帰還――3
「……少佐、いま大丈夫か?」
がっくりきていた俺に、そんな声が掛かる。誰かと思えば第三小隊のメンバーだった。
さり気なく相槌で返事をしたつもりだが……ぎこちなかったか? 引け目を感じている分だけ、態度に出たかもしれない。
「第三小隊のデイビット軍曹だ。……隊長『代理』をやらせてもらっている」
そんな自己紹介と共に、握手も求められた。
アレックスの影響なのか、何かと第三小隊はアメリカナイズされてる感じがする。そういうロールプレイを楽しんでいたのだろうか?
もごもごと返事をしながら、なんとか握手を返す。
「タケル少佐です。……できたら階級無しでも。気楽にしてください」
「改めて第三小隊を代表して感謝を。本当はうちの大将に挨拶させるんだが……あいつは鉄砲玉でな。まあ『代理』の俺で勘弁してくれ。チャーリーを救出してくれて、本当にありがとう」
嫌味などではなく、さっぱりした裏表の無い言葉に思えた。
だが、その心遣いが逆に辛い。デイビットの目は疲れと……悲しみが隠しきれてなかった。
「申し訳ない。判断ミスだった。早期に所在不明のメンバー捜索に乗り出していれば――」
「よしてくれ。そういう話をするつもりじゃないんだ。ごちゃごちゃと言いたくないが……タケル少佐の判断は――とにかく頑張ってくれていたのは、見てれば分かる」
とにかく謝ろうと思ったのに、逆に変な気を使われてしまう。
それに「判断ミス」と言ったのは、社交辞令でも慰めのつもりでもない。事実だ。
タイムスケジュール的に、アレックスは無理だったと思う。
異変が起きたと同時に救出部隊を編成しても、間に合わない。何もかもが起きる前に手を打たなければ駄目だっただろう。そんなのは神ならぬ人間には不可能だ。
しかし、ボブの方は介入できたかもしれない。かなり薄い可能性だが……俺が予想できていれば、打つ手はあった。
そんなのは結果論という人もいるだろう。
だが、全ての反省は結果論に過ぎない。……後悔もだ。
それに大袈裟に言うのであれば、アレックス達三人は生死不明者に分類できる。
ログインは確認できていた。それは簡単すぎるくらいだ。
各種メッセージは利用できなくなってしまっているが、個別メッセージ用の登録――プレイヤー名を調べればログインしているかどうかはすぐに判別できる。名前が明るければログイン中、暗ければそうじゃない。
ログインは確認できていて、不具合発生後に目撃されてなければ……生死不明と言うしかないだろう。
そのパターンは好き勝手に行動中と思ったが、アレックス達のような絶体絶命のピンチだった場合もある。そして……それを予想できなかったのは、俺の手落ちだろう。
「いまは生死不明者の捜索にも力を入れている。……いまさらで申し訳ないが、とにかく今後は――」
「よしてくれ。何度も言うが、責めているんじゃないんだ。ただ……そうだな、手が足りなかったら言ってくれ。俺達も捜索は手伝う。……他の事もな」
本当に俺への底意は無いようだったが……目は笑ってなかった。
『他の事』とは『犯人』探しのことであったり……その『対処』のことか?
俺ですら『キレて』しまいそうなほどだ。第三小隊のメンバーは比じゃないだろう。
万が一、何かやり過ぎてしまいそうになったら……俺は止められるだろうか?
いや、止めるべきなのだろうか?
「こんな隠れ家を持ってたんだな、タケル! ズル……くもないか。ほれ、おみやげもあるぞ。なんでも……何か持ち込むのがルールらしいからな。……大変だったな。手が足りなくなったら言ってくれ。いつでも駆けつける」
そんなことを言いながら、シドウさんが『詰め所』へとやってきた。
後半は俺へじゃなくて、デイビットにだ。励ますように手を肩に置いたりしてるし、シドウさんもある程度の復讐には賛成。そんなところだろうか?
