開幕クソゲー化作戦――7
「ところで……なんで二人ともデザインなんてやってんです? 予定じゃそろそろ製作しているはずじゃ?」
俺の疑問に二人は黙って理由を指し示す。そちらには半泣きになっているハチの奴がいた。
……どうやらハチの手順で詰まっていたらしい。半泣きで積み重ねられた胴鎧――おそらくシドウさん達が脱いだ分だろう――をせっせっと自分のメニューウィンドウへ仕舞いこんでいる。
「隊長ー……」
「お前……何やってんの?」
不可解なハチの行動に思わず聞いてしまった。
「何って……予定通り鎧を溶かそうと……でも、この鎧……重くて大変なんですよ!」
「そりゃ……持ったら重いだろ。なんで投げないんだ?」
「こんな重いの投げられる訳ないじゃないですか!」
あまりの素人臭い発言に眩暈がした。そりゃ、皆が不思議そうに見ているわけだ。
「あのだな……視界にバケツみたいのが出現しているだろ? それ目掛けて投げんだよ」
「いやいや……そんなの重くて無理っすよ!」
……そこからか!
「あー……手は触るだけというか……持ち上げないでというか……地面に置いたまま投げるイメージだ。鎧一式を片手で投げれるわけねーだろ!」
「へっ? 持ち上げないで投げる? そんなこと……わっ!」
反論しながら試しては見たのだろう。ハチの触れていた胴鎧が小さくなりながら何処かへ消える。俺には見えないがハチのアイテム回収用イメージに消えたはずだ。
「な、なんだ……これ、楽勝じゃないっすか! そうならそうと、誰か教えてくれれば良いのに!」
そんなことを言いながら、ハチは次々と胴鎧を回収していく。
教えてくれればも何も……あまりに基本動作過ぎて、知らないとは誰も思わなかったのだろう。だいたい、何をやってても納得される普段の言動が良くない。
「なんで知らないんだよ! って、そんなに調子に乗って回収してると――」
「ふぎゃ!」
言い終わる前にハチは悲鳴を上げて倒れた。
おそらく、所持可能重量を超えすぎ、移動不可のペナルティまでいったのだろう。身体が重くて動くこともままならなくなってるはずだ。
「……隊長ー。動けません!」
「あっー! もう! そのまま『錬金術』で溶かせば良いだろうが!」
「あ、なるほど! ……まだ金貨を貰ってませんでした。その………………貰ってきてもらえます?」
貰ってくるも何も……所持可能重量を超えてしまえば、何一つ新しく得ることはできない。単独で解決するには、所持品を何か捨てるしかない。
「いいか? 何も捨てるなよ? それはギルドの資産だからな?」
「捨てる? ああ、捨てれば良いのか!」
人の話を聞いているんだか、聞いていないんだか……メニューを忙しく動かし始めたハチを踏んづけて、急いでトレード申請を送る。しかし、名前一覧に『ハチ』の名前が見当たらない。「あれ? こいつキャラクターネーム変えたのか?」と考えたところで思い出した! こいつの名前、『ハチ』じゃなくて『八郎兵衛』だ!
