『アキバ堂』での夜――2
しばし先生の言葉を反芻する。意味が解らない。
「す、すいません……その……いまいち事情が飲み込めないというか……訳が解らないと言いますか――」
「そ、そうだよ! 僕達にも判るように説明して! さっきの説明じゃ、何がなんだか……」
俺の言葉尻に被せるように、ミルディンさんも叫ぶように仰る。
しかし、なぜか困った顔で――
「だから、言ったじゃねぇか。午前中の話し合いの時に、切断の話が出ただろ? それで俺は判ったんだよ。もうすぐ死ぬって」
と答えられるだけだ。まるで理屈がわからない。
「あの……それだけだと、俺もサッパリで……できたら順を追って説明してもらえますか?」
「はぁ……坊主はもうちょっと察しが良くならないと駄目だな。いいか、切断の場合分けの問題だ。坊主、パターンはどんなのがある?」
話の繋がりは未だに見えないが、とにかく命じられた通りに答える。
「はい? そりゃ……通信機器の不具合や停電とか……リルフィーが言ったみたいな、肉体がVRマシーンから離されるとか――」
「その肉体が離されるの一種だな。プレイヤーが死んだ時――実際にリアルの肉体が、だぞ? ――も、切断と同じ結果になるだろうが? 厳密には違うのかもしれんが……中から見ている奴らには、全く区別がつかねぇはずだ」
プレイヤーが死亡?
俺は経験が無いが、VRMMO中に……いやVR技術以前なMMOの時代から、それは起きていたらしい。
切断とはプレイヤーとゲーム世界を繋ぐ線の、どこかが断ち切れたことを意味する。
ほとんどが現実的、技術的な断線だろうが……プレイヤーの死亡でも、切断にはなるだろう。
「えっ? そういうこともあるとは聞いてますが……そんなのレアパターンで……」
「そうでもねぇな。俺はリルフィーの坊主が言った時、逆に『切断の事例が少ない』のが奇妙に思えたぜ? 『外にいる奴らは、何をぼんやり見ているんだ』ってな。俺達をここから叩き出すのに……ちょっとしたダメージ程度で済むのなら、もう覚悟してやるべきだろ?」
それは妥当な考えだった。
VRマシーンからプレイヤーの肉体を、物理的に切り離してしまえば救出――起きている事件から考えれば、もう救出が適当な言葉だろう――できるとする。
その時に被救助者がビックリするだとか、多少の失調を起こす程度なら……迷うことなく実施されるはずだ。もう、そこまで事態は進んでいる。僅かなリスク程度なら、躊躇うような状態じゃない。
「逆に考えると……それが出来ない理由がある? そして、それが周知徹底されるような状態?」
「そうでござるな……それで問題解決なら……いまごろは切断者が続出、生き残りの方が少ない状況のはずでござる」
「外部では……現状維持を選択? なんでか判らないけど、そういうことだよね?」
言われて検討しだした先生方も、似たような結論に思える。
「ということは逆に言うとだな……いま切断しちまった奴は――もの凄い不運で、最悪の瞬間に機器不良を起こした。止められているのにも拘らず、VRマシーンから叩き出された。最後が……プレイヤーが死んでしまった――この三つだろ、大別すると」
また、死亡の結論だ。
論としては通じる気はするが、なぜ死亡なのかが理解できない。
「その……そこまでは理解できましたけど……結論が……飛躍していると言いますか――」
さらなる説明を求めようとして驚いた。
その場の先生方は、半分くらいが納得の表情をしている。それが言いすぎであれば……何かを察した顔をしていた。
「はぁ……タケル? 頭は生きている内に使うもんだぞ? ……もうすぐ死んじまう俺の言うことでも無いけどよ」
「えっ? で、でも……俺にはまだ――」
「あのだな、どうやら外部の奴らは現状維持を選択した。解決にかなり掛かると考えた結果なのか、当座凌ぎの選択なのかは判らん。まあ、中からじゃ仕方がないわな。だけどな、そうだとすると……もうタイムリミットな奴はいるんだ。俺みたいにな」
タイムリミット? どういうことだろう?
「……外部では現状維持を――言い方を変えたら、僕らを生存させるために何かしているはず。そういうこと? その……点滴?だとか、その手の類の?」
「そういうことだな。詳しく知りたかったら……あの『聖喪』の――リアルでは看護師だといってた姉さんに聞いてみるんだな。雑学以上の意味があるとも思えねぇが」
そっけない答えだったが、言われて気付いた。
万が一、この不具合がさらに数日――もしくはもっと長く続けば、現実の肉体は飲まず食わずとなる。何らかの対処が必要だ。何もしなければ、最悪の結果は餓死となる。
「いや、でもまだ一日ぐらいですよ? 確かに危機的状況なのかもしれませんが、そんな一日程度で――」
「タケル氏……もう一日なのでござる。個人差もあるでごさろうが……人は水分を摂らないと――最低でも四十八時間以内に給水しないと、生命の危機でござる」
その指摘は尤もだった。
人は水分を摂らないと死ぬ。数日先なんて未来より、タイムリミットはずっと手前にあった!
「た、確かにそろそろ四十八時間経過となりますが……でも、皆さんが仰ったんですよ? が、外部では俺達を生かす為の対策がされているはずって?」
「はぁ……坊主、少し落ち着け。お前がそんなんじゃ、おちおち死ねねえじゃねえか? その対策が当てにできそうもない。そういう奴もいるし、俺はそうなんだよ」
思わず泣き言のようになったのを、静かに諭された。
先生方を相手にすると、たまにこんな風になる。俺に甘えた気持ちがあるのだろうか?
それに「対策が当てにならない」とはどういうことだ?
さらにそれを聞いて「あっ……そうか……」と声を漏らす先生も居た。
「……こういうこと? 誰かが――僕らがゲームをしたままになっているのに気付いた誰かが居ないと、対策――点滴?やら何やらの手配はしてもらえない」
「そういうこったな。同居人でもいりゃ、まずは安心だ。一緒に住んでいる奴が居なくても……親しい友人や親戚――念のために電話確認でもしてくれば十分だな。仕事関係だって期待はできる。無断欠勤で様子を見にきた。それだけでチャンスになんだろ。地域にもよるだろうが、近所付き合いだって当てにはできる」
淡々と説明されたか……可能性として否定できない。
俺は家族と同居している。早ければ最初の夜に。遅くとも朝食の頃には、VRマシーンに入りっぱなしなのが発見されたことだろう。
だが、人によっては気付いてもらえない、少なくとも四十八時間以内は絶望ということも……ある?
「おい、おい……なんで坊主が絶望しているんだ? やばいのは俺なんだぞ? それに時間も無えんだ……どれくらい余裕あるのか判らねえからな。坊主へ説明している間に死んじまったら、どうすんだよ?」




