帰還――1
『詰め所』に戻り、愛用の椅子へ身体を投げ出す。
……正直、疲れた。もうクタクタだ。
ジンからリークされた情報の通りに、『ゴブリンの森』の入り口辺りで『水曜同盟』の奴らが大騒ぎをしていた。初めて聞く名前だったが、いつ結成したのだろう?
そいつらと喧嘩をしている感じだった『自由の翼』ギルマスのクエンスもいた。揉め事の報を聞いたらしいメンバーも、続々と集まっていく。
全く事情が判ってなかったら、抗争勃発と勘違いしてもおかくしなかった。
そんな殺気立った奴らを相手に事情を聞き出す。合わせて交渉もだ。脅し、すかし、宥め……あらゆる手練手管を使って、先に交渉する権利を取り付ける。
それだけでかなりの時間を取られてしまったし、並々ならぬ困難ではあった。
元々、交渉だけで解決するのは俺の――『RSS騎士団』のスタイルじゃない。
俺は口先の魔術師みたいなイメージを持たれているが、それは違う。得意技は『ハメ』だし、決め技は『恫喝』だ。口車はそんなに得意な方じゃない。
何度も宣戦布告を叩きつけそうになったのは、内緒にしておいた方が良いだろうし……付き添ってくれたアリサにも感謝か。
実際にチャーリー上等兵は『ゴブリンの森』へ潜伏していたのだし、先の交渉権を得てなければ……後味の悪い結果になっていたかもしれない。
もしかしたら、そんなことすら感じ取れなくなっていた?
その可能性は否定できない。人間、生きているから色々なことを考えたりできる。死んだらそれまで……らしい。
やはり、我ながら危ない橋を渡っていた。
単純な算数なら、俺の行動は赤点も良いところだ。一人を救うのに、一人以上を危険に晒してはいけない。実に簡単な差引勘定。
実際にはチャーリーが独りっきりとは、まだ判ってなかった。『たった一人の為に、全団員が命懸けで参戦を覚悟した』は結果論とも言える。
……いや、違うか。
一人であろうと、ある程度の人数であろうと……全くそんな計算はしていなかった。それは『明確な落ち度』として認識しておくべきだ。次が――似たような状況が、再び起きないとも限らない。
今回は結果オーライな成り行き任せ。上手く言ったのは偶然だ。
『RSS騎士団』が取り返しのつかないダメージを負い、それでいながら……誰一人として助けられず、何一つ好転しなかった未来だってある。
参謀役を自認しているのであれば、もう少しシビアな選択肢も視野に入れねばならない。……最悪、全体の為に少数を捨てる判断を。
しかし、いざと言うとき、そんな決断が俺にできるだろうか?
そんな反省はあったが……不思議と後悔はしていない。
少なくとも俺は一人の仲間を救えた。
犠牲も出さずに済んだ。間に合わなかったアレックスとボブには申し訳ないが、俺が関与できるところからはそうだといえる。
それに皆も助けてくれた。
ワンフォアオール、オールフォアワン――それは美しいだけの絵空事なんだろうが……それができる間は、わざわざ捻くれた答えを用意しなくても良い気がする。
いや、それに酔っ払ってはいけないのだろう。
それに体裁が悪くて、誰にも言えやしないが……嬉しかったのも、まあ事実だ。
色んな感慨を胸に、俺は心安らかに休息を……していなかった。
できる訳がない。それは無理と言うものだ。
何よりも騒がしい。騒がしいというか、うるさいくらいだ。
そして『詰め所』の人口密度は、例によって酷い。昨晩の比じゃなかった。
端的に理由を言うのであれば、昨日より追加でチャーリーと第三小隊の仲間達、それと何故か遠慮のなくなってきた『HT部隊』の面々が増えたからだ。
さらに情報部の奴らも、無意味に『詰め所』で騒いでいる気がする。いまお前らがやっている作業……ホントにここでやらなきゃいけない事なのか? しかも、いま?
なんていうか……台無しだ!
ここは一仕事やり遂げた気分の俺が、一人静かにコーヒーでも啜りながら「ふふっ……俺にしては、まあ……上手くやれた方かな」なんて独り言ちたりするシーンだろう!
なんだってこんな、まるで祭りの前日のような騒がしさになっちまったんだ?
そんな俺の気持ちを推し量ったのか、アリサがコーヒーを持ってきてくれた。
……たぶんへの字ぐちになっていただろうし、もの言いたげな半目になっていたと思う。付き合いも長くなり始め、アリサに隠し事は難しくなってきている。
「お疲れ様です、タケルさん」
そんな風にアリサは言うが……色々と棚上げしていたことがある。
「……アリサ、隊長だったんだな」
「え、ええっ! まぁっ! そのっ……ざ、雑用係みたいな感じで!」
珍しくばつの悪そうな感じでアリサは答える。
いかん、これでは責めているみたいだ。
実際、そんなつもりはなかった。アリサが多少の秘密を俺に持っていようと、それをとやかく言う権利など無いのだ。……なんだがムニュムニュした気持ちにはなるが、とにかくそれで正しい。
「い、いやっ! せ、責めているんじゃないだぜ? ほんとだぜ?」
……最悪だ。声が軽く裏返った。
「わ、私も……その……言おう、言おうと思っているうちに……」
「本当に気にしてないから! アリサが隊長だとか、びっくりしただけだから!」
なんだろう、この……話せば話すほど泥沼にはまり込んでいく感じ。
アリサは困ってしまっているし、俺も困ってしまっている。どうすりゃ良いんだ?
「なあ? 若旦那って……やっぱりヘタr――」
「しっ! 姉御はそれが良いのかもしれないんだから!」
『HT部隊』の面子に至っては、聞こえるように噂話をしだす始末だ。
彼女達にも色々と言いたい事はある!
それも数多くあるが……とにかく何を思っていても構わないから、聞こえるように噂話をするのだけは勘弁してもらいたい!
……いや、聞こえない場所で話されたら、それは陰口になるのか?
だが、この危機を脱するヒントにはなった。長らくの謎も解けたことだし、それを話題に変えてみる。
「あれだ。アリサが『姉御』って呼ばれている訳が解ったぜ! アリサは隊長だったから、符丁として『姉御』だったんだな」
団長だから『大旦那』。俺のような幹部団員は『若旦那』。部隊のリーダーであるアリサは『姉御』。シリーズとして統一性は取れている。謎は解けてみれば他愛もない。そう思っての発言だったのだが――
「えっ?」
と聞き返された。その場に居る全員にだ。
このざわざわした部屋が、なんで静まり返っちゃうんだ?
いや、その前に……全員で俺とアリサの会話に聞き耳を立てていたのか?
色々とおかしいだろ!