何度か踏んづけ直して邪魔をしつつ、なんとか『八郎兵衛』へトレード申請を送った。
「あれ? トレード? 如何すればいいんです?」
「いくつか重いのを俺に渡せ。……全部は渡すなよ! 俺が所持可能重量超える!」
信用できないので念を押しておく。常に予想の斜め下をいく男だ。警戒するだけの理由がある。
「ふー……まだ重いけど……これなら動けますね」
「……なんでβプレイヤーなのに基本知識を知らないんだよ!」
自由になってほっこりしているハチを叱り飛ばす。だが――
「いや、狩りの時とか……だいたい後ろでヒールだけしてたもんで……」
「理由になるか!」
……なんだろう、話せば話すほど相手をイラつかせる天性のものがハチにはある。これで商才はあるんだから不思議な話だ。
「とにかく、さっさと溶かせ。後がつかえているだろうが」
そう言いながら金貨五千枚ほど支給する。だが、ハチの奴は不満そうな顔をしてやがる。
「それだけあれば千回はできんだろうが!」
「……へーい」
怖い顔をすると渋々といった体でメニューウィンドウを操作しだす。
ハチの奴は『悪事』を働くチャンスだけは逃そうとしない。ある意味、筋の通ったプレイスタイルだ。ただ、『悪事』がしたいのか、『悪事』が見抜かれるのが楽しいのかいまいち見切れていない。
結局、決定的なチャンスがあっても何もしないのだから、振りだけのポーズなんだと俺なんかは思うのだが……真面目なカイなんかとは反りが合っていないように感じる。
やるだけやって満足したのか、ハチは大人しく作業を始めた。
ハチが受け持っているのは『錬金術』だ。
今やっているので言えば『初期装備の胴鎧』から『鉄鉱石』を一つ生成している。
まるで魔法の様な結果だが、全クラスが修得できる単なるスキルだ。それに人気もない。それもそのはず、『錬金術』は完全にリサイクルスキルで……商売以外に全く用途がないからだ。
数多くのプレイヤーが作るアイテムがあるが、それらを原材料に戻すだけ。ただそれだけのスキルに過ぎない。不要になったアイテムを買い取って原材料に戻し、それを売って利益を得るという……気の長い話だ。
前提条件として『錬金術』スキルと『錬金術道具』が必要だ。さらに一回に付き金貨五十枚の費用までかかる。
そんな不人気の『錬金術』ではあるが、システム全体でみると色々な点でバランスを取る役目を担う。
そのうちの一つが、各種基本材料の相場になることだ。
『鉄鉱石』であれば鉄製の初期装備に金貨五十枚で入手可能なのだから、金貨百枚強が適正価格になる。これで『鉄鉱石』の高騰が抑えられるから、装備に金の掛かる前衛職への救済策となる。
だが……逆に考えると「条件さえ揃えば各種基本材料はNPCから買える」ということだ。
もちろん、基本材料だけあっても意味がない。
武器や鎧を作るスキルは必要だ。スキルに対応した道具もいる。作るアイテムに対応したレシピもだ。材料生成用に初期装備も大量に買わなければならないだろう。『錬金術』を何度も行う費用もかかる。
だが、それら全てをそろえたら? 必要なアイテムをβから持ち込んでしまったら?
まずは『鉄』グレードで武器防具を揃え、『鋼』グレードへ順次ステップアップなどする必要はない。いきなり初日から『鋼』グレードだ。
結局、この作戦は単なる発想の転換に過ぎない。
『一人に付き一つアイテムが持ち込める』ということは、『六十人の集団は六十個のアイテムを持ち込める』ということだ。
持ち込んだアイテムの中には、単品で評価したら絶対にあり得ない……資産価値的には損をし過ぎてたり、単独では何も意味がない物が多い。
それでも組み合わせていけば決定的な結果を生み出す。
普通のプレイヤーであれば下手したら一ヶ月はかかる地点に、初日で到達できる。それもメンバー全員がだ。この圧倒的なリードがあればトップ集団としての君臨どころか……世界の統制まで手が届くだろう。
「とにかく、『錬金術』の作業は急げよ。そこの部分は……仕様変更が絶対にあるだろうからな」
「へーい……って、明け方までに終わるのかなぁ……」
ハチはピントのずれた返事をするが……『明け方』までではなく、『仕様変更もしくは必要量が生産し終える』まで、二十四時間体勢の休みなしだ。
勝てると判った作戦は、どこまでも続けるべきである。
この作戦でゲームは大きく歪むだろうが……それはプレイヤーサイドが考えるべきことじゃない。それこそ、ゲームを壊すつもりで挑まねば世界は変えれないからだ。
結果、このゲームは一部のプレイヤーに絶対敵わない世界……クソゲーとなるが……それは俺達の責任ではない。別にチートなど――インチキはしていないのだから。
勝った!
心の奥底からそう思った。笑い声を我慢できそうもない。いや、ここまで完璧に勝利することなど、この先にあるだろうか? 我慢する必要などない。大声で勝利宣言をし、心の奥底から高笑いを――
「隊長! 大変だ! 『引き役』の一人がやられた!」
――しようと思った俺を、とんでもない言葉が止めた。
青い顔でそう報告するのはカイのアシスタントの一人だ。その隣でカイは通信ウィンドウの一つと早口で何か喋っている。
「やられた? どういうことだ? 封鎖班からの報告は?」
俺の問いかけに、もう一人のアシスタントが答える。
「……『不落』です! 『不落の砦』からの介入です!」




