はじまり――1
カエデは真剣な顔で、ぬいぐるみを並べ直していた。
口を尖らせて小声で「むー……うー……」と唸っちゃったりもしている。どうやら、いまいち納得のいかない様子だ。
新作のぬいぐるみ――とうとうグーカとリンクスまで追加された――が出来たので、それを飾るつもりらしい。
……可愛い。
もちろん、カエデのことだ。ぬいぐるみも程よくデェフォルメされていて可愛いが、その製作者の魅力には足元も及ばない。夢中になっているカエデの百面相は、眺めているだけで癒される。
机の反対側に座る俺には、カエデの首から上しか見えない。
優しいカエデは、ぬいぐるみと同じ目線で作業しているからだ。その頭がピョコピョコと動く様は小動物みたいに思える。
正直に言うと……このぬいぐるみ達の大増殖には困っていた。
日に日に机が狭くなっていく。現に、ちょうど書類仕事をしているところだったが……その作業スペースは呆れるほどに狭い。もう半分以上が、誰かの置いたオブジェクトに占領されている。
……まあ、いいか。カエデは楽しそうだし。
「うん、おわり! ……みんな、仲良くするんだよ? ――タケル! この子達に意地悪したら許さないからね!」
途中で矛先は俺へ変わり、精一杯の怖い顔で睨まれた。……とても可愛い!
「お、おう!」
だが、俺の返事を面白く感じたのか、くすくすと笑い出す。何か変だったか? しかし、まあいい。凄く可愛いかったからな!
やはり、カエデは最強だ。
見ているだけで癒されるし、元気も出てきた。ここ最近の不運、それら全てがどうでも良くなってくる。
いま『詰め所』には、俺とカエデの二人しかいない。
なのにカエデは、天真爛漫に魅力を振りまいてくる。
これは……誘っているのか?
実は小悪魔的なところもあるカエデは、俺の事を誘惑して楽しんでいたのか!
ここまでお膳立てされたら、俺も男だ。誠意を持って応えるべきだろう。素早く頭の中でファイトプランを検討する。
まず、さり気なく席を立ち、カエデの肩でも抱いて、そのままソファーまでエスコート。
……完璧だ。
仮に俺が何かを勘違いしているとしても……愛さえあれば、全ての行いは正しい! リア充どもの文献にもそうあった。
よし、作戦開始――
「あっ! タケル! 面白そうな番組が始まったよ! ……ボクにも音が聞こえるようにして! ほらっ! 早く!」
しかし、ほんの僅かに考えすぎていた間に、カエデの興味が逸れてしまった。
いまはもう、開きっぱなしにしていた全体メッセージに夢中だ。画面に注目したまま、急かすようにポフポフと叩いてくる。
溜息を隠しつつ、言われた通りに音声の設定を変更した。ついでに画面も大きくしておく。
カエデがこの顔をしたら、もう駄目だった。テコでも言うことは聞かないだろうし、邪魔なんかしたら……しばらくは文句を言い続けられる。
「――私はいま、三軒目の『店舗』である……えっーと……」
「あら、失礼しちゃうわね。本日開店の『ブルーオイスター』よ! 今日来てくれたお客さんには、あたしが特別サービスしちゃうから! みんな、いらっしゃってね! いい男は絶対によ!」
画面にはレポーターである亜梨子と、そのインタビュー相手である店主が映っていた。
亜梨子はいつものごとく、インタビュー相手に食われかけている。……画面を見ると物理的に食べられてしまいそうだが、その意味ではない。圧倒される意味の方でだ。
まあ、いつものギルド『北東西南社』による報道番組だった。
三軒目の『店舗』が開店し、いつものように取材なのだろうが……凄い絵面としか言いようがない。制服なのか、ドレスコードでもあるのか……判で押したように全員のファッションが同じだ。
レザーの短パンに、上半身裸でこれまたレザーのベスト。
全員が『組合』の人達だ。ガイアさんは初日は全力全開と言ってたが……こういう意味か。これなら目論見通り、一般人は絶対に立ち入らない聖域となるだろう。
「ぶ、『ブルーオイスター』さんは甘味処と聞いていたのですが――」
「そうよぉ? 私達が一生懸命に作ったスイーツを沢山用意して、ナイスガイの来店をお待ちしているわ! いい男! いい男に来て欲しいの!」
半ば亜梨子は無視される形で、店主はカメラにつかみ掛からんばかりだ。
観光客の排除目的と聞いているが……やり過ぎではないだろうか?
