衝突の開始――7
『どうするべきか』……そんなことを話し合う必要があるのだろうか?
「あの……『どうするべき』も何も……こんなときは何もしないのがベストなんじゃ? とりあえず俺達は、特に何かするつもりはない――というか、街でジッとしているつもりですよ?」
思わず、強く否定的な意見から始めてしまった。
この手法では歓迎されないはずだ。最初から結論。そのうえ反論もしにくい。しかし、百年考えても同じ帰結だと俺は思う。
だが、苦々しげな顔のジンに、即座に否定された。
「そりゃそうや。そりゃそうやけど、そうやないんや、タケル『くん』」
「なんでだよ? お前だって同じ判断をするはずだ。いま大きなリスクを冒して、街の外へ出る理由なんて全くない。それとも何か? 『自由の翼』じゃ、ギルドハントか何かを企画しているのか?」
「まさしくその通りや。わいのところは、いくつかギルドハントを考えとる」
……ジンの野郎、何を言っているんだ?
しかし、売り言葉に買い言葉でも無さそうだった。俺への敵意や対抗心などより……純粋に困っている感じを受ける。
「おい、小僧ども! 議論は構わねえが、喧嘩なら他所でやんな! 周りを見てみろ、女の子達が怖がってんだろうが!」
「でも、タケル君の言うのも道理だよ? なんだって『自由の翼』は、狩りなんて企画してるの?」
先生方が叱責しつつも、議事進行してくれた。
失敗を自覚できていただけに、助かる。仰る通り、これじゃ喧嘩だ。議論にならない。
「すいません、ちと声が大きゅうなってしまって……単にギルド事情の問題なんですわ。例えば……うちには初心者――それも一レベルの者すらおります」
「それはうちもよ? さすがに一レベルの子は居ないけど、秋ちゃんのところも同じじゃない?」
リシアさんが不思議そうに補足を求める。
それに的を射た質問だ。初心者が居るから、何だというのだろう?
「いや、考えてみて欲しいんやけど……一レベルでっせ? 一レベル――それも『魔法使い』で『体力』に全く振っていないとかは……もう最悪ですわ。もうほんのちょっとした事故で……それこそ『格闘術』の誤爆だとか、高いところから転ぶとかで死んでまう」
言ってて情けない気分になったのだろう。ジンはやや憮然とした顔だった。
しかし、主張は正しい。
俺のように『格闘術』を習得、しかも『腕力』重視の火力型――その上、クリティカルまで考えると……素手の攻撃でも、一撃即死があり得る。
「……俺が悪かった。まあ、程度問題だろうけど……あまりに低いHPのままじゃ、街にいるだけで危険かもな。ただ、そんなの誰かに護衛でも付けて、適当に『スライム』でも狩らせた方が良いんじゃないか?」
初心者のことを考えるだとか、気持ちを理解するだとかは……全く馴染みが無くなっていた。
そもそも『RSS騎士団』に、初心者は在籍していない。新規メンバーも団員の紹介やスカウトによる。メンバーは高レベル揃い、少なくとも二桁レベルだ。
レベリングが遅れ気味の俺ですら、もうすぐ二十レベルに到達するし……トップのシドウさんに至っては、それより数レベルは高い。
……こんな不具合だ。レベルが低すぎるプレイヤーは、さぞかし難儀してるだろう。
それに奴を悩ましている初心者とは……昨日、俺が押し付けた形になった人か?
