二日目、もしくは最初の朝――4
『食料品店』へ移動する間、気になることが多かった。
「さて、どうします?」と聞かれ、「とりあえず朝飯にしよう」と答えた結果の――その道中でのことだ。
……我ながら暢気で無責任だとは思う。
ハンバルテウスの消息も判明している。
ここは『本部』へ戻り、涙ながらに奴の手を取って無事を祝い、今後の方針を綿密に話し合うべきだろう。それが仲間と言うものだろうし、奴は数少ない士官でもある。
……良く考えたら俺など、『RSS騎士団』で上から数えて四番目だ。無駄に責任だけが重くなっていく。その上、こんな事態。……星回りが悪いのか?
とにかく同僚の顔を見に行くのと、皆で朝飯を頂くのとを天秤に掛けた結果……先に『食料品店』へ行くことにした。
さすがに悪いとは思ったが……正しい時刻に朝食を食べるのも、先生方に勧められた立派な対策だ。
……誰だって、朝から脂っこいものは避けるだろう。それが朝食だろうと、厄介事だろうと。誰も悪くない。強いて言うなら巡り合わせ――ああ、やっぱり星回りが元凶か!
それでゾロゾロと皆で移動開始となったのだが、なんだか凄い人数となっている。
この場には情報部の二割もいない。
第三小隊と協力して深夜チームに参加中の者もいるし、『詰め所』に入りきれなかったメンバーは『本部』で休息しているはずだ。それ以外は運良くログインしていなかった奴か……まだ消息不明ということになる。
しかし、それだけなのに、いわゆる中小ギルドより多い。
そして追従する『HT部隊』。
本来、ここまで大っぴらなのはまずいが……安全に物事を進めるには、一緒に行動した方がいいだろう。どのみち、かなり詳しい奴でなければ事実関係は判らない。
結果、人数は倍ぐらいに膨れ上がっている。こうなるともう、中堅ギルドの規模だ。道を歩くだけで相手が避けていく。
そんな風に街を進んだのだが、日常とは異なる点があった。
城壁の外へ出るような奴らはいないだろうから、全てのプレイヤーは街のはずだ。かつて無い人口密度になっているのは、想像に難くない。
しかし、単純に街で待機している。そう受け取れる様子じゃなかった。
一部のプレイヤーは、明確に臨戦態勢をとっている。
さすがに片手剣などは抜き身じゃなかったが、槍だとか斧だとか……街で持ち歩くのは不適当とされる武器も仕舞われていない。
どういうことだ?
長物武器なんて持ち歩いていたら、事故の可能性すらある。それを避けるため、普通はメニューウィンドウへ仕舞う。それが合理的なやり方というものだし、マナーにもかなっている。
不思議に思って観察していたら、何となく事情が読めてきた。
ちょっとした袋小路などは、どこかのギルドやプレイヤーの集まりが本拠地代わりに使っていた。それは前々から良くある話だ。
そして、その出入り口などには必ず、武装している奴がいた。
仲間を護衛しているつもりなんだろう。先制攻撃は不利になるだけ――どころか自殺も同然だが、その決意だけは伝わってくる。
いざとなったらPKも辞さない。力ずくでも本拠地を、そして仲間を守る。そんな宣言が聞こえてきそうだ。
実際、護衛役の後ろに、毛布か何かに包まったプレイヤーが見えた。
あれは寝ているのか、休憩しているのか。とにかく『ギルドホール』や『店舗』を所有してなければ、街中で睡眠をとるしかない。……それとも、決して眠らないかだ。
睡眠中を――その無防備な間を、仲間に頼るのは……まあ、理解できなくもない。
野郎曼荼羅雑魚寝地獄で酷い目にあったと思っていたが……部外者立ち入り禁止の区画を持っているだけ、遥かに恵まれていたのか。
この世界では暑さ寒さに悩まされることはないし、風邪などの心配も無いが……野宿はきついだろう。精神的な強さを要求される気がする。
それに街中でも、PKの手段はあった。
思い付くだけでも沢山あるし、現状でも問題なく実行可能なのもある。街中でも油断は良くなかった。
その上、睡眠中に無防備となるのであれば……それは格好の標的かもしれない。調べなければ何ともいえないが、PK手段が一気に増えるのは明らかだ。
結局、良くも悪くもMMOは『力こそ正義』が罷り通った。
慣れているMMOプレイヤーほど、臆病で警戒心が強くなる。ついでにいうなら、そういう奴の方が腕も良い。……リルフィーみたいのは例外中の例外だ。
だから、多少は防衛的な反応になるのは予見できた。
でも、少し緊張が高まりすぎな気がする。
俺が暢気すぎるのか? それとも皆が過剰反応しすぎているのか?
