衝突の開始――1
『食料品店』前には、先客が居た。
それは至極当然のことだが、思ったより閑散としている。
……いや、街の様子を見た限り、全体的に自分らの本拠地を優先し始めているのか。ここにいるのは、純粋に食事が目的の者だけなんだろう。
知った顔もチラホラと居た。
意外にも早起きな先生方は、すでに朝食を頂いてらっしゃる。……意外にも早起きなんじゃなくて、アリサやネリウムに叩き起こされた結果か? そこはかとなく、八つ当たりされそうな予感がする。
そして今までどこに隠れていたのか、秋桜とリリーの奴だ。
取り巻きのように『不落の砦』のギルドメンバーも引き連れているし、当たり前のように『聖喪女修道院』の方々も一緒だ。いつもの姉さん方やリシアさんも、近くのテーブルに座っている。
それにこの辺りを執務場所に定めたのか、『自由の翼』の奴らもいた。……あいつら、まだギルドホールを建ててないのか?
どのテーブルに座ろうかと考えて、少し悩む。
秋桜たち『不落』とは、すぐすぐに関係修復とは行かないだろうが……リシアさん達『聖喪』とは、可能な限り早めに交渉再開しておきたかった。計算外の横槍が入ったら、また面倒臭くなる。
これはチャンスか?
そんな魂胆もあって、『不落』『聖喪』連合のテーブル近くに陣取ることにした。
不機嫌そうな秋桜と目が合う。
それで唐突に、出会った頃を思い出してしまった。まだ秋桜が金髪じゃなくて、黒髪で……この街の隅っこで隠れるようにしていた頃のことを。
あの頃のこいつは、目立たないことが至上命題だったはずだ。俺はちょうど『RSS騎士団』へ入団するか悩んでいて……色々と思うこともあり、独りで活動していた。
そんな二人が知り合ったのは、単なる偶然だ。
二人ともに、同じ場所を本拠地にしていた。そんなよくある偶然に過ぎない。……最初はお互いに同じ場所を使っていると、気付かなかったぐらいだ。
ソロ主体のプレイヤーでも本拠地は作る。というより、出来てしまう。
誰だってお気に入りの場所ぐらいはできるはずだ。狩場から街へ戻ったら、そこで休憩。ログアウトもそこでと決めたりする。……行動様式を守るタイプの人間に、よく見られるかもしれない。
そんな場所が被ってしまい、何かと顔を合わせることが多くなり……絶妙に人をイライラさせる秋桜に、俺が一方的に絡んで行って……色々とあって、今に至るという訳だ。
ああ、久しぶりに街の本拠地のことを考え、そのすぐ後に秋桜の顔を見たから……昔のことを思い出したのか。
しかし、個人レベルでの本拠地被りは珍しいかもしれないが、ギルドレベルでなら十分にありえることだ。
『RSS騎士団』の運営に回るまでは、気付かなかったのだが……MMOの社会は、時間帯によって大きく様相を変える。
例えば本拠地に手頃な路地裏が、昼、夜、深夜と……三つの時間帯で、それぞれ異なるギルドが利用していてもおかしくない。いや、むしろ、それで当たり前だろう。
いまプレイヤー達は本拠地を確保に走っているようだが、バッティングや取り合いなどは起きていないだろうか? ……他人事ながら、少し気になる。
沈黙に耐え切れなくなったのか、いつものように秋桜が食って掛かってきた。
「なんだよぉ!」
「……なんでもないぜ。ちょっとお前と……お前と初めて会った頃を思い出してな」
普段の俺なら、売り言葉に買い言葉で口喧嘩になるところだが……なぜか優しい気持ちになっている。軽く受け流せた。
……違うか。
ついさっき街で見たことで納得いかなくて……色々と考えてしまったからだろう。
なにがショックかといえば、誰もあの男を助けようとしなかったことだ。
警戒するのは無理もない。警戒そのものは、俺だってした。
こんな意味不明な不具合の真っ只中な上に、パッと見では理解しにくいアクシデント。
警戒するのも、敬遠したくなるのも理解はできる。
だが、何もしないで遠巻きに見ているだけというのは納得がいかない。
日常的には、俺達の方が無軌道だった。親切の「し」の字すら見せたことはない。我侭な子供のように、傍若無人に振舞っていた。
逆に一般のプレイヤー達の方がずっと親切で、あんな時にも助けを差し伸べていたはずだ。
どうしてしまったのだろう?
いや、あの場で遠巻きにしていた奴らを責めるのは、公平ではないかもしれない。
ほとんどの者が俺とは違う。俺はなんだかんだいって、結局は……『RSS騎士団』という圧倒的な武力を背景にしている。騙したり、害したりする相手には不適当すぎるだろう。つまり安全な位置に居たわけだ。
それにあいつらだって、タイミングが掴めなかっただけかもしれない。俺が先に声を掛けただけの可能性だってある。
ただ、少し寂しい気持ちにはなった。
こんな訳の解らない、詰まらない不具合で……この世界は大きく変わってしまうのだろうか?
そんな感慨に囚われつつも……なぜか秋桜やリリー達なら、あの男達に声を掛けたんじゃないかと思えた。
それは秋桜たち『不落』に限らず、リシアさん達『聖喪』の人達、先生方……まあ、ジンなんかの『自由の翼』の奴らもだ。
……色々と考えすぎか?
「はい、お姉さま……」
そう言いながら、リリーが秋桜に給仕をしていた。
なんだろう……イメージじゃない。何かが変だ。
両の手でお盆を持ち、その上にはお茶碗が載せてある。
良く判らないが、そうするのが何かのマナーにかなっているのだろう。それに二人の関係なら、リリーが秋桜の面倒を見るのも理解できる。
ただ、なんと言うべきか……リリーと白米という組み合わせが、全くの想定外だ。
いや、そのもう一つ前の段階――リリーと食事の段階で、上手く想像できないのか。
しかし、リリーだって生き物のはずだ。霞を食う幽玄のものでもなければ、食事ぐらいはする……はずだ?
また、用意されている食事も純和風で、なかなかに美味そうだった。
ご飯に味噌汁。主菜の焼き魚はアジの開きか? 白菜か何かの漬物に、副菜らしき小鉢の中身は、金平か何かだろうか?
まるで旅館の朝食みたいで、気取りすぎているが……まさに日本の朝食だ。
わざわざ木のおひつに、ご飯を用意してあるのが憎たらしい。きっと良い塩梅になるよう、保たれているのだ。茶碗によそわなければならないのも、それはそれで悪くない。
つい下品な――食事を強請るようなことを、言いそうになる。
だが、危ういところで踏みとどまることができた。
「タケルさん……お支度が」
とアリサが、声をかけてくれたからだ。




