開幕クソゲー化作戦――6
『セクロスのできるVRMMO』も最近の流行に合わせ、複数のギルド加入が許されている。
言葉の由来としてのギルドとは同業者組合のことだが、MMOでの実情とは大きくかけ離れている。実態は仲良しプレイヤーの集まり、熱心な攻略ギルドで同好会程度のニュアンスだ。我が『RSS騎士団』の様に、固い信念で団結している本格派ギルドは数えるほどしか無い。
それでもギルドこそがMMOの本質だ。
だいたいがオフラインゲームと比較したらシナリオは申し訳程度しか無いし、イベントなんて全く起こらないに等しい。エンディングすら存在しない。
単体としての完成度でいえば、未完成どころか失敗作のできそこないだ。
こんな風に例えてみると解るだろうか。ゲームのシナリオだとかイベント、エンディングなどは学校の授業や行事とする。ギルドは部活動や同好会だ。
学校の用意した授業を受け続ければ物事は進み、いつかは感動の卒業式となり終了だ。部活動や同好会はあってもなくても、本筋とは関係しない。これがオフラインゲームといえる。
しかし、MMOの方では……基本的に授業は用意されていない。入学式のオリエンテーション程度が関の山だ。もちろん、卒業式だって存在しない。
別に部活動や同好会に入らなくても良い。ただ、やることが何もなくなるだけだ。
登校しても授業が無いので自習を繰り返すという……何を目的としているのか見失いそうな日々となる。もちろん、これは例えであるから……登校したくなければ登校しなくていいし、卒業したくなったら勝手に卒業してもいい。つまりはゲームからの引退だ。
だが、部活動や同好会に入っていたら話は変わる。
その集団なりの目的や趣味嗜好で色々なことをするだろうし……集団として存在するだけで物事は起こるものだ。それに授業は存在しないのだから、部活動や同好会のことだけに専念できる。……まるで不真面目な大学生のようだが、これはあくまでも例えだ。
リルフィーのような根無し草だって……どこのギルドにも参加してないのに、あちこちへ顔を出すという方法で関わりを持っている。
だが、色々なギルドがあっても……ただ一つにしか加入できないとどうなるか。
先の例でいえばサッカー部ならサッカー部だけ、野球部であれば野球部だけとなる。
これはサッカーにも野球にも興味がある人間には不都合なシステムだ。
解決方法は三つぐらいしかない。諦めてどちらか一つだけを選択する。サッカー&野球部という都合が良いものを根気よく探す。それとも、ときどきによって移籍を繰り返すかだ。
これが意外と厄介な問題になる。
母体集団側は人の出入りが激しいと落ち着かないし、再加入手続きにも留意しなくてはならない。気の小さい者には出入りすることそのものがストレスだろう。
最終的には出入りは敬遠され、加入も離籍も大事になり……ギルドに対する要求も厳しいものになっていく。ただ一つのギルドで満たされることを希望するようになるからだ。
それは弱小ギルドを淘汰する。当たり前のことだ。誰だって数人で設立された仲良しグループギルドなどという……いつ潰れてもおかしくないようなギルドへの加入には二の足を踏む。加入するならしっかりした大手の方が安心だ。
大手ギルド運営側でも責任と負担は膨大となり……時にはそれがギルドマスターを引退にも追い込む。本末転倒だが、実に良くあることだ。
結局は構造欠陥なのだろう。
単一ギルドシステムはプレイヤーを熱中させやすいが……熱中すればするほどギルドへの要求は高まり、それが大小すべてのギルドを蝕む。
そこで生まれたのが複数ギルドシステムだ。
掛け持ちで加入できるのであれば、多少は緩和できる。サッカーと野球に興味があるなら、サッカー部と野球部の両方へ入ればいい。掛け持ちは掛け持ちで問題点もあるが……一プレイヤーに過ぎないギルド運営側に、全ての負担を任せるよりずっとマシだろう。
『セクロスのできるVRMMO』で与えられているギルド加入枠は二つ。それ以上は課金して枠の追加だ。
それを各プレイヤーは思い々々に活用している。色んな利用法があるので、説明しきれないくらいだ。一つを固定して残りを臨時加入用としたり、仲良しグループギルドと攻略ギルドを掛け持ちしたり……時にはギルド同士の連合などにも応用される。
とりあえず、注文通りにギルドを設立した。名前は『情報部』で、属性は非公開だ。
