『食料品店』前――4
VRサービスで常に嘆かれているのが、飲酒の不可能なことだ。
酒に限らず、ドラッグのほとんどが機能しない。原理的に不可能だからだ。
薬物の類は身体に摂取、血液に混入、脳へ到着のプロセスを取る。酒、タバコ、各種ドラッグ……それらのほとんどが、同じ方法だ。脳へ異物が届くから、酔っ払ったり……ラリってしまえる。
しかし、VR世界で――アバターで何を摂取しても、実際の脳へは何も届かない。
つまり、VR世界では酔っ払うことはできないし、トリップもできないとなる。精神をぶっ飛ばしたかったら、自前の脳内麻薬頼り……らしい。
食事も似たような問題点を抱えているが、プラシーボ効果もあるし……「慣れた人間だと、VR空間での食事で、実際に血糖値の上昇が見られる」なんて報告まであるから、面白かったりする。これも自前の糖分を使っているのだろうか?
そんな存在不可能な酒類だが……再現を目指す勇者は後を絶たない。
味、匂い、喉越し……全てが完全に同じ。……違うのは、決して脳へアルコールが届かないことだけだ。
無駄な挑戦と呼ぶべきか、偉大なる試みとするべきか。
普段なら「そんなに飲みたかったら、ログアウトしろ!」となるところだが、現状はそれが出来ない。
先生方がやけくそ気味になって、ビールの品評会を開始しているのも……判らなくもない……かな?
ビールの品評会と聞いて、何人かのメンバーがソワソワしだした。……酒飲みなのだろう。
「あー……もう、興味があるなら行ってくればいいでしょうが!」
形式的に許可を出しておくが、苦笑いしか出ない。
「そ、それじゃ……あっしはちいと、ご挨拶を……」
「ぐ、軍曹! お供します!」
「なかなか興味深い『攻略』だし、データを取っておかないと……」
などと、尤もらしいことをモゴモゴと言いながら、数名が席を立つ。
飲酒と言うのは、そんなにも魅力的なことなのか?
まあ、俺が愛飲するコーヒーだって、仕組み的には全く同じだ。人のことは言えない。
ただ、やはり味や匂いなどが再現されているだけだから……現実に即して言えば、ノンカフェインコーヒーの類となるのだろうか?
しかし、俺には軽い覚醒作用があるような気がする。
これはプラシーボ効果の一種ではあるらしい。コーヒーを飲んだと思ったから、本物を飲んだ時と同じように、脳が勝手に再現しようとする。それで実際に効果があるように誤認されるのだ。
もちろん、実際に飲んだ場合とは比較にならないほど微かな効果らしいが……脳は満足する。
VR空間の場合、薬効がどうのという話より……脳を騙せるかが肝だ。
ビールの方も、その手の効果が生まれるように色々と工夫しているのだと思われた。
しかし、それの悪影響もある。
ミルディンさんみたいにビールの――アルコールの臭いすら苦手な人にとっては、実際の効用がなくとも不快なはずだ。俺達の食事会が気になったというよりは、避難してきたというのが実のところだろう。
「まったく、のん兵衛どもはしょうがねえな」
「あはは……でも、皆……普段は他の人に迷惑掛けているわけでも無さそうだし、別に良いんじゃないのかな。僕も臭いさえなければ……」
なんて不満を言い合ってらっしゃる。
しかし、これはちょうど良い機会だった。
「あの……皆さんはどう思います?」
「うーん……僕は不幸にしてアルコールを受け付けない体質に生まれちゃったんだけど、特に何も思わないなぁ。あっ! たまにアルコール好きなヒロインとか出てきた時、なんでこんなに美味しそうに飲めるのだろうと――」
さすがにポカンとした顔をしてしまった。
「違う、ミルディン! そうじゃない。坊主が聞いているのは、そっちじゃねぇ」
「へっ? 何の話だい?」
「この……ログアウト不能状態についてだと思うよ、ギルマス」
他の先生方が軌道修正してくれたので、なんとか本題に入れそうだった。
こんなのは良くある話なのだが、それは俺が若造だからなのか……それとも先生方が、特別なオンリーワン過ぎる人達だからなのか……。
「ああ、そっちのことか! うん、困るよね!」
しかも、それで話が終わった。全く広がらない。
……やはり若造だからと侮られているのだろうか?
「あー……俺らも坊主のところと似たような結論だ。掛け持ちの奴らに聞いたんだが……死亡者がリスタートしてこないのは本当か?」
呆れた様子の先生方の一人が、話を引き継いでくれた。
「それは本当です。いまは調査規模を縮小しましたが、いまだにリスタートが確認できていません」
俺に代わって、カイが答えた。奴の方が正確な情報を掴んでいる。
「ふむぅ……そのしつこいぐらいに調べ上げるところだけは、褒めてやっても良いな」
「だねぇ……それが判明していたから、選択が大きく変わったものね」
などと先生方が珍しく褒めてくれる。
それは嬉しいことだが、先生方が重視しているのが気になった。
「……やっぱり、大問題ですか?」
「あれっすよ、タケルさん! やっぱり死んじゃった人は、『頭が破裂』なんですよ!」
リルフィーが得意気に口を挟んできた。
……俺の見立てでは、明らかに奴は周回遅れだ。ようやくその考えに至ったのかと、全く違う意味で驚いてしまう。
それに真顔で『頭が破裂』なんて主張するのは……かなりの胆力が必要だ。……恥ずかしくないのだろうか? ……ないんだろうなぁ。
ただ、この簡単な言葉で、話を先へ進められる。
その幼稚な表現でも、死亡者が現実で『決定的な結果』になる可能性は示唆できた。むしろ誤解も無く、簡単に伝えられる表現だったかもしれない。
『決定的な結果』なんて馬鹿馬鹿しすぎる。
そんなことは、あり得ないことだ。まず、それは無い前提で進むことになる。それでも、前提として必要な議論だ。そう思ったところで――
ミルディンさんが、驚くべき返しをした!
「あはは……最近の流行は『頭が破裂』なんだっけ? リルフィー君は面白いことを言うなぁ……でも、そんな面倒なやり方しないでしょ? もっと簡単な方法あるんだから」




