衝突の開始――9
「うん、僕の読んだのも、そんな感じだった。となると……長引いても三週間ぐらいまでに。最悪でも五週間以内に、全員がリアルへ戻らないと……別の問題が発生しそうだね」
「まあ、いまのは何の手当てもしなかった場合です。専門医が専用の医療器具を使えば、多少はマシになりますが……それでも筋力低下が緩やかになる程度ですね」
……医療器具?
もしかして……シドウさんに薦められて購入した、電極の刺激で筋力トレーニングをする器具のことだろうか?
確かにあれは、多少の筋力増加の役には立っていた。今回ログインしたときも、マニュアル片手に腹筋にセットしてある。
……こんなに長時間の使用をしたことがないが、大丈夫だろうか?
それに、あの器具で鍛えられるのは腹筋だけだ。
いや、どこであろうと衰えない箇所があるのは喜ばしいが……腹筋だけムキムキに逞しく割れていて、手足は病的にやせ衰えた自分を想像してしまった。逆に身体に悪い気すらしてくる。
誰かが適切な知識を元に、器具の装備部位を定期的に変えないと駄目か?
だいたいが現実での俺の身体は、どうなっているんだろう?
馬鹿なことを考え出してしまった俺を、カイの発言が引き戻した。
「タイムリミットがあるのは、何となく理解できましたが……だからといって、我々に何かできることがあるとも思えません。何かあるのでしょうか?」
……カイの言う通りだ。
問題は、このゲームの中で俺達が何をするべきか。大事なのはそれだし、そう考えるのが現実的だ。……ここは仮想空間ではあるが。
「いや、ほら……もう、これは自明の理じゃないかな?」
「そうっす! かなり判り易い状況ですよ!」
なぜかミルディンさんとリルフィーが、意気投合しやがった。
悪い予感しかしない。全員が唖然とする発言をするに決まっていた。賭けてもいい。
「これは『デスゲーム』でしょ!」
示し合わせたはずもないのに、二人の声は見事にハモっていた。
さすがに事情は考慮しているのか、嬉しそうにはしてないが……隠し切れてもいない。少なくともリルフィーの奴はそうだ。付き合いの長い俺には判る。
いや、ここは……深刻な事態だから、楽しくなってきてもはしゃぐのは止そう。そんな風に奴が思った――成長を喜ぶべきか?
しかし、爆弾発言をした二人以外は、押し黙ってしまった。
念の為に言うのであれば、誰もが同じことは思い付いている。世紀の大発見でもなければ、車輪の再発明ですらない。
……人前で発表するのは、気が引けただけだ。
確かに可能性はある。頓痴気な意見でもない。むしろ、きちんと検討しておくべきことでもある。
しかし……『デスゲーム』?
となると……誰か『主催者』がいて、何らかのクリア条件が存在することになる。
……本気か?
思うことは色々とあるが……MMOで『デスゲーム』ほど、間違っていることはない。
その参加者に――これが『デスゲーム』だとしてだが――なって、初めて解った。
一般的なMMOで『デスゲーム』は成立しない。それが言い過ぎであれば……普通の『デスゲーム』には、絶対にならないはずだ。
「いや、いきなり『デスゲーム』なんて……そんな……無茶な……」
さすがのジンも、反論にキレが全く無い。
……もしかしてリルフィーが口論で奴に勝ったのは、初めてじゃなかろうか?
