、そう考えたら楽しみも出来た! 性質の悪い『引退厨』やるから! 焼け太りならぬ、引退太りしちゃうよ!」
「まあそうだな。俺達は生き延びるために死ぬんだからな。まだ希望は残ってる。だから坊主、泣くんじゃない。男は簡単に泣くもんじゃないぞ? それとカエデとアリサ。二人はお前が守るんだぞ? ……末代の男の台詞じゃないか。まあ、俺みたいにはなるな」
そういって先生は、かすかに微笑まれた。




