様々な決断――2
落ち着いて観察しなおしてみる。
年の頃は二十代前半ぐらいか? 俺よりは年上だが、この世界全体では若い部類。装備品も『魔法使い』の初期装備のローブと杖だけだ。
……もしかして、初心者か?
「初心者さん……かな?」
「ああ、うん……そう。初めたばかりなんだ」
俺の問いかけに、ばつが悪そうに……それでいて、あっさりと認めた。
熟練プレイヤー側からすると、初心者は一目瞭然だ。その辺の事情を理解していて、俺が当たり前に見抜いたことを、不審にも思っていない。
……このゲームの初心者ではあるが、MMO経験者ではあるのか?
そして恐ろしくツイてない人な気がする。
「もしかして……今日から?」
「うん。念のために聞きたいんだけどさ……いま、普通じゃないよね? ログアウトできなくなっちゃってるし?」
やっぱりだ。
今日からの初心者さんで、いきなりアクシデントに見舞われた。それも下手したらログインしてすぐのタイミングか?
十分にあり得た。
普通なら初心者が街で放置されることは、まず無い。
こんな初期装備姿で、キョロキョロと街を見物していたら……あっという間に各ギルドの勧誘役が押し寄せてくる。時間帯によっては、歩くのも大変なはずだ。
初心者には色々な特徴があるが、ほぼ確実に言えることが一つある。
ギルド未所属のフリーなことだ。
そんな絶好の獲物を見過ごすお人好しでは、ギルドの運営陣など務められない。
粉をかければ高確率で話に乗ってくる。自分達の評判なんて知る由もない。高い可能性でギルドメンバーに釣れる。まさしくカモネギ、悪く言うのならグッピー狩りだ。
まあ、狩られる方にしても、右も左も解らない状態から案内してもらえる。
話がまとまれば安住の地として、ギルドも提供してもらえるし……最初に何をするべきか程度は、教えてくれるはずだ。よっぽど会話の選択肢を間違えなければ、顔見知り程度も作れるだろう。
しかし、残念なことに、この初心者さんは放置されてしまった。
タイミングが悪すぎる。何が起きているのか不明ないま、ギルド勧誘でもない。それに俺の見立てが正しいとしたら……この人はお荷物になる可能性が高かった。
自分ですらどうすれば良いのか悩んでしまっているのに、右も左も判らない初心者を抱えるのは辛い。非人情的だが、放置を選択も止むを得ないだろう。
いや、その当の本人は、多少の判断力がある方なのか?
戸惑いながらも街の様子を観察し……最大派閥の集団として、俺達『RSS騎士団』に白羽の矢を立てたのかもしれない。
ありえる話だ。
ずいぶん前から連絡役としてメンバーに走り回ってもらっているし、街を移動するときは常に二人以上を義務付けている。その全員が同じ装備シリーズだ。誰だって同じグループの奴らと思うだろう。
まあ、何も知らない初心者に、いきなり話しかけられるのは……珍しかったが、無いことじゃない。普通はどこかのギルド勧誘者が、要注意団体なのを教えるらしいが……稀には体験した。
……なぜかそういう奴に限って、俺達のことを『自治厨』扱いしたが。
MMOというシステムそのものが、日常的に新規プレイヤーを受け入れている。
俺達のようにβテストから参加し、集団で攻略する奴らだろうと……物見遊山気分の初心者だろうと……全て等しく平等にプレイヤーだ。
それがMMOというものだし、上手く機能していた。……今日までは。
日常での出会いだったら、中指をおっ立てて「ファック!」と叫んで――なぜか、それが期待されている『RSS騎士団』像に思える日もある――も良かったし、「時間無いんで他をあたってください」と素っ気なくしても良かった。
しかし、いまこの瞬間にそれはどうだろう?
言葉を濁して誤解させてしまう方が、罪があるだろう。飾らずに言うことにした。
「あー……なんて言えば良いのかな。うーん……多少のアドバイス程度は構わないんだけど……俺達はいわゆる……『PKギルド』だとか呼ばれる方なんだ。……『PKギルド』って解る?」
『PKギルド』だけでは、『PKするためだけに集まっているギルド』と『問題解決にPKも辞さないイケイケのギルド』の二つの意味があるが……主義主張を説明する場合でもない。
多少は誤解されるかもしれないが、この方が主旨は間違いなく伝わる。
「な、なんとなく。そうなんだ……。その……そういう系統は……あっちの人達だと思ったんだよなぁ……」
その答えを聞いて、思わず笑ってしまった。さり気なく指差す先には、『モホーク』の奴らがいたからだ。
まあ、例によってトレードマークのモヒカン刈りにトゲトゲだらけの装備。
俺なんかはこの前の戦争で、奴らの中身は完全に現代日本人と思い知らされたが……初見だと、骨の髄まで世紀末と思うかもしれない。要注意プレイヤーとも思うだろう。
……いや、その感想は全く正しいのか。
いままでにPKやらなんやらされた奴らにしてみれば、『モホーク』も『RSS騎士団』も大差の無い迷惑集団に違いなかった。
視線を感じたのか、『モホーク』の奴らは逃げるように移動を始める。
まだ停戦の布告は済んでいないし、警戒されてしかるべきだ。その反応はおかしくもないが……作業を少し急ぐべきか。何か揉め事になってからでは遅い。
「うーん……まあ、あいつらも似たようなものなのかなぁ……俺達的には一緒にして欲しくはないんだけど。とにかく、ギルド加入は無理。敵も多いし、規約も色々とある。それに避難所としては向かない。……避難所が欲しいんでしょ?」
「うん、まあそんなところ」
照れ臭そうにしながらも、正直に答えてくれた。
意外と上手く立ち回っていけそうな感じがする。まあ、どのみち……あと半日ぐらい大人しくしていれば良いだけだ。
「となると……金貨一枚すら無いわけか。うーん……あまり良くないけど……食事でも奢りましょうか?」
「いや、そこまでしてもらうのは悪いし――」
「まあ、気にしないでも。異常な事態だし。それに『食料品店』まで行きゃ、誰か知り合いもいるだろうし」
普段ならこんなことは言わない。
初心者が困っていようとも、「死ね!」の一言で済ます。……色々と守るべき評判があるからだ。
しかし、何となく気が抜けてしまっていた。
『食料品店』に行くのは予定通りだったし、そこでノンポリギルドの奴にでも押し付ければいいだろう。交渉可能なギルドの一つや二つ、心当たりが無くもない。
「『食料品店』? 食事はともかく……そこへ行けば、人がいるのかな? 案内だけお願いできないかな?」
話がまとまり、移動しようとしたところで――
「えーっ……『食料品店』なんて止めにして、狩りへ行きましょうよ!」
と呼びかける声がした。
……まあ、リルフィーの奴だ。