ギルド内ギルドを作るのはあまり歓迎されていないが、人数が多すぎて不便なので仕方がない。現時点で情報部のメンバーは二十名以上いるし……『RSS騎士団』には未加入のメンバーもいる。それに『情報部』の方にならアリサを入れても問題ない。
非公開ギルドは存在ごと秘匿できるが、多くの権利も失われてしまう。ギルドの名義が必要なことはほとんど駄目だ。まあ、連絡がメインだから、それで十分ではある。
「……作ったぞ。加入申請よこせ。名前は『情報部』に変えた」
「『省』とか『庁』とかの方が良いかもしれませんよ?」
「不吉なことを言うな! これ以上、仕事が増えてたまるか!」
頭のいい奴は思いもよらないことを言い出すから厄介だ。
送られてきた加入申請を許諾し、片っ端から権限を開放していく。……いざとなったらギルドマスターの仕事はカイに丸投げだ。
さて、俺も遅刻した分、てきぱきと仕事を片付けないとと思ったところで――
「だから! そこには留め金を付けることに決めただろうが!」
「こんな所に留め金は付かない!」
と言い争いが聞こえてきた。
何について揉めているのか判らないが……理由は想像できる。いつものことだ。
「あー……俺が仲裁してくる」
顔を引きつらせているカイを止め、言い争いをしている方へ向かう。
そこでは大きく広げたウィンドウを前に、地べたに胡坐をかく二人の男がいた。ウィンドウからは立体映像――鎧の設計図が飛び出している。
「ヴァルさん、デックさん……今度は何を揉めてんですか?」
俺が二人に言うと――
「ああ、隊長! 良いところに! デックの奴がまた話を蒸し返しやがったんだ!」
「おお、タケル! 聞いてくれ! ヴァルの野郎が間違ったことをしようとするんだ」
と同時に主張してきた。息が合っているんだか、あっていないんだか解りやしない。
うん、いつもの様にお互いに意見を譲らずに喧嘩となったんだろう。溜息が出てきそうだが……この二人が『RSS騎士団』の武器・防具製作の製作担当の責任者だ。
「留め金? 俺にも判るように説明……できます?」
恐る々々たずねると――
「ここだ! この追加した留め金だ!」
とヴァルさんこと、ヴァルカンが立体映像を指し示す。しかし、指摘されても俺には何のことだか判らない。
「そんなところに留め金は付かないんだよ!」
それをデックさんこと、デックアールヴが否定する。その語気はまるで……とうてい許せない侮辱をされた人間のようだ。
さて困ったぞ。どうやら説明されたらしいが、俺には何のことだかさっぱりだ。
「ここに留め金を追加しなきゃ、微調整が効かないだろうが!」
「そんな位置に留め金を付けたら、強度が落ちるだろうが!」
また二人が罵り合いはじめる。
だが、それでようやく揉めている原因が、薄っすらと理解できた。
『RSS騎士団』の鎧はこの二人の合作なのだが……仲良く協力してというより、罵り合いながら競うように作られた。もちろん、大喧嘩になるたびに仲裁しているのは俺だ。
ヴァルカンはゲームよりのデザインで、ゲーム的には便利この上ないが……下手をすると実用一点張りの作品となる。第一案は留め金だらけの……『留め金メイル』とでも名付けなければならない代物だった。
デックアールヴのデザインは史実を忠実に再現したもので、芸術的ともいえるのだが……不具合までも完璧に再現される。史実の騎士同様、転倒したら起き上がれなくなるところまでだ。
だが、その二人の才能が――俺の忍耐力も! ――合わさった完成品は素晴らしかった。ゲーム用鎧という機能を突き詰めながらも、騎士鎧のイメージを全く損なっていないデザインといえる。
「いや……ほら……身体にフィットしやすいほうが……戦闘で……違和感に繋がると……」
「ほら、見ろ! 隊長は俺の味方だ!」
俺の取り成しに、ヴァルさんが得意げだ。……って、子供じゃないんだから。デックさんの方も凄い悔しそうにしているし!
「でも……ここはデックさんの腕で……ちょちょいと留め金のデザインを変えて……美観を損ねないようにするとか……できませんかね?」
「……ふん。タケルがそう言うなら……やってやらんでもない。他の奴じゃ美しくできないだろうからな!」
ディクさんの顔も立てておこうとしたら、判り易い当てこすりだ。やりにくいなぁ!
また二人は諍いを始めるが……二人とも方針を決めれば従うから、そのうち治まるだろう。こういうのも「喧嘩するほど仲が良い」と言うのだろうか?




