衝突の開始――2
テーブルの上を見てみれば、いつの間にか料理が並べてあった。
アリサ達の心遣いだ。
トーストに、焼いたベーコンとスクランブルエッグ。スープと新鮮そうなサラダ、何か果物のジュース。それにもちろん、いつものコーヒーも用意されている。
まるでホテルか何かのようで、少しがんばり過ぎの感はあったが……どこへ出しても恥ずかしくない、立派な洋風朝食だ。
迂闊なことを言わないで良かった。
これを前に、他の料理が食べたいなどと言った日には……想像するだけで肝が冷える。なのに――
「おお! これは豪華ですね! タケルさんは……『アリサ』の用意した洋風朝食と、『秋桜』の和風朝食……どちらがお好みで?」
ネリウムが不可解な質問をしてきた。
いつものように無責任に事態をかき回して楽しむ目論見か? しかし、そのお馴染みの表情に、なぜか……少しの不機嫌が混ざっている。
……どこの誰だ! 『ブラッディさん』を怒らせたのは!
そしてなぜか、静かになりつつもあった。
なんの脈略もなく、女性達が固唾を呑んで見守っていたからだ。それまで俺のことなど、これっぽっちの関心も無さそうだったのに……気がつけば、居合わせた女性全員から注目されている。なんでだ? 明らかにおかしいだろう!
しかし、俺だって、いつまでも貧弱な坊やじゃない。
この手の局面を切り抜けるための最適解ぐらいは会得している。伊達に『RSS騎士団』の参謀役じゃないのだ。この程度の窮地、あっという間に脱してみせよう!
「男は出されたものを、黙って食べるのが正しいと思います」
完璧だ。非の打ち所のない、完全無欠の模範解答。AとBのどっちが良いと聞かれたのなら……どちらを選んでもいけない。それが俺がこれまでに得た戦訓だ。だが――
女性全員から、深い溜息を吐かれた。
なんでだ! 俺は間違っていない!
その証拠に、全ての野郎どもは首を捻っている。俺と同じく、なぜ落胆されたのか理解できないのだろう。
男で俺を笑っているのは一人だけ、『お笑い』ことギルド『自由の翼』幹部のジンだけだ。
……いや、違うな。
奴は俺をあざ笑うが……その実、理由は理解できていないに違いない。
僅かに自信なさ気な様子が、隠しきれてなかった。おそらく、ここで俺を嘲笑すれば、ダメージとなると考えたのだろう。セコいと言うべきか、抜け目がないと言うべきか。
「やっぱさぁ……あたしらで少し……若旦那を再教育した方が――」
「いや、それは……若旦那はこれで悪い人じゃないし、姉御も意外とそれが良いのかもだし――」
「マジで? ちょっと私には理解できないわ……」
『HT部隊』の面々がひそひそと、聞こえるように話し合いだした。
……この子達、そういう感じだったのか? というか、俺は身内だよな? なんで批判的な立場なんだ?
目の前で色々と言われてるアリサは、少し顔を赤くして俯いちゃっている。……それに少しだけ不満そうだ。なにか嫌なことでもあったのか?
「……お姉さま、アレでよろしいんですの? 私は、いまいち納得のいかない――」
「も、問題ないだろ! タ、タケルは……タケルは別に嫌いとは言わなかったんだぞ!」
秋桜とリリーも理解不能な言い合いを始めた。その上――
「タケル君は……もう少し修行して、男子力を上げないとダメねぇ」
などと、リシアさんにまで呆れられる始末だ。
意味が解らない! 「朝食は『和食派』? それとも『洋食派』?」などという、ごくありふれた質問をされただけで……なぜか俺の株は大暴落だ!
「解りましたよ、タケルさん! 正解は『美味しそうだった方を食べる』ですよ! それしかありません!」
リルフィーが勢い込んで助言をくれたが……たぶん、間違っている。
なぜなら、それを言ったリルフィーが、ネリウムに抓られていたからだ。人の頬っぺたって、あんなにも伸びるんだなぁ。
……仕方がない。さらなる最終奥義を繰り出そう。
「よし、皆に食事は行き渡ったな! それでは朝食にしよう!」
これに限る。
ほとんどあらゆる瞬間に「とりあえず飯を食おう」は通じるはずだ。人間、目の前にある食事を、そうは無視できない。
皆、色々と言いたいことは残ったようだが、声を揃えて「いただきます」と唱和してくれた。
なんだろう……男同士の連帯感を強く感じる。真っ先に口を開いてくれたのは、野郎ばっかりだったからだ。
まあ、とにかく、それでなんとか……なし崩し的にだが、朝食開始となる。
食事の力で誤魔化すことは成功したが、何となく納得はいかない。
なんでネリウムの八つ当たりの的に? それはリルフィーが専属で務めているはずだ。
ここは断固として抗議を……するべきだが、少し立場が悪い。
なんで俺はガッカリされたんだ?
その理由が解らないうちは、強く出たら藪蛇になる気もする。どうしたものか。
どうしようか悩んでいたら、逆にネリウムから話しかけられた。
「おや……不満そうですね」
「ええ、まあ。少しやり過ぎたとは思わなかったんですか?」
及第点か? これなら非難はしつつ、本質的には理解できてないのを隠せる。
「いまのは適宜を弁えた仕返しなのです」
実に晴々とした笑顔で宣言された。
……色々と言いたいことはある。普段のが不条理なのは自覚しているのか? やり過ぎと考えることもある?
だが、観念することにした。人間、強い相手に降るのも処世術だろう。
そもそも、仕返しされる心当たりがない。
「……何のことです?」
「朝のことです! 一晩だけタケルさんと過ごしたら……リーくんがツルツルになっているではありませんか!」
珍しく俺に向かって口を尖らし、そんな主張をした。
……普段は気にも留めないが、ネリウムは美人の部類といえる。そんな美人に責め立てられたら、その筋の高尚な趣味に目覚めてしまいそうだ。
なんでこんな美人が、リルフィーなんかと一緒に行動しているんだ?
それにツルツル? それは……リルフィーのふざけた脛毛のことか?
「そんな……いや、そりゃ事実ですけど、そんな……その……下の毛のちょっとやそっと、問題ないでしょうが!」
「やっぱりタケルさんの仕業だったのですね! あれは大事に取っておいたものなのです! 良いことがあったら、時間をかけて私が、と!」
ああ、判り難いが、ネリウムは残念美人だったんだ。忘れていた。
まさに割れ鍋に綴じ蓋。リルフィーの連れ合いとしてピッタリだ。
それに俺にはまるで理解不能だが、あのにょろんと残された脛毛は、ネリウムにとって……冷蔵庫に隠しておいた、とっておきのプリンなんかと同列なのか?
言いたいことは沢山ある。
その価値観はさすがに、友人であっても一言いいたくなった。
朝から、それも朝食中に脛毛の話なんて、マナー違反だし下品だ。
正当なる復讐といわれても、異議しか覚えない。
だが――
「なん……だと……タケルと……タケルとリーくんが……一晩過ごした……だと?」
「ツルツル……? 下の毛? ブラジリアンスタイルのことか! ブラジリアンスタイルプレイのことなのか!」
「……私、正式カップリングに手を付けるのは良くないと思う」
などと、『聖喪』の姉さん方が騒ぎ出した。
これは俺達が悪いだろう。朝から品のない話をしていたのだから。しかし――
女性に言って良いことなのか悩むが、鼻息が荒い! そして、その事実が怖い!
どうしちまったんだ、姉さん方は? そして、どうすりゃ良いんだ?




