衝突の開始――8
「隊長、俺達だって余裕でもないです。このまま待機を続けても、二週間は持たせられます。……狩りへ行かないのなら、収入が途絶えますからね。まあ、必要経費も掛からない訳ですが」
唐突にハチが、そんな説明をしだした。……珍しく真面目なモードだ。
その見積もりに納得顔も多かったから、標準的なプレイヤーは似たような状況か?
……リルフィーのように青い顔もいるが。
奴は多方面から借金をしていたはずだから、手持ちの現金は少ないはずだ。
ある程度の資産があるのと、現金を持っているのは意味が違う。解り易く言うのであれば……リルフィー自慢の剣や鎧も、食べることはできない。
似たような境遇の者は多いはずだ。
突発的なイベントなどで、現金や特定のアイテムの持ち合わせが無くて困る。そんなシチュエーションは稀にあるが……今回のは同じと言えない。
イベントのように事前の告知もなかった。これも自己責任と言うのは、少し厳しすぎる気はする。
「リーくん、大丈夫です! 最悪、パンと塩水で生き延びれば! そのくらいなら私でも支えきれますし、お付き合いもいたします!」
「うへぇ……パンと塩水だけの日々は、もう嫌だよう……」
ネリウムが頓珍漢なことを言って、リルフィーを励ます。
……もの凄く嬉しそうだし、艶々した表情だ。
さらにリルフィーの経験者としての感想。……体験済みなのか? なんで? 西洋では定番な……日本の『晩御飯抜き』などに相当する『おしおき』なはずだが……まさかな。
そんな二人には付き合わず、ハチは発言を続けた。
「最悪……確実に換金できるアイテムを処分して、もう一週間の延長。……その頃には装備品なんぞ、十把一絡げの叩き売りでしょうし。かなり初期の段階に、ある種の統制をかけたとしても……さらに一週間といったところですかね?」
「いや、当座の活動資金が尽きたらまずい。最悪でも一週間後までには、何かしら考えないと――って、いまはうちの会議じゃないんだぞ? こんな話は後でにしろ!」
「そうですか? 俺はちょうど良い場だと思いましたよ? いまの計算は、騎士団が持つ全ての財源を当てにしてます。もちろん……金融収入もです」
だからどうした、とにかく黙っててくれ。そう怒鳴り返す寸前、思いとどまることができた。
……金融収入?
その観点でいえば『RSS騎士団』は、この場のギルドほとんどに――『不落の砦』以外の全てに貸付をしている。細かくは担当の団員に任せっぱなしだったが……週単位で返済してもらっていたはずだ。
「その収入も当てにするのか?」とハチは言っていたのか! ……相変わらず回りくどいことを。
意図に気付いたのは俺とカイ、ジン、リリーくらいか?
この手の抜け駆けというか、スタンドプレーじみたことの嫌いなカイの顔が曇る。
……なんで同じギルド内で仲良くしてくれないんだ? 二人が仲良く協力してくれれば、俺はとても楽ができそうなのに。
そしてリリーも素早く発言を被せてくる。
「もちろん、私共『不落の砦』は、全ての債権を保留いたします。このような折ですものね、タケル様?」
まあ、理解はできる。
こっちも保留するから、そちらも保留するべき。判りやすく、公平にもみえる意見だ。
だが、言われるまでもなく、『不落』は返済を待つつもりだったろう。俺達にも歩調を合わせさせれば、『聖喪』の負担をさらに軽減できる。
リリーお得意の『筋は通っているが、得をするのはあっちだけ』な陰謀だ。暇すぎてオヤツでも欲しくなったのか? 苦笑いしか出そうもない。
「あー、解った、解った。とりあえず……事態が落ち着くまで、返済は凍結でいい。そこまで……なんだ……厳しくいくつもりはないんだ。これで良いな? だいたい、そんな四週間も先のことを考えても無駄だろう」
リリーは物足りなさそうな顔をしているし、ハチの野郎に至っては……信じられないものを見た顔をしていやがる。
わざとらしい奴だ!
俺が期待ハズレというのであれば、最初からこの場で言わなきゃ良い。俺は借金の問題に気付いてもいなかったのだから。
どうせこの結果は、奴の目論見通りなのだろう。
「そうしてくれると助かるけど……良いの、タケル君?」
「構いませんよ。これも全方面と停戦の一環ですから」
リシアさんの感謝が、唯一の救いか。
「ありがとう、タケル君。僕らも助かるよ。でも、さっき言ってた……四週間先のことを考えてもってのは、違うかもしれないんだ」
クルーラさんも謝意を表しつつ、脱線からを戻してくれた。
「なぜです? 四週間も経てば……誰かしら、何とかしてくれると思いますよ?」
甚だ他人任せなことを言ってしまったが、四週間もあれば事態は解決するはずだ。いや、もっと短い時間で済むだろう。
「うん、僕もそう思うよ。でも、なんて言うのかな……逆なんだよね。最低最悪の予想が――今回の件には、タイムリミットがあるはずなんだ」
「やっぱりあるんでっか? その……わいらの現実の身体の限界――連続ログイン時間についてでっしゃろ?」
合いの手のごとく、ジンが続きを促す。
お前だけ感謝の言葉がないな! べつに不倶戴天の敵とまでは言わないが、奴に親切にしてやったと思うと……それだけで微妙な気分になってしまう。
そんな俺を気にすることもなく、クルーラさんは話し合いを進めた。
「うん。ちょっと専門じゃないから判らないんだけど……VRマシーンは連続して使用――少なくとも日単位とか、週単位ではまずいんだ。簡単に言うと、僕らの現実での身体は寝ているだけでしょ? そうなると筋力の低下が……細かい数字は判らないんだけど――」
説明に苦労するクルーラさんを救うように、一人の女性の手が挙がる。
「あの、良いですか? 『聖喪』のシムスです。リアルで看護師をしています。その……寝たきりになった患者さんのデータで良ければ、大まかな数字は教えられますけど?」
いつもの『聖喪』の姉さん方のお一人だった。
俺のような学生でもない限り、社会人の方は何かしらの職を持っている。それこそ多種多様な業種となるだろう。だから、看護師さんがいたっておかしくはない。
しかし、親しい人のリアルを聞くのは、少し照れ臭かった。
やはり連想してしまう。普段はお茶らけてる姉さん方ではあるが……職場ではキリリと凛々しいのかもしれない。看護師さんだ。そうズレたイメージでもないだろう。
……このゲームを始めて以来、心の中にあった女性像というものを、常に壊され続けている気がする。俺に女性が解る日は来るんだろうか?
「あ、助かります。ざっとで良いので、教えてくだされば――」
「了解しました。それでは……寝たきりになった場合、およそ一週間で筋力は二割ほど低下します。二週間を越えた辺りで四割弱、三週間を過ぎると七割弱、四週間以上となると九割近くです」
その数値には、その場の全員が衝撃を受けていた。
寝たきりでは筋力が落ちる。それは知っていた。しかし、そのスピードは素人の予想を超えている。
「以降も低下は続きますが、細かい数値までは――すいません、資格試験のときに勉強したっきりなもので。さらにいうのなら……四週間の寝たきりで、日常へ復帰するのに六ヶ月のリハビリが相場ですね。……少なくとも、私が読んだ教科書ではそうなってました」
……クルーラさんは正しかった。いや、俺も正しかったのか?
四週間先のことを考えても仕方がない。なにかするのであれば、もっと手前で……もっと早くに解決できるよう働きかけなければ駄目だ。
でも、どうやって? 何をすれば良い?