その、ややピリピリしだした空気の中、一人の男が倒れていた。
知り合いなのか、その傍に別の男が跪いて必死に話しかけている。
「おい、しっかりしてくれ! 返事を!」
倒れている男や介抱している男に、危険は無い……はずだ。
見守るプレイヤー達の心の中では、良心や親切と猜疑心がせめぎあっていると思う。
日常的に正しい振る舞いは「お連れの方、どうかしましたか? 何か手助けできることはありますか?」とでも話しかけることか? それぐらいの親切は普通だろう。
しかし、MMO的に正しい振る舞いではない。
一連のギミックが――からくりが判らないうちは、何一つ関わりあうべきじゃなかった。目の前で起きているのは、悪質な詐欺やトラップかもしれない。
そう確信できなくとも……すぐに断定できないということは、知らないということだ。つまり、何が起きても不思議じゃないといえる。傍観するのが正しい。
「どうしたんだ? 何か回復魔法だとか……『僧侶』の手助けとかいるか?」
意を決して話しかけた。
……別に親切心からじゃない。
未知の事を潰しておくのは、情報戦でのセオリーだ。ここは調査しておくべきだろう。結果として目の前の男達が助かろうと……それは俺の知ったことじゃない。
呼びかけに振り向いた男は、俺に驚きつつも返事をした。
「あー……いや、そういう手助けは良いんだ。それは……たぶん役に立たない」
どういうことだろう?
「うん?」
「いや、アレなんだ……その……騒いですまない。友達だったものだから……で……あれなんだ。どうも切断したみたいなんだ」
一瞬、拍子抜けしそうになった。
切断なんぞ、「ツイてなかったな」程度のアクシデントだ。発生したら驚くし、肝も冷えるが、騒ぐほどじゃない。いや、今回は街中だから、「ツイてたな」か?
しかし、現状での切断だ。
いま切断をしたら……いったい、どうなってしまうんだ?
「切断か……そいつは……何かしてやれそうも無いな」
「うん……いや、気遣いは感謝する! 俺も……なんというか……駄目元で呼びかけてた感じだったんだ」
そんな俺達の会話を見計らっていた訳でもあるまいが、倒れていた男――切断したプレイヤーの身体が光に包まれて消える。
ここしばらく見ていないが、ログアウトを意味する光だった。
切断したプレイヤーは――アバターは、一定時間経過するとゲームから一時的追放される。つまりは強制ログアウトだ。
……これはログアウトになるのだろうか?
「その……ありがとう。奴はログアウトしちまったみたいだけど……とにかくありがとう」
男に礼を言われたが、別に親切心からの行動じゃない。
「気にしないでくれ。特に何もできなかったしな」
「そうだけど……最初に親切な言葉をかけてくれたのがアンタらで……俺もけっこうビックリしているんだ。ここは感謝させてくれ」
皮肉なのか、周りへの当て擦りなのか、そんなことを言われた。
まあ、そうだろう。俺だって、色々と考えることができてしまった。普段と違うものを見過ぎて、混乱しそうだ。
それに切断。
どう考えるべきなんだ?




