様々な決断――3
「どうして、その提案になるんだよ! あれか? 台風の日に、わざわざ田んぼをの様子を見に行くとか……その手のことをやらないと気がすまないタイプなのか!」
思わず喚き返してしまった。
「なんで台風の話なんすか? 変なこと言ってないで、狩りへ行きましょうよ! みんなにも声掛けて! オールとか久しぶりじゃないっすか!」
実に不思議そうに、それでいて自信満々に再び主張してくる。
間違っているのはこっちなのかと、錯覚してしまいそうだ。
そのリルフィーの腕にぶら下がる様にして、ネリウムが諦めたように言う。
「……狩りへ行くといって、聞かないのです」
……この二人は『かなり親密な関係』だ。
一般的なリア充達が主張する『恋人』とかいう、空想上の設定な可能性が高かったが……まだ、はっきりとは問い質していなかった。その正式名称が特殊な専門用語――主従関係を意味するナニか――だったら、どんな顔をすれば良いのか判らないからだ。
まあ、細かなことは措くとして……ネリウムがリルフィーの腕にぶら下がっていてもおかしくはない。おかしくはないが、しかし……そんなことをしそうなタイプでもなかったから、少し意外ではある。
この非常事態で、さすがの『ブラッディさん』でも心細いのか?
色々とおっかないところもあるが、一応はか弱い乙女……だしなぁ?
一瞬、そんなことを考えてしまったが、すぐに勘違いに気がついた。
これは文字通りに身体を張って、リルフィーの奴を捕まえているのか!
明らかにハイテンションになってるリルフィーは、いまにも狩場目掛けて突撃しそうだ。
だが、僅かでも動き出そうとすると、慌ててネリウムが腕を抱え込む。あれではしがみ付くネリウムを引きずりでもしなけりゃ、走り出せやしないだろう。
なんでそんなことをしているのかと言えば……台風が来たとはしゃぎだす小学生よろしく、リルフィーは無駄に元気一杯なんだと思う。
……これは生物学的に、台風などの危機的状況になると、自動的に心身のギアが上がる仕組み……だったか?
ギアの上がる男と、影響を受けない男を比べたら……ギアの上がる男の方が生存確率が高くなる。結果として、子孫を残しやすい。そんな学説があったような?
しかし、理屈的にあり得るからといって、傍観していたら何をしだすか解らない。
ネリウムの判断が――とにかく物理的に抑え付けてしまうのが、とりあえず正解だろう。
「オールっすよ! オールっ!」
なおも場違いにはしゃぐリルフィーを見て、奴がオール――徹夜の狩りが好きだったのも思い出した。
『セクロスのできるVRMMO』に移住して以来、徹夜は稀になっている。それはもちろん、パーティメンバーに女性がいるからだ。
偏見かもしれないが、女性はなぜか徹夜を蛇蝎のごとく嫌う。
「徹夜で狩りをしよう!」と主張すると、やんわりと窘められるし……次の日に早起きして集合しようなどと、微妙な代案を提示される。
俺はリルフィーほど『オールの狩り』が好きではないが、そういうことじゃないのも理解できた。
休みの前日、深夜二十九時ぐらいまで狩りを続け……ヘロヘロになりながらログアウト。
どこからか新聞配達のバイクの音が聞こえ、部屋は朝焼けの光に包まれている。徹夜で回らなくなった頭で、ぼんやりと――
「嗚呼、無駄に徹夜をしてしまった。早くも休日が台無しに……」
と嘆く。
それがオールの醍醐味だ。その瞬間の為に、徹夜で遊ぶ意味がある。
あの退廃的な感じは嫌いじゃなかったが、時と場合を選ぶべきだ。
さすがに叱り付けようとして、気がついた。
もしかしたら情報量に差があるのかもしれない。そうだとしたら一方的に非難するのは、やり過ぎか。
「あのなぁ……いま起きている不具合はログアウト不能だけじゃ無くて、リスタートもなんだよ!」
そう教えてやると、リルフィーとネリウムは驚いていた。
読みが当たったらしい。なかなか気がつきにくいことのはずだから、仕方がないだろう。そうと思って観察しないと判明しないし、実地で試す段になったら手遅れだ。
リルフィーの奴は、ログアウト出来ないだけと思っていたのだろう。
それなら「狩りでもして、遊びながら待っていよう」と考えても……まあ、少ししか変じゃない……かもしれない。
「それは……知りませんでした。となると……軽めの狩場が良いっすね!」
真顔だったから、おそらく本気だ。そして紛うことなき変態でもある。
「なんでその結論になるんだよ! 狩りへ行くのは、決定事項なのかよ!」
また、大声でツッコむ羽目になった。
ネリウムもネリウムで、反射的にリルフィーの腕を強く抱え込む。……いまにも走り出しそうだもんな。
もう廃人の思考方法は、量りがたい。
……いや、廃人的に考えたら、狩りへ行くのは温い選択か?
「というかよぉ……巻き戻しもあり得るんだから、レベリングも無えだろうよ……疲れてきたぜ、もう……」
『巻き戻し』というのは、運営側が密かに用意したセーブポイントまで戻す処置のことだ。
滅多に選ばれる方法ではないが、ログアウト不能になってから起きたことは『なかった事』にされるだろう。それぐらいの問題に発展している。……このゲームが存続すれば、だが。
俺の嘆息に、それまで黙っていたカイが「あ、そうか!」とばかりに手を打つ。
何をしても『なかった事』にされるということは、ノーコストで実験が出来るという意味だ。全ての使用資材が、後で返ってくる。
というより『巻き戻し』フラグが立ちつつ、それでいながらプレイヤーに時間が与えられるなんて……MMO的には千載一遇のチャンスなのは間違いない。
……カイ、お前もなのか?
明らかにガッカリしているリルフィーと入れ替わるように、ソワソワしだした。何か思いついたのかもしれない。
しかし、ギルド『ヴァルハラ』あたりでは、いまごろ実験大会になっているかもしれないが……あくまでも『巻き戻し』になるという予想だ。
そんなことをしている暇も無い。
「だぁっ! 狩りには行かない! 実験大会もしない! とりあえず、『食料品店』にでも行こうぜ? 俺は腹減っているんだよ! あー……全員に飲み物ぐらいは奢ってやるからよ!」
俺がそう断言すると、なんとなく全員からの返事があった。
ようやく移動も再開される。
……ただ場所を変えるだけだというのに、なんでこんなに手間が掛かるんだ?




