会議――4
「いや、正直さぁ……明日の出勤を考えると、そろそろログアウトして……もう寝てないと駄目な時間なんだよね」
「やっぱ、この流れだと……徹夜?」
「最近、徹夜は堪えるんだよな……こっちの世界でも、寝といた方が多少はマシなんかな?」
などと、社会人のメンバーは思いおもいに話をしだした。
その間に、急いで提案されたことを考える。
おそらく、わざわざ相談を持ちかけてくれたのは……親切心からだ。
一言の断りも無く、どこかで死亡。以後は行方不明となってしまったら、残る俺達の手間となる。
また、リスタート不能状況だから、死亡者は強制ログアウトした。そう予想するのも、解らなくもない。それなら現状を説明できる。
だが、同じだけの可能性で、俺が最初に考えた『決定的な結果』――平たく言い直すのなら、リアルでの死亡も考えられるはずだ。
『ログアウトできるかも』と『死亡もありえる大惨事』を天秤にかけたら、全くつりあわないと評価するのが普通だ。それは全員が理解できている……よな?
しかし、現実で『決定的な結果』となっている証拠も無い。
俺自身にしてからが、非常に低い可能性があると思っている程度だ。
まあ、それは『ログアウトできる』の方でも立証できないことだし、どちらも似たような論拠しかないのなら……安全策で死亡を選択しない。同様に他のプレイヤーにも、死亡を強要しないでおく。
それが停戦を決めた理由の根底にあるはずなのだが……他の皆は違うのだろうか?
だから、「自殺の許可をくれ」といわれたら、「ノー」と答えるのが正しいのだが……それはそれで別の問題が発生する。
団員のリアルの私生活へ、それも仕事の問題へ口を挟むことなってしまう。
それは越権行為過ぎるし……形の上では上官とはいえ、趣味の遊びの仲間に過ぎない学生に言われたら……屈辱以外の何ものでもない気がする。考えすぎか?
また、MMOでは『リアル大事に。リアル最優先』というマナーがある。
誰もがリアルを犠牲にしたら駄目だし、犠牲を要求するような言動もしてはならない。そういう考え方と振る舞いだ。
「仕事の為に自殺する」と言われたら……マナー的には、一言たりとも口を挟むべきじゃない。それは礼儀的にもだろう。親しき仲だからこそ、礼儀は重視するべきだ。
しかし、それは現実に死亡するかもしれないリスクを、軽視するということで――
「おい、あまりタケル君を困らせんなよ。悩んじゃったじゃんか」
「いや……別に隊長を困らせるつもりは――」
そんな声が俺を引き戻した。
……礼儀に気を払い過ぎて、大事なことを見落としたらまずい。多少は露骨でも、ここは確りと話し合っておくべきか。
「死亡すると、本当に死んじゃう可能性はありますよ?」
……なんか駄目だ。少しビシッと言おうとしたのに、決まらなかった。
そもそもフランクな言葉遣いと、中途半端な敬語でフラフラしていて……自分でもおかしいのが良く解る。
しかし、リアルの話をするのなら、相手は年上の社会人だ。敬語が正しい……よな?
「うーん……やっぱりタケル君も、そう考える?」
「死亡……あり得そうなんだよなぁ……」
一瞬、正しく伝わったと思ったが……もの凄くおかしなことに気がついた。
皆は……リスクを理解してながらも、それでも死亡を――自殺を検討しているということか? その場にいるほとんどの者が、特に不思議に感じていないようだ!
「いや……やっぱり……物事が落ち着くまで、何もしないと言うのが一番かと――」
「うーん、でもさぁ……支度もあるから……朝の六時頃にはログアウトできていないとまずいんだよね」
「俺も似たようなもんかな。隊長はこの不具合、いつ頃まで続くと思っています?」
やんわりと窘めようとしたら、微妙な質問で返された。
そんなのは予想もつかない。だが、しかし、どう見積もれば良いのか判らないが……物事には限度というものがある。
「とりあえず……明け方、悪くても明日の午前中には解決するかと。……というか解決してくれないと、俺も困ります」
それには賛同の声も上がったから、そうおかしな読みでもないだろう。
何の不具合だろうが、いずれは解決されるはずだ。また、そうでなくては困る。しかし、それなのに――
「それじゃあ、やっぱり……このまま待っているのは難しいかな」
「だな。ちと明け方過ぎるようじゃまずいな」
なんて結論に達していた。正直、意味が解らない。
不審そうな俺を見かねたのか、説明を始めてくれた。異様なものを見る気持ちが顔に出ていたのか、苦笑いもされてしまう。
「まだ学生のタケル君に、理解しろとは言わないけど……これだとさ、凄くまずいんだ」
「だね。これだと……『ネトゲを終わらせられなくて、会社を休む――それも無断欠勤をする』になっちゃうね。ちょっと言い訳のしようもないことだよ」
その説明には、その場に居る全員が肯いていた!
確かに『ネトゲを終わらせられない』だ。本人の意志が弱くて遊んでいるのではなく、単純にログアウトできないだけだが……そう言えなくもない。
このまま解決待ちをしていれば、人によっては無断欠勤にもなるだろう。遊んでいるのではなく、拘束されているだけに近いが……見方によっては、仕事を休んでゲームしているだけだ。
でも、その解釈は間違っているだろう!
しかし、「無断欠勤じゃなきゃなぁ……」だとか「明日は絶対に休めない曜日だわ」なんて嘆きも聞こえたから、完全に本気らしい。
いや、社会人が勝手気ままに休めないのは、俺だって知っている。
親父もそうだし、爺さんや曾爺さんもそうだった。学生の頃は不真面目だった兄貴ですら、いまでは無断欠勤なんてしない。
しかし、そのルールは……こんな非常事態にも?
命懸けでログアウトできる『かも』に賭け、自殺するのが正しい振る舞いなのか? 明日の朝、出勤するために? 無断欠勤の罪は、命よりも重い?
「あの……事情が事情ですし………………そうだ! 家族の人か誰かが、お休みの連絡してくれるんじゃないですか?」
思いついたことを言うので精一杯だ。
それにも「俺、一人暮らしだしなぁ」だとか、「連絡しても、休ませてくれるかどうか」などと否定的な意見が出てくる。
「おい、お前ら! タケル君に相談することでもないだろ! 俺はもう……裁判すれば勝てる案件と、割り切ることにしたぜ?」
「裁判しても仕方がないだろ――って、公務員なのか? お前、公務員だったんだな!」
「……国民の皆様、夏のボーナスご馳走様でした。自分は労働者の模範となるべく、不当解雇された場合には断固たる態度で――」
「死ね! 公務員は死ね!」
なぜだろう。大騒ぎになってきた。
かといって、俺のような若造が簡単に収められる問題でも無さそうだ。
「タケル君! 何をしているんだい!」
ついにヤマモトさんまでやってきて、叱られてしまったが……事態の収拾に、上手いアイデアも思いついない。
それに、これは……俺の責任なのか?