実はこの『ブルーオイスター』、新しい試みの一つだ。
表向きは飲食店――MMOでは全く需要の無い商売をしつつ、裏の顔として『組合』の溜り場とする。つまり、ギルドホール代わりに使用するのだ。
不特定多数が出入りできるようにして、『組合』メンバーを秘匿する。
詳しく聞いてはいないが、『組合』メンバーなのを公表したくない者もいるらしい。……まだまだ偏見や差別はあるから、色々と大変なんだろう。
そんな訳で説明はされていたから、意図は理解していた。
しかし、映し出される光景は地獄絵図だ。
もう、絵に描いたみたいにテンプレートな……あっちの人達が踊り狂っている。
……これを一度見れば、ノーマルな人間は絶対に立ち入らなくなるだろう。俺達『RSS騎士団』の武力を背景とした脅しよりも、ずっと機能的だ。
「タケル! いまの見た?」
「お、おう……い、色々な人がいるよな」
「うん? なに言っているの? ウェイトレスさん達のこと? 確かに面白い制服だったけど、そっちじゃないよ!」
……ウェイトレス?
いや、広義の意味で言えば給仕だし……女性名詞を使うのが正しいだろうから……ウェイトレスと呼ぶのが正解なのか?
しかし、俺に彼女達をウェイトレスと呼ぶ器量はなさそうだ。
誰もが筋骨隆々で逞しく、ほとんどが見事な口髭なんぞを蓄えている。……ガイアさん達、悪ノリのし過ぎじゃないか?
「……なんの話だ?」
「料理の方! いま、こーんな大きな白くまが映った!」
そう言うとカエデは、顔の前で両手を広げる。
「シロクマ? なんだそれ?」
「あーっ! もうっ! えっと……カキ氷のこと! 普通とちょっと違うけど……凄く立派なカキ氷のことだよ! もう、タケルは何も知らないんだもんなぁ!」
顔をまん丸にして怒っている。しかし、そんなことを言われてもなぁ……。
「いこう! 急いでいけば、まだ混んでないはずだよ!」
せっかくのデートお誘いだったが、二つ返事で応えられなかった。
時期がまずい。そんな注目のスポットへ行けばリア充どもがいるだろうし、カエデと二人だけで歩いていたら……これ幸いと『決闘』を申し込まれてしまうだろう。
最近はおちおち一人歩きも出来ないから、面倒臭いことこの上ない。
「……また誰かと喧嘩してるの?」
雲行きも怪しくなってきた。不機嫌な様子で、腕組みなんかもしちゃってる。
「チ、チガウヨ? ケ、喧嘩ナンテシテナイヨ?」
「タケル……喧嘩ばっかりしてちゃ駄目だよ? そりゃ……タケル達は悪党じゃないって知っているけど……やっぱり、ボクは心配なの! タケルは賢いけど……ドジなんだから!」
しばらく、無言のまま見つめあう。……怒った顔も可愛いなぁ。
「あ、あれだ! 『砦争奪戦』も近いからな。色々と作業があるんだ」
苦しい言い訳だったが、そっちの仕事もあるから……完全な嘘でもないだろう。
「あ、そっか! 『番町連合』はイベント参加するんだもんね? それじゃ仕方ないなぁ……タケルと一緒に狩りへ行こうと思ってたのに」
「……へっ?」
「それじゃ、残念だけど……ボクはソロに行って来るね!」
……逃がした魚は大きかった。
「いや……気分転換ぐらいの時間なら――」
「おみやげに、白くまを買ってきてあげる! あとで一緒に食べよ! ……タケルも白くまで良いの?」
いまから方向修正は難しいようだ。
「ああ、何だか判らないけど、それで良いよ」
「了解! それじゃ行って来るね!」
そう言い残し、カエデは出発してしまった。あとには俺だけが残される。
……完全に貧乏くじだ。まだ不運の連鎖は終わってないのか?




