『食料品店』前――2
初心者さんは、ひどく遠慮してしまっているが……実はそこまで気を使わなくても良い。
一方的な親切や施しでもないからだ。この人には身体で――作戦の実行役になることで返してもらう。
というのも、目の前に隙だらけの敵性勢力がいたからだ。
誰もが考えることは同じなのか、やや離れたテーブルの方で『自由の翼』が集まっている。
……あいつら、まだギルドホール建設してなかったのか?
資金繰りが苦しいのかもしれない。ハチの奴はかなり大胆に『お笑い』――ジンの奴を追い込んだみたいだから、予算が足りなくなった可能性はある。
これぞ適所適材、ハチを重用してきて大正解だ。今後もジンを凹ます時は、ハチをけしかける事にしよう。
とにかく、奴らがいてもおかしくなかったが……視界に入るだけで、心の奥底からどす黒い何かが生成されるのが感じ取れる。
その比較的近くで、先生方がいつもの様に陣取っているが……気に障らないのだろうか?
先生方ぐらい達観してらっしゃると、隣でリア充が騒いでいても平気になるのかもしれない。さすがだ。
……まあ、その先生方は先生方で……「黄金色じゃないと!」だとか、「これは違う! こんなのはただの小便だ!」などと……ちょっと高尚過ぎて、絶対に近寄りたくない内容の議論に熱中してらっしゃる。
……その内に呼び出されて、意見を求められるんだろうな。ログアウトで逃げれないのが、こんなことにも影響するとは……。
とにかく!
目に映るのは、どうみてもリア充の――『リアルが充実している奴ら』の日常風景だ。
男女の番やその前段階を指す、狭義の意味ではなく……ありとあらゆるコミュニティでヒエラルキーが上の立場を意味する、語源的な意味での――『ぼっち』の対義語の意味での『リア充』だ。
もう奴らの存在だけで、非難の言葉を浴びてる思いになる。
いや、あいつらが「ぼっちは消えてなくなれ」と言うのであれば、俺達は「リア充爆ぜろ!」と怨嗟の声を上げよう!
とはいえ、いまは我慢だ。いま思いの丈をそのままぶつけたら、大惨事の可能性すらある。客観的に考えて、停戦の選択は正しい。
正しいが、しかし……停戦の範疇であれば、それは許される行為なんじゃないだろうか?
標的のジンは、ギルドメンバーの対応に追われていた。
……馬鹿な奴だ。
あいつが俺より賢いのは認めるが、誰にでもキャパシティというものがある。なんでもかんでも自分独りでやろうとしたら、すぐに手一杯だ。無駄に意地を張るより、知り合いや仲間を頼るほうが正しい。
まあ、頼ると頼るで、自分の存在価値に疑問を抱くことになるが……それはそれとしてだ。……多少は要らない子でも、生きる道は探せる。
とにかく、いまの奴は隙だらけだ。
チラチラと何度か様子を伺ってくるが、こちらへまでは手が回らない。ギルドの情勢を把握するで精一杯と言ったところか?
そして、その奴と楽しげに話す『自由の翼』のギルドマスター――クエンスもいた。
ギルマスとその参謀が、一大事に協力して事にあたる。奴らは基本リア充であるから、そんな時でも楽しげだ。まあ、それは良い。そこまでは理解できる。
しかし、俺の目の前でクエンスを見せびらかしちまうのは、拙いだろう。
攻撃する俺が悪いんじゃない。隙だらけの奴が悪いのだ!
「おーい、クエンス! ちょっといいかぁ? 頼みがあるんだ」
「なんや、タケル! ちょい、気安いやろ!」
打てば響くとばかりに、ジンの奴が対応してくる。
「って……お前にじゃねぇ!」
そう邪険に返しておくが……嗚呼、楽しい! ジンの野郎、相当に警戒してやがる!
「なあに、タケル君? それとジン君! いきなり喧嘩腰にならないの!」
やっと本命のクエンスの返答があった。
その様子を心配そうに見守るジン。おそらく、最初から予期していた俺ぐらいしか、その変化は察知できなかっただろう。
「いや、俺も悪かったかも……ごめんな、ジン『くーん』? 許してくれよ、ジン『くーん』?」
「……なんの用や! はよ言わんかい!」
さすがにやり過ぎたか?
クエンスも軽く俺のことを咎めるように見る。
「いや……実はさっき、初心者の人と知り合ってな。うちのギルドじゃ面倒見れないから……そっちで受け入れてくれよ」
普通に事情を説明する。それだけで目的達成だ。
しかも、特に打ち合わせもしなかったのに、初心者さんは礼儀正しく席を立って、軽く会釈なんぞをしてくれる。援護射撃としてはバッチリだ!
しばらくジンとクエンスは呆然としていた。
「はあ? ギルド加入ってことか? あんさんの紹介で?」
確認するようにジンは言うが、失策だ。やはり、忙し過ぎて頭が回っていない。
「別にうちは構わないけど……なんでタケル君のところへ入れてあげないの?」
奴が止める間もなく、クエンスが引き受けてしまう。これでチェックメイトだ。
「いやー……ほら、うちはけっこう……あちこちに敵がいるから。何も知らない初心者さん入れたら、悪いと思って……それに、いま放り出すのも気が咎めるしな」
「こ、この……く、腐れ外道が!」
成り行きに気がついたジンが悪態を吐くが、もう既に遅い。
これで初心者さんは所属ギルドができ、クエンスは親切をしたことで頭の中のお花が一輪増える。
その代わりに、色々と調整するジンは大量に心配事が増えるが……俺は痛くも痒くもない! 完璧な攻撃だ! 今後の停戦に影響も出ないし!
「えっと……本当にあちらのギルドへ? いや、俺は色々と教えてくれるところなら、どこでも助かるんですけど……良いんですか?」
当の初心者さんは多少は空気を読んだのか、遠慮したことを言う。
礼儀正しいし、初心者といってもMMO経験者みたいだし……それなりに良い人材の気がしてきた。ジンへの嫌がらせのつもりで押し付けたが、敵に塩を送る結果になっていないだろうか?
「礼儀正しい人は大歓迎なんだよ! あっ……色々と守って欲しいマナーとかあるんだけど――」
「……そういうのは、後でええやろ。まあ歓迎するわ。確かにタケルのところは……いつどこで後ろから刺されても、文句の言えんとこやさかい」
諦めたかのようにジンは言うが……目は全く笑っていない。
くそっ。密かに気にしていたことを……。
「まあ、こいつらのところは……ノンポリ系にしてはマシだから! イジめられたりしたら、言ってくださいね」
初心者さんを送り出しながら言うが……その裏の意味は『ギルド加入後も連絡取るから。まるで諜報員だけど……仕方がないよな?』になる。
実質的なところはどうでも良い。大事なのは、スパイを送り込まれたと認識させること。それだけで嫌がらせとして十分に機能する。
しかし、まだ何か言い返してくるかと身構えていたのに……ジンの奴はあっさり引き下がるつもりのようだった。
この場は敗北を認めるしかない。そんなところか?




