『不落の砦』――1
介入は警戒していないわけじゃなかった。
だが、いきなりの武力行使?
それも封鎖班の監視をすり抜けて?
そして『不落の砦』が?
疑問は尽きないが、いまは行動するべき時だ。
「誰か団長へ報告。それと封鎖班との情報共有と警戒レベルを引き上げさせろ。……敵に気がつかなかった理由も聞いとけ! カイ、先に俺に説明。そいつとの話は誰かと代わってもらえ」
矢継ぎ早に指示を飛ばす。
それで驚きと緊張で固まっていた皆もきびきびと動き出した。
「た、隊長? その……」
「なにやってんだ? 『錬金術』を続けるんだ。皆を裸で前線に送り込むつもりか? ……他の任務がある者は現状の作業継続!」
青い顔をして近寄ってきたハチを叱り飛ばす。それを見て、他のものも真剣な顔で作業に戻る。
とりあえずの現状確認が終わったのか、カイが近寄ってきて報告を始めた。
「『引き役』の一人が引いていた『ゴブリン』を全部食われました。相手は『不落』。確認できただけで三十人はいる模様です」
「三十人? 『引き役』の奴はリスタート中か?」
少なくとも三十人となると『不落』の奴らはギルド単位で動いていることになる。たまたま遭遇して起きたアクシデントの線は捨てた方が良さそうだ。
「いえ、PKはされてません。しかし、相手ははっきりと『不落』と名乗ってから、『ゴブリン』の処理に入ったようです。なにか色々と言われた様なのですが、『引き役』も動揺してて……」
明確な敵対行動をとったのに、PKはしなかった? 『不落』の奴らが?
PKなんぞギルド間抗争においては、挨拶程度にしかならない。むしろ、殺れるときに殺らなかったら侮られる可能性すらある。
また、『不落』の奴らにしたって、意味もなく不殺を掲げるような……お高くとまっているところは全くない。剣呑さでいえば俺達よりも上だ。
「そのPKをしなかったというのは……もう少し詳しくニュアンスを知りたいな。いまその『引き役』は『不落』の奴らと話をしているのか?」
「いえ、奴らは『ゴブリン』の処理が終わったあと、そのまま『ゴブリンの森』へ引きました。追跡は危険と判断し、帰還させている最中です。封鎖班の奴らを責めるのも――」
そこでカイは話を止めて、地面に何か描きはじめる。それは周辺の地図だった。紙などもプレイヤーが作らないと駄目なのだから、しばらくはメモ用紙にも事欠く有様なのは仕方がない。
『砦の街』があり、そこより北は大きな森が広がっている。直ぐ北の辺りが通称『ゴブリンの森』だ。そこに俺達が陣取っていて、封鎖班は南側――街と森との境界線だけを監視している。布陣場所全域を封鎖する人員なんて用意できないし、無駄だ。
そしてカイは俺達の布陣している辺りの西側から、俺達が居る方角へ向けて矢印を描いた。その矢印の真ん中辺りに大きくバッテンをつける。
「ここが介入のあった場所です。どうやら奴ら……西側から大きく迂回して回り込んできたようですね」
「うぇ……そりゃ、戦力を揃えれば『ゴブリン』を処理しながら移動できっけど……こりゃ、最初からやる気できてんな」
それにしては『引き役』を殺さなかったのが腑に落ちない。どういうことだろう?
「……ふむ。状況は理解した。相手は『不落』のお嬢さん方か。タケル大尉はどうするべきだと思うかね?」
いつのまにかやってきていたジェネラルに、意見を求められた。
さて、どうしたものか。
準備に手間取るかもしれないが、このまま抗争に突入しても戦力的には問題ない。
『不落の砦』も結束力のある侮れないギルドだが、総力戦なら人数が多い俺達の方が有利だ。さらにはレベル差も稼げているから磐石だろう。
だが、問題は三つある。
一つは現在進行中の作戦を放棄しなくてはならないことだ。
『不落』が諦めるまで撃退するしかないわけだが……その間に作戦継続はできないし、封鎖に回す余力も残らなくなる。作戦再開には多大な労力が要ることだろう。
もう一つが『不落』との関係が決定的に悪くなることだ。
これまでだって仲良くとは言い難い……どころか消極的な敵対関係に近い。だが、一度でも刃を交えれば決定的だ。確実にギルド間抗争へ発展する。
しかし、停戦の見えないギルド間抗争ほど救いの無いものはない。
停戦できなければどちらかが滅びる――ギルド解散まで追い込むか、追い込まれるかだ――まで続けるしかないからだ。
そして諦めない限り続けることができる。相手の心を折れなければ勝てないし、自分の心が折られなければ決して負けない。……終わりのない争いの開幕だ。
それだけは避けるべく、いつかは和睦……は無理でも、どこかで停戦に持ち込まねばならない。上手く戦うことより、終わらせることの方が大事だ。
しかし、『不落』相手に停戦というのが……リアルティのない絵空事にしか思えなかった。
向こうのギルドマスターにも、サブギルドマスターにも面識はあるが……絶対にあいつらは謝らないと思う。謝ったら負けと、堅く信じているんじゃないだろうか。
かといって、絶対に諦めもしないはずだ。それには賭けてもいい。奴らは何年懸かろうと熱心に抗争を続け、誰が相手だろうと勝利をもぎ取るに違いない。
『不落』相手にギルド間抗争なんて……良くて相手が実質的勝利の停戦、普通ならギルド解散か引退を検討したいところだ。
最後に心配なのが……うちの奴らが実力を発揮できるかどうか。
俺に言わせればほとんど狂犬同然だが……あれで『不落』は見目麗しい女性だけの集団だ。実際、なんで所属しているのか理解不能の美人だっている。
うちのメンバー達は女に甘い……どころか苦手にしている奴らばかりだ。下手したら相手のことを、まともに見ることすら出来ないんじゃないだろうか?
VRゲームでは男女平等どころか……見た目が女子供でも油断してはならない。
見た目がどうあろうと能力値やレベルが高ければ、それは侮りがたい相手だ。いや、むしろ小柄なままに怪力やタフさを持てる分だけ、メリットにすらなるかもしれない。この世界に非戦闘員なんて一人もいないのだ。
「……まず、相手と交渉しようかと思います。少し……相手の意図が不明瞭すぎるんですよね」
考え、考えにジェネラルに提案する。俺の読みが正しければ、相手は交渉に応じるはずだ。
「ふむ。交渉は……まあ良いだろう。相手は別に仮想敵でもなんでもないことだし。よし、交渉はタケルに任せよう。何か心積もりがあるのだろう? ある程度の裁量もだ。それより……決裂した場合はどうするね?」
「そのときは……『基本』に則って……どちらが強いかで決めるしかないでしょう。うちにだって下ろせない看板はあります」
さりげなく言ったつもりだったが、少し悪い顔になっていたかもしれない。
確かに『不落』は敵に回したくない相手だ。こちらに不安要素もある。
だが、結局は勝てばいい。それがMMOの一つの真実でもある。力の理論が罷り通るのがこの世界だ。可能なら抗争は避けたいが……絶対にじゃない。
俺の答えにジェネラルはニヤリと笑い、基本方針が決まった。




