衝突の開始――6
「お前にしては良いアイデアだ。よし、それじゃあ俺が実験台になるから、お前のプランを試してみてくれ」
「タ、タケルさんに褒められた! でも、良いんですか? 切断したらどうなるのか、まだ判らないのに……うん? どうやってタケルさんを――現実のタケルさんを、VRマシーンから出せばいいんだろう?」
やっと構造的欠陥に思い当たったらしい。
リルフィーが言ったのは、古典的な『缶詰の中の缶きり』だ。缶詰を開けたければ、缶きりを使えばいい。ただし、缶きりは缶詰の中にある。
それに先ほど漠然と感じた不安が、現実味を帯びてきた。
いまでこそリルフィーの奴は、ネリウムの下僕なんぞを務めているが……遠くない将来、飽きて捨てられてしまうに違いない。なんせ奴のことだ。その予想は難しくもなんともない。
そしてリルフィーは以前のぼっちに戻る。
天才的ではあるものの……しょせんはVRMMOという実用的じゃない才能のコイツと、半永久的な腐れ縁が続くのだ。目の前のミルディンさんと先生方のように!
そんな馬鹿なとは思うが、十分にあり得る。
前は『最終幻想VRオンライン』でつるんでいたし、このゲームでも何かと一緒に行動している。そしてこの不具合。これがいつまで続くかも判らないし、解決した後も腐れ縁が断ち切れるか知れたものじゃない。
……でも、意外と大丈夫なのか?
大失態をしたはずの下僕――リルフィーを温かい目で、愛でるように眺めるネリウムがいた。奴のどこを気に入ったのか知らないが……蓼食う虫も好き好きとはいう。案外、二人の力関係は――天変地異でもあれば――リルフィーの方が上かもしれないし。
「僕もその辺は疑問だったんだよね。リルフィー君のアイデアは乱暴だし、けっこう危険でもある。でも、現実で誰かかそれをしてくれれば、僕らは現実に戻る――ログアウトができるはずなんだ」
まさかのミルディンさんによる掘り下げで、意義のある発言になった。
……意外な展開に、リルフィー自身も驚いているようだ。
「あまりわいらに関係ないと思うんやけど……危険なんでっか? 確か……別にVRマシーンから叩き出されても、なんの問題もあらへんかったような?」
ジンが合いの手のような、雑談のような……半端な感じで質問をしていた。
……まあ、ある意味で雑談だ。それが理解できたところで、現状の打破に何の貢献もしなかった。どのみちVRの中の俺たちに、現実世界の肉体を蹴り飛ばす手段は無い。
「家庭用VRマシーンが普及する前は、そんなことしたら大惨事だったらしいよ? というか……そういう乱暴な方法をしても大丈夫になったから、家庭用マシーンが販売開始されたというべきかな。リルフィー君の方法をやろうとすると……VRマシーンの方で感知して、自動的に緊急の強制終了を開始して――」
「ミルディン君、その辺でいいよ。あまり技術的なことは……あとで技術関係に詳しい人だけで集まって貰うから」
説明に熱中してきたミルディンさんを、やや呆れた感じのクルーラさんが途中で遮る。
「そうするべきですわね。リルフィー様の仰ったことは、技術に詳しい方には興味深いかもしれませんが……結局、私共には試しようがありません」
「そうか? 俺は逆に、新しい問題が発覚したと思うぜ? 誰でも思いつくような方法――VRマシーンから蹴りだす手があるのに、外では試されてない。なぜそれが判るかっていうと、明らかに切断者が少ないからだ」
結論付けようとしたリリーを止めた。
リルフィーが感謝の気持ちで俺を見たが、そんな意図は無い。
流して良いようなことじゃないと思ったからだ。だいたいが話し合いなんぞ、勝ち負けや得点制でもないだろうに。
「タケル君の言う通りかも。普通は同居の家族が、最初に異常に気付くわよね。誰もが、のんびりゲームしてて良い訳じゃないのだし。恥ずかしい話だけど……うちの家族はやるわ、リルフィー君が言ったようなこと」
少し照れながら、リシアさんも賛同してくれた。
まあ、突き詰めると……この不具合の深刻さが一段階上がっただけともいえる。
「その辺の予想は、間違っているとは思えへん。けど、そないなると……メッセンジャーの安否が気になるわ」
ジンは賛同しつつも、話題を変えてきた。
まあ、いまは掘り下げる時じゃないし、掘り下げて新しく情報を発見できるとも思えない。しかし、メッセンジャー?
