はじまり――3
……やはり、最初に思った通りに、切断事故だったのだろうか?
試みたのは通常のログアウト手順だ。
細かいことは別として……簡単に言うならば、クライアント――ソフト側から操作している。切断で公式サーバーと切り離されていたり、クライアントエラーで反応しないことは考えられた。
とにかく強制終了するべく、コマンドワードを発声する。
憶えやすく、それでいて日常会話では絶対に言わない数字の羅列。こちらはクライアントとは全く関わりがない。VR空間から直接MMOマシーンを操作する。
ゲーム的には色々なペナルティ――『強制終了逃げ対策』が取られているが、背に腹は代えられない。それに街中なのだから、大した不都合もないだろう。
だが、ログアウトできない。
キーワードを間違えたか? それとも発声が良くなかったのか?
少し焦りつつ、もう一度試みる。何度も試す。
やはり、強制終了が始まらない。
このゲームで強制終了が掛かるのは確認済みだ。
というよりキャラクター作成の手順で、強制終了の実演を要求される。
VRサービス全般の慣わしだ。必ず強制終了の動作確認をさせられる。詳しくは知らないが、法律で定められていたはずだ。
焦りながら、キーワード以外の方法も試す。
日常では絶対にやらないポーズ。左手を頭の後ろに回しながら、右の耳をつまむ。馬鹿みたいなポーズだが、覚えやすく日常では絶対にやらない。
「……厳しいな」
思わず独り言がでてしまう。やはり、何の効果もなかったからだ。
残ったいくつかの方法――VRサービスによっては喋れなかったり、手足すらない場合もある――も試すが、どれも反応しない。
……どういうことだ?
かなりの大問題に直面している。
どうやったらログアウトできるんだ?
強制終了ができなかったら、即座に営業停止レベルの不具合とされている。
どんなに運営側に不都合であっても、強制終了を妨げるようなシステムは許されていない。車で言えばシートベルトどころか、ブレーキに相当する。勝手に他人のブレーキを効かなくしたら、すぐに裁判沙汰へ発展するだろう。
ここまで重要視されているのは、考えてみればすぐに解る。
俺はまだ対処法を思いつくが、VRビギナーだったらこれで手詰まりだ。閉じ込められたと錯覚してもおかしくない。都市伝説の『VRに閉じ込められた女の子』なんていうも、聞いたことはあると思う。
全体メッセージを使おうとして、反応しないことに気がつく。
このレベルの問題発生なら、全体メッセージでGMへ呼びかければすぐに飛んでくる。
しかし、GMコールが無いのが不愉快だ。無いのが主流とはいえ、こんな事故のときはどうするつもりだったんだ?
誰かに代理を頼むべく、ギルドメッセージを使おうとして……使えない。……こっちも駄目か。かなり深刻なクライアントエラーが起きている。
ついでに個別メッセージも試すが……やはり駄目だ。
とりあえず『詰め所』を出ることにした。
下に行けば先生方がいるだろう。誰か知っている奴を探して頼むのでもいい。
……『声化け』とか起きてないだろうな?
声が正常に発音されない不具合を聞いたことがある。『文字化け』の音声版だ。
……その時は筆談か?
それすら通じなかったらどうしよう?
その場合はジェスチャーか?
俺が思っていた以上に、強制終了できないのは大事だった。もしかしたら今日一日は、これの対応に追われるかもしれない。
そう考えながら階段を下りていると――
「あ、隊長……出かけるんですか? ……そのお出かけを、私は知ってても良いのでしょうか?」
ちょうど『詰め所』へやってきたカイに、嫌味を言われた。
……まだ、ふて腐れてやがる。意外としつこい奴だな!
ジンとの――『自由の翼』との交渉の場に、呼ばれなかったことへ腹を立てたままだ。「副官として信用されていないんですか!」などと文句も言われた。
しかし、俺は正解だったと考えている。
情報部のナンバーワンとナンバーツーが、連座して失脚は拙い。
俺が追放処分でもされていたら、次の情報部リーダーはカイだ。それでなくとも出世して欲しい奴なのに、あんなトラブルに巻き込まれて欲しくなかった。
……それにジンとの裏取引に、賛成するとも思えないし。
当然、『自由の翼』との顛末は、団長と副団長に説明した。
……あれは報告と呼べたのだろうか? どう考えても、完全に事後承諾だ。
意外なことに団長の方は、笑って承認してくれた。
まあ、団長は元々、ギルドホール買占めを疑問視している。今後は資金稼ぎの意味合いになると聞いて、逆に納得されたぐらいだ。
しかし、副団長には、もの凄く叱られた。
どうも怒っているというより、心配されたらしい。
正式に始末書を書かされたし……手持ちのギルドホールの権利書は、全て副団長預かりに変更だ。今後は取引に使うなら、副団長の許可を仰がねばならない。
「……いい加減に機嫌を直せよ。悪かったと思っているし、謝っただろ? それより、ちょうど良かった。全体メッセージの代理を……待った。いま俺の言葉、普通に聞こえているか? 変じゃないか?」
「……何かの謎掛けですか? いつも通りに調子の良い言葉が聞こえてますよ? それに全体メッセージの代理? どうしたんです?」
不審そうな顔で答えてくる。どうやら会話は成立するようだ。
「どうもクライアントエラーか何か、起きちまったぽい。ログアウトできないし、全体メッセージ――メッセージ関係も全滅だな。ちょっと代理でGMに呼びかけてみてくれ」
「それはまた……レアなことを。全体メッセージですね? GMは全体メッセージを観ているんですかね?」
そう言いながらも、カイはメニューウィンドウを操作しだした。少し面白そうにしているのは、珍しい体験に期待してだろう。
だが、カイも全体メッセージを使えなかった。
「……おかしいですね」
「……おかしいな。他のメッセージも俺と同じか?」
言われるがまま、カイはメニューウィンドウを弄くるが……何も起きない。
「……駄目みたいですね。どうしたんだろう?」
「ちょっとカイもログアウトしてみてくれ。万が一、ログアウトできなかったら……強制終了も」
カイは黙ったまま肯き、メニューウィンドウの操作を続けた。
しかし、何も起きない。
ログアウト作業が出来たのなら、身体は光に包まれて消えるはずなのに。
真剣な顔になったカイは、外国語の歌……もしくは詩か?を詠唱しだした。おそらく強制終了用のキーワードだろう。
やはり、何も起きない。
カイは何度かキーワードを繰り返してみるが、駄目なようだ。俺も無言で見守る。
次に不思議なストレッチみたいなポーズを取り出す。ポーズ式のスイッチだろう。しかし、ログアウトは――強制終了はかからない。
一通り試した後、カイが言った。
「これ……大問題じゃないですか?」
「……だな。俺だけかと思ったけど……カイもか」
思わず二人して考え込んでしまうが、解決策も思いつかない。
その沈黙を破るようにして、『大声』が聞こえた。
「運営うぜぇー! 糞運営がぁ! なんでログアウトできねぇんだよ!」
誘われるがままに通りの方を見てみれば、誰かが『大声』で文句を言っている。
だが、その騒いでいる奴だけでなく、ほとんどのプレイヤーがお互いに何かを言い合っていた。
「全体メッセージ……できなくない?」
「ギルドメッセージも……話している最中だったのに」
「個別も駄目みたいだよ? それにさっきの『大声』……ログアウトできないの?」
ざわめきは止まることなく、それどころか広がっていく。
どうやら俺とカイだけではなかったらしい。




