衝突の開始――4
「そういうことでしたら……『死亡リスタートができない』などもですね。――隊長、議事録を取りますか?」
カイは問題なく流れについていけてるようだった。おかげで少し余裕もできる。
やはり、ジンとリリーに油断はできない。ブレインストーミングに何の疑問も無く参加してやがる。頭の回転で勝てる気がしなかった。
しかし、こっちにも同じぐらい賢いカイがいる。奴を前面に押し立てればいい。
若干、悪賢さというか、ズルさで二人に及んでない気もするが……そこは俺がフォローすれば良いだろう。
「とりあえず、記録だけはしておくか。誰かできるの?」
聞き返すとカイは黙って肯き、後ろに座っていたメンバーに目配せをした。筆記の得意な奴なんだろうか?
「なんや……タケル『くん』達、わざわざ調べたんかいな。暇なことを……でも、タケル『くん』達が調べて、メガネはんが言うなら……それは事実なんやろうなぁ」
ここぞとばかりにジンが憎まれ口を叩くが……それなりに信用があるのが驚きだ。『無能な味方より、有能な敵の方が信用できる』というやつか?
「あのー……ちょっと良いですか? そのー……少し話を引き戻すみたいなんですけど……」
「どうぞ? あまり堅苦しく考えずに、思ったことをポンポン言った方が良いんです。ここにいる誰もが、専門家じゃないんですから」
おずおずと手を挙げたリシアさんへ、クルーラさんがそんな風にとりなした。
「そ、それではお言葉に甘えて。あの……『ログアウトできない』と『強制終了ができない』は同じことじゃないんですか?」
機械やプログラムに詳しくない者は、皆が同じことを思っていたかもしれない。
「まるで違うよ! うーんとね、強制終了は皆が知っているように――」
ここぞとばかりに説明を始めようとしたミルディンさんは、そこまでしか言うことができなかった。
……背後から先生方に、口を押さえられたからだ。
「あー、あれだ! 『ログアウトできない』のはゲームがおかしい。『強制終了ができない』のはパソコンが壊れてる。そんな感じの理解でいいと思うよ」
ミルディンさんを押さえつけたまま、先生方のお一人が答えた。
……まあ詳しくない人には、この程度の説明の方が良いか?
「なんとなく?判りました。 ……あっ、あれですね! パソコンって……何もしないのに、壊れることありますものね!」
その場の大半が『そんな訳ねぇ!』と脳裏で叫んだと思う。
なぜか二十世紀の頃から、『パソコンは何もしないのに壊れる』と信じ続けられている。もちろん、オカルトの類だ。
「おおっ! さすがリシ姉だな! それで私にも解ったよ!」
秋桜は秋桜で、その珍説に乗る気か。
当然のごとくリリーは、そっぽを向いて知らんぷりだ。別に良いが……身内に甘すぎるやり方は、いつか足を引っ張るぞ?
「……まあ、それで良いや。これだけで数パターンを考えられるんだけど……細かすぎるからね」
やっと離してもらえたミルディンさんが、諦めたように言った。
まあ専門的な話は、もう少し参加者を絞ってからの方が良いとは思う。
「でも、アレですよ! これで『ドッキリ企画』とかじゃないのはハッキリしているっす! 強制終了できないようにするドッキリなんて、冗談じゃ済まないですもんね!」
ここぞとばかりにリルフィーが知識を披露する。
……ネタ元は、昨晩の俺とカイの雑談からだろう。そんな話をした憶えはある。
「あー……各情報の精査は後にする予定だけど、まあそうだよね。これは『ドッキリ企画』とかじゃない。これは『ドッキリ企画ではない』という情報なのかな? いつもブレストやるとき、この辺の順番がごっちゃになるんだよね」
進行役のクルーラさんは困惑していた。
なにか手順に問題があるのだろうか? 苦手と言っていた理由は、その辺りにある?
「良いんじゃねえか? 『ドッキリ企画ではない』って情報にしておきゃ? それこそ後で精査すりゃ良いんだからよ。それよりドンドン出さねぇか。ブレストの最初は、数が勝負みたいなもんだぞ?」
先生方のお一人が、悩むクルーラさんを引き戻しつつ、皆に発破をかける。
それでルールというか、やり方が解ってきた。
まだ何となくだが……最初はとにかく、参加者全員で情報を出し合う。それが議題に合っているかや、正誤はあとで考えれば良い。
その一つひとつの精査が終わる頃には……問題点や解決法、悪くとも対処方法程度は思いつくだろう。そんな方法だろうか?
「ほな、わいから。おそらくやけど……現状、ログインも無理でっせ。わいとギルドの全メンバーが確認できる範囲で、新しくログインしたプレイヤーはいまへん」
意外な切り口で、ジンが新情報を提示してきた。
……不具合が発生した後にログインしたメンバーはいただろうか?
まるで『悪魔の証明』問題で、断言するのは難しかったが……俺にも心当たりは無かった。
それに『自由の翼』はノンポリギルドではあるものの、その分だけ加入条件が緩く人数も多い。この手の観測役にはぴったりだし、説得力があった。……ジンの野郎も、こんな時に騙してきたりはしないだろう。
ジンの推測は正しい気がした。
「『できない』のかな? 『してない』のかな? それで色々と変わるよね?」
「そりゃ、ミルディン……『してない』が正解だろうよ。誰が好き好んで、ログアウトできないゲームを始めるんだよ?」
「いや、でも……そうすると外部では、この不具合が知れ渡っていることになるんだよ?」
「ふむ? 一人や二人、知っていても始める馬鹿はいるか? でもな――」
「お二人とも、精査は後でござる」
議論を始めてしまったミルディンさん達を、別の先生が止める。
それを聞いてハッとした様子のクルーラさんが、慌てて議事進行を再会した。
「ああ、ごめん、ごめん! つい、惹き込まれちゃったよ。これじゃ進行役失格だね。だからブレストは苦手なんだよ……えっと……これは『新規ログインプレイヤーがいない』で良いのかな?」
「脱線しちまったな。悪かった。『新規ログインプレイヤーがいない』でいいと思うぜ、クルーラ村長。後で『自由の翼』以外のギルドでも確認取れば良いし……って、これは対応策か。また脱線しちまう。すまない、進めてくれ」
そんな風に先生は謝ってくださるが……なかなかブレインストーミングというのも、慣れないと大変なようだ。
事後策の検討は有益ではあるものの、手順をとばしたら優秀な方法論を無為にしてしまう。
薄っすらとだが、色々な問題点も理解できた気がする。
優秀な頭脳や人材が多いときは有益な方法だろうが……作為も通じやすく、目的意識が同じじゃないとやりにくい。そんなところだろうか?
結局は一つの会議法に過ぎないのだろうが……奥が深くはある。