「いやいや……タケルさん? 一レベルっすよ? そんなに気を使わなくても平気っすよ! 五レベルになるまで死亡ペナルティは無いんだから――」
「リ、リルフィーさん? 経験点が減らなくても、現状だと死亡したら大変なことに……」
頓珍漢なことを言うリルフィーに、思わずと言った様子でカイがツッコミを入れる。
……分担制か! そういうのも良いな! それなら絶え間なくボケ続ける奴が相手でも、ツッコミ勢の負担は軽減できる。
ただ、ゲーム的にリルフィーの主張は間違っていない。
普段なら五レベルになるまで死亡ペナルティが無い。相手のネットゲーム慣れにもよるが、この時期にわざと死亡させるのも……育成方法の一つではある。
結局、死なないギリギリだとか、これ以上は危険なラインなんてものは……死んで体得するしかないからだ。
死にすぎる奴はMMOで下手糞とされるが、全く死ななかった奴も問題がある。
かっこつけて言うのであれば……まったく死線を潜り抜けていない。それはゲームでの話だろうと、限界ギリギリの修羅場で差が出てきてしまう。
その辺りはゲームデザイナー側でも考慮していて、五レベルまで死亡ペナルティなしの配慮なのだが……不具合の最中では、それを活用することもできない。
しばらく死亡を前提とした作戦やセオリーは、控える他ないのだが――
「あ、そうか!」
「お姉さまっ!」
などという秋桜の納得した声と、窘めるリリーの叱責が聞こえた。
……大丈夫なのか、『不落の砦』は? まあ、何とかなるんだろう。秋桜はともかく、リリーがついていることだし。
「それと似たような理由で……根本的には、個人の責任なんやろうけど……手元が不十分の奴もおる。アホな奴に至っては、今日の飯代にも事欠く有様――というか、すでに借金生活突入や」
あり得る話だった。
これだけの人数のプレイヤーが居れば、一人や二人は破産同然だったり、たまたま金貨の備蓄がない瞬間だったりも考えられる。
見れば秋桜やリシアさんも軽く肯いていたから、似たようなメンバーは居たのだろう。
「明け方、墓地の方まで足を伸ばしたのですが……街周辺は凄い混雑でした。『スライム』種の取り合いといいますか……ポップ待ち状態といいますか。かなり殺伐としておりましたね」
「ネ、ネリー? ひ、独りで危ないところ行っちゃ……だ、駄目だよ?」
ネリウムの情報提供に、珍しくリルフィーがビックリしていた。
……まあ、誰だって驚くか。寝ている間にご主人様が勝手に冒険へ行っていたら、どんなにぐうたらな下僕だって心配するだろう。
そんなことを考えつつ、アリサを見てみれば……困ったような愛想笑いを返してくる。
……アリサやその同僚がついて行ったのだろうから、そこまで心配しなくても平気か? まあ、あとで軽く注意はしておくとしても。
しかし、『ポップ待ち状態』というの方は芳しくなかった。
ジンがいうように手元が不十分な――貧乏な奴らは、すでに狩りをしないと駄目な状況なのだろう。
必須ではないとはいえ、このままゲーム内で飲まず食わずというのはゾッとしない。
そこで最もリスクの少ない『スライム』狩りをしているが……その人数が多すぎて、ポップ待ち状態――出現と同時に倒す形になっているのだろう。
「それはわいも聞いてますわ。ちょっと『スライム』狩りへ参入は可哀想やし、効率も悪すぎでっしゃろ? いまはギルド総力を挙げての『ゴブリンの森』ギルドハントを考えてますわ」
狙いは透けて見えていた。
俺でも同じような選択をする。街から近いし、事故の確率も低い。それなりに見入りもあるし、初心者を守りながらでも進める。
なによりレアドロップで『翼の護符』が欲しいのだろう。
こんな危険な状況――決して死ねない状況なら、ギルドメンバー全員に『翼の護符』を持たせてやりたい。いや、すぐにでも手配するべきだ。
しかし、『RSS騎士団』ですら、備蓄はギリギリ配給できるかどうか。
一般的なギルドやプレイヤー集団では、全員に持たせるのは難しいはずだ。それでも、とにかく、まずはドロップさせて現品を確保するしかない。
それには一番難易度の低い『ゴブリンの森』がベストではある。
ただ、ノンポリとはいえ、この世界で最大手ギルドの一つが……総力を挙げて『ゴブリンの森』ギルドハントか。
安全策の結果なのだろうが、なんというか……純粋に悲しくなってしまった。