だが、気持ちは解らないでもない。『デスゲーム』だとすると、いくつか厄介な点がある。
「うーん……まあ……そっち方向の検討も……するべき……なんだろうなぁ?」
進行役のクルーラさんも、腕組みをして唸りだしてしまう。
「何を悩んでいるの? 『デスゲーム』だよ、『デスゲーム』! 説明は要らないよね? 誰かが――『主催者』が、僕達をゲームの世界に閉じ込めたんだよ!」
「……で、その『主催者』ってのは誰だよ? それに……テンプレートな『デスゲーム』なら、なにか……開会宣言みたいのがあるだろうが?」
皆の反応に気を悪くしたのか、ミルディンさんが主張を続けるが……すぐに先生方にツッコまれてしまう。
俺達は『主催者』らしき存在に心当たりが無い。
さらに『主催者』が実在したとして……何のコンタクトも無かった。
「一応、訊いときたいんだけど……誰か『主催者』を知っていたり、宣言か何かを聞いた人はいますか?」
クルーラさんの質問は、沈黙でもって応えられる。
「い、いやっ! その……『主催者』?とかいうのが居ないパターンなんですよ、きっと! だから俺達はそっちは気にしないで……ラスボスを倒して自由になる。それで万々歳っす!」
「お前にしちゃ、だいぶマシな考えだが……どこにラスボスが居るんだよ?」
「いや、それは……その……『主催者』?とかいうのが、こっそり、どこかへ……」
リルフィーの勢いも、俺の単純なツッコミで止まる。
これがMMOで『デスゲーム』が成立しないと思った理由だ。基本的にMMOには、終わりが存在しない。
典型的なオフラインRPGなら、その世界のどこかに魔王か何かが居て、そいつを倒せば平和になる。主人公達の冒険の旅も終わりだ。だから『ラスト』ボスで、ラスボスと呼ばれる。
しかし、MMOにラスボスに当たるモンスターは居ない。
稀にラスボスに相当するモンスターを、実装している例はある。しかし、それは少数派だし、そのラスボスにしても……倒したところで世界は全く変わらない。
そもそもMMOは『世界を楽しむゲーム』であるから、世界を終了させるスイッチを付ける理由が無いのだ。
終わらないゲームを――クリアできないゲームをクリアしたら、助けてやろう。
そんなことを言われても困るだけだ。
さらに……まだ議論の場に出ていない、『一般的なデスゲームの解』。それだと一大事だし、検討が始まるだけでも危うい。できることなら、話し合うことすら拒否したい気分だ。
「しかし、リーくんの――リルフィーさんの発言も、間違いではないと思いますよ?」
ネリウムの発言は庇うつもり……でもなさそうだった。
これが内緒に開始された『デスゲーム』で、クリア条件はこっそり追加されたラスボス。やや、想像力が豊かすぎる感はあるが……完全否定もできない。
「そうなんだよね……僕らはこの……うーん……不具合?異変?事件?が起きてから、全ての変化を調査したとは言い難いもの」
「それはそうですね。となると……デ、『デスゲーム』の可能性も視野に入れつつ、世界の調査。それが『やるべきこと』でしょうか?」
「……でもタケル様の仰った、街へ引き篭もりプランも一理はあると思いますわ。街の調査から徐々に、安全な場所から埋めていく方法――」
カイやリリーが検討を続けていたが……それよりも気になることがあった。
ジンへ誰かが報告――まあ、『RSS騎士団』の感覚では伝令だ――にきている。
それそのものは不思議なところは無い。奴も色々と忙しい身ではあるだろうし、『自由の翼』も何か活動をしているはずだ。むしろ連絡があって当たり前ですらある。
ただ、例によって訓練を受けていない『自由の翼』のメンバーは、報告の内容がだだ漏れになっていた。切れぎれに聞こえてしまう。
「『ゴブリンの森』で――」だとか「このままじゃ森狩りに――」、「『水曜同盟』とかいうのが――」なんて感じだ。
やけに慌てているし、荒事か?
なにより気になったのは……『RSS騎士団』の名前が何度か出たことだ。俺達も関係したことか?
「すいません! まだ話し合いの途中やけど……わいらは、お暇させてもらいます。急用ができましたんや」
会話をぶった切るような大声でジンが宣言した。
呼応するように『自由の翼』のメンバーも、全員が席を立つ。やはり、何かあったのか?
ただ、なぜか無表情なジンの奴に睨まれる。
「うちのギルマスが……なんでか『ゴブリンの森』で揉め事に巻き込まれとる。細かいことは判らんが、有志が集まって……なぜか森狩りをするそうや。狙いはたぶん、タケル……あんさんのとこのメンバーやで? タケル、すぐに動き出した方がよろしいわ」