「あれ? ここは初めてですか? まあ、宣伝するような部屋でもないですけど。……おみやげ? ルール? なんです、それ?」
「ふふ、凄いぞぅ! どうだ! 十徳バーベル! 良いだろう! もう、一目見て気に入ってな」
などと意味不明なことを言いながら、バーベルらしきものをドスンと机に放り投げる。なぜかバーベルには、ボールペンなどが突き出ている。……書き仕事をしながら筋肉鍛錬。そんなコンセプトか? 何度も言うようだが、ここは仮想空間なのだが……。
また『詰め所』に摩訶不思議なものが増え続ける理由も判明した。
初めて訪れるものが『ルール』と称して何か持ち込み続ければ……『詰め所』の混沌指数は一向に下がらない。誰が言い出したデマなんだ……ネリウムか。
「本部も凄い人口密度ですからね。多少は分かれていかないと。幹部会議ですか? ちょっと休んでただけなんで、すぐに団長のところへ――」
「その会議は延期だ。それを伝えに来た。このまま休んでいて良いぞ! ……タケルが一番に大変だったものな。幹部会議は明日の早朝に変更だ。……文句があるなら副団長にな」
「別に会議もできないほどへこたれちゃいませんが……時間ができたのは嬉しいですね。準備が――」
「朝までには完了するかと」
俺の見積もりに賛成するかのように、カイも口を挟む。
「タケルもカイも……少し働きすぎじゃないか? まあ、そのカイを呼び出しに来た人間の言う台詞でもないか」
苦笑いのシドウさんに窘められる。
しかし、仕事し過ぎと言われても……次から次へと用事ができてしまうのだから、俺たちに言っても駄目だ。厄介事を起こしている奴らに言って欲しい。
それにカイを呼びだす? 本部で何か起きているのだろうか?
「不明者の捜索をしたいのですが、先に誰が不明者なのか特定しておきたいですし……どこをどのように探すかも決めておかないと……」
「なんだ? 結局、狩りへ行くことにしたのか?」
「ですね。色々と問題があっても、回れる場所は回っていかないと。現状だと、厳選していかないと危険ですが」
シドウさんは腕組みで考え込んでいたが――
「なるほど。安全な狩場を中心と言うことか。それなら……『トロル』狩りなんてどうだ?」
なんて言い出した。……どういう意味だろう?
「えっ? 『トロル』とか……大型はダメージ倍付けじゃないですか!」
思わずそんなツッコミを入れてしまう。
調査チームの弛まぬ努力により、大型モンスターはこちらのダメージ半減、向こうのダメージは倍付けという予測されている。なんでそれが判明したかと言うと……まあ、例によって気の遠くなるようなデータ取りの成果だ。
「いや、確かに一撃々々大きいんだけどな、その分だけ数も出ないし、攻撃も大味になるだろ? これが意外とコントロールしやすくて――」
「狙うなら『ワイト』にしましょうよ! いまなら、どこのギルドも張り込んでないっすよね? 俺、まだ『ワイト』倒したことなくて――」
ツッコミを入れなおす隙すらなく、無茶なことを言い出す奴が増えた。まあ、リルフィーだ。
途中で話が止まったのは、例によってネリウムに頬っぺたを抓られたから。
そのネリウムもネリウムで、素早く奴の腕を両手で抱きかかえるようにしている。……そうしないと、いますぐにでも狩場へ走り出しそうな気がしたのだろう。
今日くらいは手放しで感謝しよう。そんな風に思っていた俺は如何すれば良いんだ? いつもながら絶妙なタイミングで……アレさを全開にしやがる。
「なんでボス待ちだとか、レベリング狩りの効率の話に! だいたい『ワイト』は荒野出現! あんな場所は遠くからでも調査できる!」
「タケルさんの発言も、ズレている気はします。とにかく! リーくんはもう少し慎重にならないと!」
「いやっ! でもっ! チャンスなんだよ! ……はい、反省してます。ごめんなさい。僕が悪かったです」
逆らうなど言う蛮勇を見せたリルフィーは、すぐに地金を見せた。……最初から諦めていれば楽なものを。