「メッセンジャーってなんだよ?」
「いや、それは……現実世界へメッセージを届けに……その……試しに死んでみた奴のことや」
なるほど。どこのギルドも似たような結論に達していたのか。
死んだらどうなるのか判らないのなら、死なない。それが普通の結論だろう。
大方、ジンの奴は……人数を少なくする為の方便として、『メッセンジャー』という役目をでっち上げたのだ。うちだって、ほとんど同じといえる。
「うへぇ……リリーの言う通りにして良かった。やっぱり死んだところで、何も解決しないのかなぁ……」
秋桜はそんな感想を漏らした。
となると、リリーは――『不落の砦』では自殺を禁じたのか。その選択もありだと思うし、興味深く感じる。
ただ、無駄死にの可能性があるのは、耳に――心に痛い。
俺はもっと真剣になって、自殺を止めるべきだったんじゃないのか?
もうゲームではないのかもしれない。
生命か、それに近い何かを、危険に晒している可能性がある。僅かなリスクですら冒すべきじゃないし、軽視するべきでもなかった。
「まあ、あれだ……外へ行こうとした奴らがどうなったのかは、俺達じゃ判らねえ。外の奴らが何しているのかもな。とりあえずは……切断もあり得る。リルフィーの坊主が言ったような場合もあるだろうが……基本的には、もっと普通の理由――長時間の停電とか、通信経路の物理的切断とかの、今までにもあった理由と頻度で――」
なぜかそこで、先生は話すのを途中で止めてしまった。
「どうしたの?」
「いや、外の――現実の話をしてたら、洗濯物を干しっぱなしだったのを思い出してよ! すまねぇな!」
訳を問われても、そんな適当なことを言って豪快に笑われる。
……どうしたのだろう? なんだか変だ。
先生の言い訳を冗談か何かに思った者は、つられて笑っていた。似たようなことを連想した者は、なにか小声で「あ、俺も――」だの「そういやエアコンが――」だのと言っている。
ただ、不審そうな顔になっていたのか、先生はそんな俺を認めると――
「目敏いな、坊主。いや、詰まらねえことを閃いちまっただけなんだ。……まあ、後で話があるから、俺んとこへ顔を出せ」
と小声で囁くように仰った。
……どういうことだろう? 意味が解らない。
「まあ、切断については、中にいる間に深く考えてもね。死亡も……できればしない方が良い。そんなところかな? それで進めていいね? 他に何か情報がある人はいませんか?」
考えこんでしまいそうだった俺を、クルーラさんが引き戻してくれた。
後で来いと言われたんだから、素直に後で行けば良い。いまは、この――ブレインストーミングとかいうのに集中だ。
しかし、もう出尽くしてしまったのか、発言者が絶えてしまった。
「うーん……じゃあ、『何が起きているのか』のフェーズは終わりで良いかな? 終わりで良いんだよね? 反対の人いる? ……いや、違うな。とりあえず先へ進めるけど、いつでも思い出した『何が起きているのか』の発言はしても良い……これで正着だったよね?」
なんだか不安させられる感じだったが、クルーラさんは必死に進行役を務めてくださっている。手順が判っていれば、俺が代わっても良かったのだが。
似たような気持ちだったのか、ミルディンさんも補足される。
「まあ、良いんじゃない? 次へ進むとなると……『どうするべきか』かな。今後の方針と言うか、やるべきこととか……注意するべきことだね」




